第21話 ライバル
「よし、カウナスでの当面の拠点はこの宿にしよう」
カウナスへ戻ったアリエラたち一行が手配した宿屋は、裏手に広々とした庭がついていた。
〈いい庭だ!ここなら気兼ねなく火を使って調理ができるな。さっそく市場で買い込んだ食材を広げようぜ〉
(ええ、わかったわ。ショーヤン、今日の献立は何かしら?)
〈カウナスの市場で手に入れた発酵調味料をベースに、筋の多い鶏肉と根菜をじっくり煮込む居酒屋・定食屋定番のスタミナ煮込みだ!〉
俺が元気よく指示を飛ばすと、チェルシーとリコもすぐに調理の準備に取り掛かった。
「にゃははっ!お肉、お肉だにゃー!あたし、野菜の皮むき手伝うにゃ!」
チェルシーは尻尾を機嫌よく左右に揺らしながら、解体ナイフを器用に使って根菜の皮をスルスルとむいていく。
「この発酵調味料の匂い、独特ですけど……なんだかすごく食欲をそそられますね!」
リコも大きな鍋を洗いながら、琥珀色の瞳を輝かせている。
さて、メインの調理はアリエラの出番だ。
白銀の軽装鎧を脱ぎ捨て、宿の女将から借りたエプロンを装着した剣聖勇者。
その手には使い慣れた大剣ではなく、市場で新調した真新しい包丁が握られている。
〈いいかアリエラ。この肉は赤身が強くて旨味が濃いが、その分、筋が多くて硬いんだ。包丁の先を使って、肉の繊維を断ち切るように細かく刃を入れていくんだぞ〉
(繊維を断つ……こうかしら?)
アリエラの蒼氷色の瞳が、強敵の魔獣と対峙した時のように鋭く細められる。
トトトトトッ!
まな板の上で、相変わらずの超絶スピードで包丁が躍る。極限まで鍛え抜かれた動体視力と腕力により、肉の硬い筋だけが的確に断ち切られていく。
恐るべき集中力と刃さばきだが、はたから見れば、真剣な顔で野菜を切ったり鍋を煮込んだりしているだけの微笑ましい光景だ。
〈完璧だ。そしたら鍋に少し油を引いて、肉の表面に香ばしい焼き色をつける。そこにチェルシーが切った根菜と、発酵調味料ベースの煮汁と一緒に、具材を一気に放り込んでいくんだ〉
ジュワァァァァッ!!
熱した鉄鍋に肉と調味料が入った瞬間、甘辛く、そしてどこか奥深い発酵の香りが庭いっぱいに弾け飛んだ。
「にゃあぁぁっ!たまらない匂いにゃ!」
「これは……完成が待ちきれませんね!」
〈あとは木で丸く作った『落とし蓋』をして、火の番をしておけば味が染み込むぞ〉
(落とし蓋……。なるほど、理にかなった調理法ね)
アリエラは感心したように頷き、エプロン姿のまましゃがみ込んで、パチパチとはぜる薪の火加減を穏やかな表情で見つめ始めた。
かつての近寄りがたい氷のような冷徹なオーラは、今の彼女にはない。
信頼できる仲間と共に温かい食卓を囲むことを心待ちにしている、ただの年相応の少女の顔だった。
+++
コトコトと鍋が心地よい音を立て、食欲をそそる濃厚な湯気がモクモクと立ち上り始めた頃。
バンッ!
突然、宿屋の庭へ続く木戸が乱暴に蹴り開けられた。
「見つけたぞ、アリエラ・グランディール!」
芝居がかった大声と共に現れたのは、太陽の光を反射してギラギラと輝く、金髪華麗なナルシストだった。
豪奢な装飾が施された鎧を纏い、腰には見事な長剣を帯びている。
誰だこいつ?
(……クロード・ラングレー。帝国直属のAランク剣豪よ)
アリエラが面倒くさそうに、そして心底うんざりしたような声で脳内で教えてくれた。
「孤高にして冷徹と恐れられていたはずの剣聖アリエラを偵察しに来てみれば……」
クロードと名乗ったその男は、金色の前髪を大げさに掻き上げながら、アリエラを睨みつけた。
だが、彼の言葉はそこでピタリと止まった。
クロードの視線の先にあるのは、宿屋の庭でエプロン姿の格好をして、しゃがみ込んで鍋の火加減を見つめるアリエラ。
そして、彼女の周囲でよだれを垂らしながら尻尾を振る猫獣人と、薬草を並べている小柄な魔法使いの少女。
「……な、なんだその腑抜けた格好は!」
クロードの整った顔が、驚愕から徐々に怒りへと変わっていく。
「貴様、世界が魔王軍に怯えているというのに、庭先でままごと遊びか!?」
「ままごと遊びではないわ。夕食の煮込みを作っているのよ」
アリエラはゆっくりと立ち上がり、淡々と答える。
その手には、まだ木製のお玉がしっかりと握られていた。
「夕食だと……?ふざけるな!剣に全てを捧げた孤高の剣聖ともあろう者が、そのような凡人じみた生活にうつつを抜かすなど!」
〈なんだあの金髪ナルシスト。勝手に人の夕飯の時間に乱入してきて文句つけてきやがって〉
(彼は、私を一方的にライバル視しているのよ。孤高気取りの女に勇者の座はふさわしくないと考えて、いつも突っかかってくるの)
「おい金髪!人のご飯をバカにするやつは許さないにゃ!」
「そうです!アリエラさんの作るお料理は最高なんですから!」
チェルシーとリコが抗議の声を上げるが、クロードは鼻で笑って完全に無視した。
「かつては仲間を作らないからこそ最強だった女が、ついに弱者と群れて堕落したか。……嘆かわしい。そんな腑抜けた奴が勇者を名乗るなど許せん!」
クロードはそう叫ぶと、腰の長剣……ではなく、背中に差していた訓練用の木刀を勢いよく引き抜いた。
「貴様の剣士としての覚悟を疑う!そのぬるま湯に浸かったような性根ごと、俺が叩き直してやる!真剣を使えば死人が出るからな、木刀で勝負を決めてやる。さあ武器を取れ、ふぬけ勇者アリエラ!」
勝手にヒートアップして、真昼間の庭先で決闘を迫ってくるクロード。
アリエラは小さくため息をつき、持っていたお玉をリコに手渡した。
(仕方ないわね。……放っておくと騒ぎ立てて面倒になりそうだし、少しだけ相手をしてくるわ)
〈まったく……鍋の火加減から目を離したくないところだが。サクッと終わらせて、美味い飯にしようぜ!〉
アリエラは庭の隅に立てかけてあった素振り用の木刀を手に取り、エプロン姿のまま、ゆっくりとクロードの前に歩み出た。




