第37話 仲間の連携
「みんな、聞いて!ヤツは絶対に傷つかない無敵の要塞じゃないわ!」
アリエラの高く澄んだ声が、地底湖に響き渡った。
「関節の隙間と脱皮痕を狙って!一点に攻撃を集中させて、あの硬い殻をこじ開けるわよ!」
「おう!俺の盾が砕けるまで、好きに暴れろ!」
「任せるにゃ!嫌がらせなら得意だにゃ!」
「はいっ!私の魔法で全力サポートします!」
トラウマを抉られ、完全に冷静さを失ったゼルギウスが、咆哮を上げて地中へと潜った。
巨体に似合わぬ速度で岩盤を掘り進み、地中から急浮上して高密度の外殻質量で敵陣を押し潰す広範囲殲滅技『大津波・甲殻奔流』の構えだ。
「させません!『香草繚乱・天粉展開』!」
リコが杖を掲げ、薬草の粉末と魔力障壁を粒子状に練り上げた撹乱障壁を展開する。
香草の芳香がゼルギウスの嗅覚と魔力感知を狂わせ、浮上の狙いを大きく逸らした。
「チィッ!目障りな粉末をまき散らすな!」
狙いが外れ、不格好に地表に飛び出したゼルギウスの死角へ、チェルシーが音もなく滑り込む。
「そこだにゃ!『千裂・毛皮剥ぎ』!」
チェルシーの両手の短剣が、ゼルギウスの関節の装甲継ぎ目を瞬時に切り裂き、動きを鈍らせる。
苛立ったゼルギウスが巨大な鋏を振り回すが、そこにはすでに岩のような巨漢が立ち塞がっていた。
「抜かせるかァッ!」
ガルブレイスが大盾を構え、鋼の巨城となってゼルギウスの猛攻を真正面から受け止める。
火花が散り、激しい衝撃波が周囲の岩壁を吹き飛ばすが、彼の盾は一歩も退かない。
仲間たちが完璧な連携で敵を抑え込み、アリエラに最大のチャンスを作り出していく。
かつては他者を拒絶し、全てを一人で背負おうとしていた彼女が、今は仲間の献身を信じ切り、一切の迷いなく剣を構えてる。
だが、ゼルギウスの底力はまだ尽きていなかった。
「小賢しいわ!ならば、貴様らごとこの空洞を圧し潰してくれる!」
ゼルギウスが胸部の魔力中枢を赤熱させ、周囲の鉱石や魔力を殻ごと貪り食らってさらなる異常硬化を始めようとしたその時。
「ワウッ!ワウワウッ!」
突如、岩陰から小さな黒い影が飛び出した。
災害級の幻獣シャドウ・フェンリルの幼体、クロワッサンだ。
ゼルギウスの胸部装甲から漏れ出る濃厚な魔力蒸気――いいや、極上のカニミソの匂いに食欲を極限まで刺激されたクロワッサンが、涎を垂らしながら勇敢にもヤツの足元へ突撃し、吠え立てたのだ。
「な、なんだこの黒い子犬は!?どこから……」
絶対防御を誇るゼルギウスが、足元で尻尾を振る小さな幻獣に一瞬だけ気を取られ、魔力の集中が途切れた。
ほんのわずかな、しかし決定的な隙。
〈今だアリエラ!胸の甲羅と足の付け根が交わる、一番大きな継ぎ目ががら空きになった!そこを断てば、甲羅が丸ごと剥れるぞ!〉
俺の筋切り指示が、アリエラの脳内に響き渡る。
(わかったわ!いくよ、ショーヤン!)
アリエラの細くしなやかな足が、岩盤を粉砕するほどの爆発的な踏み込みを見せた。
白銀の大剣が、極限まで研ぎ澄まされた包丁のように滑らかな軌道を描く。
過去最高の馬鹿力と、定食屋の厨房で培われた究極の解体技術の融合。
『解体剣筋・霜降り割り!!』
力任せに叩き割るのではない。
相手の骨格や魔力循環の継ぎ目を的確に見極め、肉の繊維を断ち切るように刃を滑り込ませる。
ゼルギウスの無敵の甲羅の隙間に吸い込まれた大剣が、魔力の結束を根元から完全に断ち斬った。
「ガ、アァァァァァァッ!?」
ゼルギウスの巨体が硬直した。
バキィィィンッ!!
かつて人間の英雄部隊の攻撃すら無傷で耐え抜いた絶対防御の甲羅が、関節の根元から綺麗に両断され、巨大な音を立てて剥がれ落ちた。
「ば、馬鹿な……我が絶対の殻が……最強の防御がぁ……ブクブク」
信じられないものを見る目で自らの剥がれた甲羅を見つめた後、暴食の甲殻公ゼルギウスは力なく泡を吹きながらその場に崩れ落ちた。
地響きとともに地底湖の水を大きく跳ね上げ、ついに完全に沈黙した。
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巨体が崩れ落ちた後、地底湖に深い静寂が訪れた。
アリエラは荒い息を吐きながら、ゆっくりと白銀の大剣を鞘に納める。
信じられない偉業を成し遂げたという実感が、じわじわと胸の奥から湧き上がってくる。
かつては傷一つつけることができず、ただ逃げ帰ることしかできなかった恐るべき四天王を見事に討伐したのだ。
「やった……やったわ!」
「にゃはははっ!やったにゃーっ!大勝利だにゃ!」
「アリエラさん、お怪我はありませんか!?すごいです、本当に四天王の一人を倒しちゃいました!」
「フッ……見事な一撃だったぞ、アリエラ。俺の盾もいい仕事をしただろう?」
チェルシーが尻尾を弾ませて飛びつき、リコが嬉し涙を浮かべて駆け寄ってくる。ガルブレイスも大盾を下ろし、誇らしげな笑顔を向けてくれた。
クロワッサンはすでにゼルギウスの剥がれた甲羅の匂いを嗅ぎ回り、「早く食べよう」と尻尾を振っている。
(……一人じゃない。みんながいたから、勝てた)
アリエラの胸に、一人で戦っていた頃とは全く違う、仲間と共に勝ち取った圧倒的な勝利の余韻が広がっていく。
彼女は満面の笑みを浮かべ、駆け寄ってきたチェルシーと両手でハイタッチを交わした。
続いてリコと、そしてガルブレイスの分厚い掌とも、力強くハイタッチを交わす。
喜びを分かち合う仲間たちの温もりが、彼女の手から心へと真っ直ぐに伝わってきた。
アリエラはふと視線を上げ、地底湖の天井を見つめた。
そして、誰に見せるわけでもなく、そっと右手を虚空へと掲げた。
(……料理長殿もね)
〈おう!最高の一撃だったぜ、剣聖勇者サマ!〉
肉体がない俺と彼女は、物理的に手を触れ合わせることはできない。
だが、アリエラの掲げたその手に、俺は脳内で思い切りハイタッチを返した。
魂と魂が確かに触れ合い、パチン!と小気味よい音が鳴ったような気がした。
(これで、ようやく手に入ったわね。……あなたを、現実の食卓に呼び戻すための素材の一つが)
アリエラの視線の先には、ゼルギウスの開かれた甲羅の奥で青白く輝く『万能の霊髄』があった。
それを手に入れるために、そして約束した「最高の定食」を食べるために。
俺とアリエラは、この困難な戦いを、見事な連携と信頼で乗り越えたのだった。




