第29話 大盾の戦士
フォルタ要塞の外縁哨所は、魔獣の強襲を受けて怒号と土埃に包まれていた。
「押し込まれるな!盾を構えろ!陣形を崩すな!」
最前線で一際大きな声が響く。
分厚い鋼の大盾を構え、防衛部隊の先頭に立って指揮している巨漢の男がいた。
彼が岩のように揺るぎない壁となって魔獣の猛攻を食い止め、その後ろから兵士たちが槍を突き出して確実に敵の数を減らしている。
〈アリエラ、あのおっさんの指揮、かなり手慣れてるな。俺たちも援護に行くか?〉
(ええ、行くわ!)
アリエラは白銀の大剣を抜き放ち、戦場へと飛び込んだ。
極限まで鍛え抜かれた圧倒的な脚力で間合いを詰め、魔獣の群れを次々と粉砕していく。
しかし、戦いの熱の中で、彼女の視界に敵の分厚い密集陣形が入った。
かつての単独行の癖が抜けきらず、アリエラはさらに深く、単騎で敵陣の奥へ突撃して一網打尽にしようと力強く地を蹴った。
その瞬間だった。
ガァァァンッ!!
「……っ!?」
アリエラの進路を強引に塞ぐように、巨大な盾が目の前に叩きつけられた。
「突出した前衛が崩れれば部隊は全滅する!お前のような無謀な者に背中は預けられん!」
盾の主――先ほどの巨漢の男が、血走った目でアリエラを激しく怒鳴りつけた。
彼の指示通り、陣形を維持した防衛部隊が一斉に槍を突き出し、残っていた魔獣を安全かつ確実に処理していく。
戦闘が落ち着き、アリエラが剣を下ろした時、男はアリエラに向かって怪訝な、そして明確な憎悪を孕んだ顔を向けた。
その視線は、アリエラの後ろから駆け寄ってきた小柄なリコや、獣人のチェルシーにも向けられている。
「アリエラ……。どの面下げて、このフォルタに戻ってきた。それもそんな弱々しい仲間を引き連れて、今度は誰を殺す気だ?」
男の冷たく突き刺さる視線と非難の言葉に、アリエラは何も言い返せず、ただ俯いて強く唇を噛み締めた。
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要塞内の宿舎へ戻る道すがら、重苦しい沈黙に耐えかねて、俺はたまらず脳内で問いかけた。
〈なぁアリエラ。あの大盾のおっさん、なんだってあんなに怒ってたんだ?助太刀に入ったのにあの態度はねぇだろ〉
アリエラは伏し目がちに、重い足取りで歩きながら静かに答えた。
(彼の名はガルブレイス。……かつての私のパーティーリーダーだった、カインの幼馴染で、無二の親友だった男よ)
〈あっ……〉
俺は言葉に詰まった。彼女がこのフォルタ要塞で仲間を失ったという因縁。
その中心にいる人物だったのか。
(彼は、ずっと私が原因でカインが死んだと思っているわ。いえ、実際に私の無謀さと未熟さが彼らを死に追いやった。……彼が私を憎むのは当然よ。そんな私が目の前に現れて、チェルシーやリコという新しい仲間を作って戦っているのだから。彼からすれば、私がカインの死を軽んじて、また同じ悲劇を繰り返そうとしているように見えたはずだわ)
彼女の心から伝わってくるのは、深く暗い自責の念だった。
宿舎の部屋に戻っても、アリエラは椅子に座ったまま動こうとしなかった。
部屋の空気はひどく重く、チェルシーとリコも心配そうに彼女を見守っている。
このままじゃいけない。
せっかく前を向き始めた彼女の心が、過去の呪縛でまた凍りついてしまう。
〈アリエラ。チェルシーとリコに頼んで、あのガルブレイスって男をここまで連れてきてもらえよ〉
(え……?でも、彼が私とまともに話をしてくれるはずが……)
〈いいから。腹を割って話さないと、お前はずっとこの要塞で下を向いたままだぞ。それに、誤解されたままじゃ新しい仲間たちにも示しがつかないだろ。あいつの頑固な意思を胃袋ごと、俺が説得してやる!〉
俺の強い言葉に背中を押され、アリエラは戸惑いながらもチェルシーとリコに事情を伝え、ガルブレイスを呼んできてほしいと頼んだ。
二人は顔を見合わせると、「まかせてにゃ」「私たちで必ず連れてきます!」と言って、勢いよく部屋を飛び出していった。
二人が出払っている間に、俺はアリエラを立たせた。
〈よし、悲劇のヒロインぶるのは終わりだ。野営の荷物から、一番いい骨付きの魔獣肉を出せ。今日は『塩釜焼き』を作るぞ〉
(塩釜……?塩で焼くの?)
〈ああ。カウナスで豪商オズボーンから手に入れた『深層地下塩』を山ほど使うんだ。ボウルに塩をあけたら、卵白を数個分混ぜて、泥みたいに粘り気が出るまで練り上げろ〉
アリエラは言われた通り、大量の塩に卵白を混ぜていく。シャリシャリという音が部屋に響く。
〈次は肉の下処理だ。包丁で表面に細かく切れ目を入れたら、そこにオレンジの果汁をたっぷりと絞って揉み込む。果実の酸と酵素が、硬い魔獣の肉の繊維を分解して、信じられないくらい柔らかくするんだ〉
(お肉に果物を……。斬新だけど、爽やかな柑橘の香りが広がるわね)
〈そうだ。さらに、リコが採ってくれた臭み消しのハーブを肉の表面に隙間なく貼り付ける。これで泥臭い獣の匂いを完全に消し去る。準備ができたら、さっき練った塩で肉を完全に包み込むんだ。隙間が空かないように、ガチガチにな!〉
アリエラは手際よく、ハーブで覆われた大きな骨付き肉を、真っ白な塩の塊へと変え、火にかけた鉄鍋の中に安置した。
(これで、本当に美味しくなるの?)
〈ああ。外側を分厚い塩でガチガチに固めるのは、中の肉汁と旨味を一滴も逃さず、極限まで柔らかく仕上げるためだ。……熱も蒸気も、全て内側に閉じ込めるんだよ〉
俺は、パチパチとはぜる火を見つめる彼女へ、ゆっくりと語りかけた。
〈お前の無謀な突撃じゃなく、外側でガッチリと攻撃を受け止める『盾役』がいて初めて完成する味なんだよ。……あいつに、お前が今は仲間の盾を信じて戦っているってことを、この料理で分からせてやるんだ〉
アリエラの蒼氷色の瞳が、ハッと見開かれた。
(盾がいて初めて完成する味……。そうね、今の私には背中を預けられる仲間がいるのだから)
鍋から微かに、塩が焼ける香ばしい匂いが漂い始めていた。彼女の表情からは先ほどの迷いが消え、かつての仲間と、今の仲間への思いを胸に、静かに火の番を続けていた。




