第20話 エビとクレソンの塩炒め
目的が決まれば、次は腹ごしらえだ。
遺跡の最深部、風のない安全な石室の片隅に陣取り、俺たちは野営の準備を始めた。
〈よしアリエラ!さっきチェルシーが下処理してくれた『エビ』と、リコが採ってくれた『月光クレソン』の出番だ!〉
(ええ、任せて。腕が鳴るわ)
アリエラは帝都で買った鉄の平鍋を火にかけ、ひまわり油を熱した。
煙がふわりと立ち上った瞬間を見逃さず、俺が指示を飛ばす。
〈今だ!まずはエビを一気に投入!強火でいくぞ!〉
ジャァァァァァッ!!
小気味よい激しい音が石室に反響し、透き通った青白色だったエビの殻が、熱を受けてみるみるうちに鮮やかな紅白へと染まっていく。
立ち上る湯気と共に、香ばしく濃厚な甲殻類の香りが爆発的に広がった。
「にゃあぁぁっ!殻が焼けるすっごく香ばしい匂いがするにゃ!」
「あんなに透き通っていたエビが、こんなに綺麗な赤色になるなんて……!」
〈火が通って殻がパリッとしたら、塩をふたつまみ!そして最後に、月光クレソンをドサッと放り込んでサッと油を回せ!炒めすぎるとシャキシャキ感が消えるぞ!〉
「はいっ!」
アリエラが平鍋を鮮やかに煽る。
緑鮮やかな月光クレソンがエビの赤い脂をまとい、ツヤツヤと輝いたところで火から下ろした。
〈完成だ。『遺跡エビと月光クレソンの強火塩炒め』!冷めないうちに食うぞ!〉
「「いただきますにゃ/です!」」
チェルシーが待ちきれない様子で、熱々のエビを殻ごと口に放り込んだ。
バリッ、サクッ、ジュワッ!
「ひゃあぁぁぁっ!?殻がパリパリで香ばしくて、中からエビの甘い汁と濃厚なミソがブワッて溢れてくるにゃ!!」
チェルシーは両手で頬を押さえ、尻尾を猛烈な勢いで左右に振って悶絶している。
「本当です……!エビの濃厚な旨味のあとに、この月光クレソンのピリッとした爽快感が追いかけてきて……脂っこさが全部消えちゃいます!いくらでも食べられちゃいます!」
リコも目を輝かせながら、フォークを止めることなく口へ運んでいる。
アリエラもまた、大ぶりのエビを一つ摘み、ゆっくりと噛み締めた。
パリッとした殻の小気味よい食感の奥から、跳ね返すようなプリプリの弾力と、凝縮された海の滋味が舌の上で弾け飛ぶ。
(……美味しい。噛めば噛むほど、殻の隙間から濃厚なダシが溢れ出してくるわ)
〈だろ?エビやカニみたいな甲殻類ってのはな、身だけじゃなくて殻や関節の隙間にこそ、極上の旨味が詰まってるんだよ〉
(甲殻類の、ダシ……)
アリエラはエビの殻をしげしげと見つめ、ふと壁画に描かれていた四天王ゼルギウスの姿を思い出した。
(……ゼルギウスも、全身を強固な外殻で覆われた巨大甲殻型魔海獣だったわ)
〈そうなのか?だったら、俺から言わせりゃ『極上の出汁が出る超特大ガニ』以外の何物でもないぜ。無敵の装甲だろうが何だろうが、ぱっくり開けて平らげてやらぁ!〉
(ふふっ……四天王を食材扱いするなんて、世界中探してもあなたくらいのものね)
アリエラはクスリと笑った。
(かつては恐怖の象徴でしかなかった魔王軍四天王が、ショーヤンの言葉にかかれば、ただの「美味そうな巨大ガニ」に思えてくるから不思議)
重圧で押し潰されそうだった勇者の役割が、少しだけ楽しみに変わっているようなアリエラ。
〈アリエラ〉
(ん、何かしら?)
〈絶対、ゼルギウスをぶっ倒して霊髄を手に入れような。……俺がちゃんと肉体を手に入れたら、約束通り、俺の手でお前に故郷の定食を食わせてやるからさ〉
俺の言葉に、アリエラは一瞬だけ目を見張り、それから柔らかく目を細めた。
(ええ、約束よ。その時は……大盛りのご飯もつけてもらうわ)
〈おうよ!何杯でもおかわり自由にしてやる!〉
石室に、三人の少女たちの楽しげな笑い声が響き渡る。
古代の遺跡を満たす温かい料理の匂いと笑顔は、これから始まる過酷な戦いへの、確かな希望の光となっていた。




