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第3話 美貌と孤独

 スキル獲得の儀式が終わり、周りの神官へ挨拶をしたのち、その場を去るアリエラ。


 重苦しい大神殿の扉が開き、眩い外の光がアリエラの視界――いや、今の俺にとっては『俺の視界』に飛び込んできた。


 石造りの巨大な階段を下りていく。


 明るい光が目に入ると、活気に満ちた街の大通りが広がっていた。


 立ち並ぶレンガ造りの家々、荷馬車を引く屈強な男たち。


 そして何より俺の目を引いたのは、行き交う人々の姿だ。


 犬や猫の耳を持つ獣人、長く尖った耳を持つエルフ。


 ファンタジーRPGでしか見たことのない種族が、当たり前のようにそこら中を歩いている。


 すげえ!マジで異世界だ!


 おもわず内心でガッツポーズをしてしまった。


 ゲーム好き、ファンタジー好きの血が騒ぐぜ。


 本来ならあちこち走り回って、珍しい出店を覗き込んだり、エルフの姉ちゃんに話しかけたりしたいところだ。


 だが、現実は残酷だ。


 俺の意志では目線ひとつ、投げキッスひとつ飛ばせない。


 アリエラが前を向けば前を見るしかないし、彼女が歩みを止めなければ立ち止まれない。


 自由のない身体――いや、身体すらない精神体であることに、強烈な悔しさが込み上げてくる。


 その時、ふとアリエラの視線が横を向いた。


 閉まっている店の、薄暗いショーウィンドウのガラスだった。


 そこに反射して映り込んでいたのは、見知らぬ女性の姿。


 いや、今の俺と視覚を共有している「宿主」自身の姿だ。


 無造作に後ろで束ねられたプラチナブロンドの長い髪。


 研ぎ澄まされた刃のような蒼氷《そうひょう》色の瞳。


 ニ十代半ばだろうか。


 白銀の軽装鎧を身に纏うその立ち姿は、思わず息を呑むほどの洗練された美貌だった。


 マジか。めちゃくちゃ美人じゃん……!


 ゲームなら間違いなくメインヒロイン枠の超絶美少女に、俺のテンションが再び跳ね上がる。


 だが、その整った顔立ちには一切の隙や愛想がなく、人を寄せ付けない鋭利なオーラを放っていた。


(大賢者様。我が神聖国家グランディール帝国の帝都です。いかがでしょうか?)


 脳内に響くアリエラの声は、どこか誇らしげだった。


〈う、うむ。なかなかに活気があるな〉


 俺は威厳たっぷりに答えてしまった。


 いつもの空気を読む俺の性《さが》とでもいうべきだろうか、彼女が本物の大賢者を召喚したと思っているその気持ちに寄り添ってしまっての回答だ。


 その時、ふと背筋が凍るような事実に気がついた。


 ……待てよ?


 俺、ファンタジーの知識なんて漫画やゲームの『お約束』程度しかないぞ?


 この世界の歴史はもちろん、魔法やアイテムの知識なんて完全にゼロだ。


 もし俺がただの定食屋の兄ちゃんだとバレたらどうなる?


 苦労して獲得したスキルを無駄打ちしたと知られたら……この冷徹そうな女勇者に、精神ごと叩き斬られて消されるんじゃないか?


 見えない冷や汗を滝のように流していると、周囲の空気が少しずつ変わっていくのに気づいた。


 大通りを歩くアリエラの姿を認めた民衆たちが、次々と道を空け始めている。


「おお……アリエラ様だ」


「剣聖勇者様がいらっしゃったぞ!」


「魔王軍とたった一人で渡り歩く、人類最後の希望……!」


 人々は畏怖と狂信の入り混じった目で彼女(俺)を見つめ、次々とその場に膝をついて祈りを捧げ始めた。


 誰も彼女に気安く声をかけようとはしない。


 まるで触れてはならない神聖な彫像でも扱うかのような、過剰な崇拝。


 彼女の周りだけ、ぽっかりと見えない壁があるようだった。


(……)


 アリエラは何も言わず、表情一つ変えずにただ前を向いて歩き続ける。


 だが、彼女の視覚と感覚を共有している俺には痛いほど伝わってきた。


 すれ違う誰とも目を合わせず、ただ強さだけを求められる重圧。


 彼女は、徹底的に孤独なのだろう。


 誰も彼女の隣に立とうとしないし、彼女自身も誰かを隣に置こうとしていない。


(大賢者様。一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか)


 不意に、脳内の声が少しだけ緊張を帯びた。


(あなた様のことは、何とお呼びすればよいのでしょう。真の名をお教えいただけますか?)


 きた!名前の確認!


 ここで「定食屋の翔太です」なんて言ったら即エンドだ。


 何か大賢者っぽい、威厳のある名前を……!


〈こ、告。我が名はショーヤン。大賢者ショーヤンだ〉


 とっさに口走った(念じた)のは、いつも常連客から呼ばれていたあだ名だった。


 やってしまった。全然大賢者っぽくない。信じたか?


(ショーヤン様……。なんと深遠で、力強い響き……。太古の言葉でしょうか。承知いたしました、ショーヤン様)


 ……えっ、それでいいの?


 どうやら彼女の中では『大賢者の言うことはすべて絶対』というフィルターがかかっているらしい。


(ではショーヤン様。早速で申し訳ありませんが、ご教示ください。今後の魔王軍の戦力配置における法則性と、弱点属性を突くための高位魔力理論について、あなた様の見解を)


 めっちゃ真面目な顔で、おそらくとんでもなくハードルが高い質問を投げかけてきた。


 魔王軍の戦力配置?魔力理論?知るかそんなもん!


 こちとら厨房の器具配置と、豚バラ肉の最適な火力調整くらいしか知らんぞ!

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