↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/45

第23話 窮地の子狼

「にゃははっ!あの金髪の兄ちゃん、今頃カウナスの宿屋で目を回してるにゃ!」


 チェルシーが新雪に足跡をつけながら、思い出し笑いをしている。


 俺たちは、昨日から付きまとってきた帝国直属の剣豪クロードを仲間にするつもりは一切なく、彼には出発時間を教えずにこっそりと宿を抜け出してきたのだった。


(……ええ。彼には悪いけれど、私たちの過酷な旅に面倒な見栄っ張りを巻き込むわけにはいかないわ)


 アリエラも呆れたように同意し、冷たい風を避けるようにマントの襟元を合わせた。


 俺たちの次なる目的地は、「辺境防衛領フォルタ」だ。


 魔王軍との緩衝地帯であり、常に実戦を強いられるため、貴族も平民も関係なく実力至上主義が敷かれている最前線の要塞らしい。


 そしてそこは、アリエラが過去に仲間を失った因縁の地でもある。


 カウナスからフォルタへ抜ける街道として、俺たちはあえて白銀の連峰の麓《ふもと》にある険しい峠道ルートを選択した。


 本来ならば平地の街道を通る方が早いが、現在そちらは魔王軍の瘴気《しょうき》や巡視部隊によって封鎖されているため、警戒の薄い極寒ルートを進むしかなかった。


 ここは、アリエラが駆け出しの頃に仲間を失った絶望から、己の肉体を限界まで鍛え上げるために籠もった極寒の霊峰でもある。


「それにしても……さ、寒いですぅ……!ポーションが凍っちゃいそうです……」


 分厚いローブを何枚も重ね着したリコが、ガチガチと歯を鳴らして身を縮こまらせている。


 獣人のチェルシーも、自慢の三毛の毛皮があるとはいえ、耳をぺたんと伏せて尻尾を股の間に挟み込んでいた。


「こんな極寒の雪山をルートに選ぶなんて、アリエラ様はやっぱり規格外だにゃ……肉球の感覚が無くなってきたにゃ」


 一方のアリエラは、白銀の軽装鎧の上に防寒用のマントを羽織っただけで、平然と深い雪を掻き分けて進んでいる。


 過去の過酷な修行で、この程度の寒さには完全に適応してしまっているのだろう。


〈お前ら、もう少しの辛抱だ!夜の野営になったら、冷えた体に染み渡る、熱々でスパイスの効いた極上のメシを作ってやるからな!〉


 俺が脳内で励ますと、アリエラがふっと口元を緩めた。


(料理長の温かいご飯……。ええ、それを楽しみに頑張るわ)


 +++


 白銀の連峰の麓をさらに奥へと進み、周囲の木々がまばらになり始めた時だった。


 ピタッ、とアリエラの足が止まった。


 同時に、チェルシーの猫耳がピンと立ち上がる。


「アリエラ様、血の匂いがするにゃ。それに……野獣の唸り声」


(……前方よ。魔獣の群れね)


 アリエラが腰の大剣に手をかけ、気配を殺して雪山の斜面を覗き込む。


 視界の先、吹雪が少し晴れた開けた雪原に、巨大な白い影が複数うごめいていた。


(雪山の獰猛《どうもう》な魔獣、フロストベア!)


 丸太のような太い腕と、氷のように鋭い爪を持つ巨大な熊の魔獣が五頭。


 彼らは円陣を組み、中央にいる「獲物」を今まさに襲おうとヨダレを垂らしていた。


(待って。あの囲まれているのは……)


 アリエラが目を凝らすと、フロストベアの白い巨体の隙間から、小さな黒い影が見えた。


 それは、漆黒の毛並みを持った幼い獣。


 寒さと飢えで完全に動けなくなっているところを、雪山の獰猛な魔獣であるフロストベアに囲まれて襲われそうになっている現場だった。


「あ、あれって……図鑑で見たことがあります!災厄級の幻獣、シャドウ・フェンリル……の子供!?」


 リコが信じられないといった声で呟く。


 幼いシャドウ・フェンリルは、フロストベアに囲まれて絶体絶命の状況でありながら、震える足で立ち上がり、必死に牙を剥き出しにして威嚇している。


 だが、その小さな体は限界を迎えており、今にも獰猛な爪に引き裂かれそうになっている。


(……っ!)


 その絶望的なまでに孤独な姿が、アリエラの脳裏に深く突き刺さった。


 かつての彼女なら、生態系の弱肉強食と割り切り冷徹に静観していたかもしれない。


 失うことを恐れて愛着を持つのを避けてきた彼女にとって、無闇に命を拾い上げることはリスクでしかなかったのだ。


 だが、現在のアリエラは違った。


 チェルシーやリコという仲間を受け入れ、凍りついていた心が溶け始めている彼女は、目の前で孤独に死にゆく小さな命を見捨てることなどできなかったようだ。


 ダンッ!!


 雪を爆発させるような凄まじい踏み込みと共に、アリエラは一瞬にして斜面を駆け下りた。


「アリエラ様!?」


「ええっ、いきなり飛び込んじゃいました!?」


 驚くチェルシーとリコを置き去りにし、アリエラは咄嗟にフロストベアの群れの中心へと飛び込んだ。


 グガァァァッ!?


 突然現れた剣聖に驚き、一頭のフロストベアが太い腕を振り下ろしてくる。


〈アリエラ!熊の関節は太いが、狙うべき筋の構造は同じだ!脇の下の腱《けん》が弱点のようだ!〉


 俺が脳内で指示を飛ばす。


(わかっているわ!)


 アリエラは大剣を振りかぶるのではなく、下段から滑り込ませるようにして、フロストベアの脇の下の隙間を的確に斬り裂いた。


 ドスッ!という鈍い音とともに、巨大な腕が力なく垂れ下がる。


 そこへ、アリエラの極限まで鍛え上げられた脚力が生み出す、渾身の回し蹴りが熊の顎を打ち抜いた。


「『神速一線・崩壊断(コラプス・スラッシュ)』!」


 続く二頭目、三頭目は、力任せの剛剣で文字通り一刀両断。


 分厚い毛皮も脂肪も関係ない、圧倒的な暴力の化身たる剣技が冴え渡る。


 雪原を朱色に染め上げながら、アリエラは瞬く間にフロストベアの群れを瞬殺してみせた。


 血振るいをして大剣を鞘に納めるアリエラの周囲には、静寂だけが残る。


(……間に合って、よかったわ)


 息一つ乱さず、アリエラは雪の上にへたり込んでいる小さな黒い影へとゆっくり振り返った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。