第19話 討伐の決意
(ねえ、ショーヤン)
不意に、アリエラが真面目なトーンで脳内に問いかけてきた。
〈ん、なんだ?〉
(もしそのポーションで肉体を得られたら……あなたはどんな姿になるのかしら?やっぱり大賢者らしく、白髭を蓄えた厳格な老人?それとも、神話に出てくるような美形のエルフ?)
〈はあ?んなわけあるか。生前の俺は、短髪でちょっとタレ目の、どこにでもいるただの二十代のあんちゃんだよ。いつもヨレヨレのTシャツに、油の染みた前掛けを着けて厨房に立ってたんだ〉
(よれよれの、まえかけ……?)
アリエラの脳裏に、筋骨隆々の白銀の軽装鎧を着た美青年が、酒屋の前掛けを着けて仁王立ちしているシュール極まりないイメージが浮かび上がった。
「……ぷっ、あははっ!」
耐えきれなくなったアリエラが、思わず吹き出した。
「アリエラ様!?ど、どうしたにゃ急に笑い出して!?」
「な、なんでもないわ、チェルシー……ふふっ、気にしないで」
アリエラは口元を手で押さえながら、肩を小刻みに震わせている。
〈おい!人の生前の正装を笑うな!あれが一番動きやすくて機能的なんだよ!〉
(ごめんなさい、想像したらあまりにも大賢者とかけ離れていて……ふふっ)
アリエラは楽しそうに笑いながら、視線を壁画の最後の面――第四面へと向けた。
そこには、肉体を得て蘇った者たちが、大勢の仲間と共にテーブルを囲み、温かい料理を前に笑顔で杯を交わす日常の風景が描かれていた。
その温かな光景を見つめていたアリエラの胸に、すとんと、ある願いが落ちてきた。
(……いいわね、これ)
〈ん?第四面のことか?〉
(ええ。あなたが身体を取り戻したら……そうね。私も、あなたと向かい合って食卓を囲んでみたいわ)
脳内に響いたその思考は、澄み切っていて、嘘偽りのない彼女の純粋な本音だった。
俺の心臓が(肉体はないが)ドキンと跳ね上がった。
〈えっ……お、俺と向かい合って?二人で?〉
(……っっっ!!!!)
その瞬間、アリエラの全身が凍りついた。
思考が、完全に筒抜けだったのだ。
カッと彼女の顔が沸騰するように熱くなり、白銀の髪の隙間から覗く耳の先まで、林檎のように真っ赤に染め上がっていく。
(ち、ちちち、違うわ!!変な意味じゃないのよ!?ただ、あなたが作る料理を、自分の舌で味わってみたいというか、いつも脳内にいるのが鬱陶しいから外に出てくれた方がせいせいするというか、できることなら、あ、新しい大賢者を入れ直すための口実であって……!!)
アリエラの脳内が凄まじい大パニックを起こし、思考の嵐が俺の意識を呑み込まんばかりに荒れ狂った。
「ア、アリエラ様ーっ!?顔が真っ赤にゃ!古代の呪いにかかったにゃ!?」
「大変です!解毒ポーションの用意を……あ、でも私のポーション激苦ですしどうしましょう!?」
大慌てで駆け寄ってくるチェルシーとリコの前で、孤高の剣聖勇者は湯気が出そうなほど真っ赤な顔をして、ただただ立ち尽くすしかなかった。
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「だ、大丈夫よ!呪いでも病でもないわ!」
アリエラは両手で自らの熱い頬をパシパシと叩き、必死に呼吸を整えた。
チェルシーは琥珀色の瞳をまん丸にして首を傾げ、リコは握りしめていた乳鉢を胸の前で抱き直す。
「本当に大丈夫かにゃ?耳まで真っ赤になって湯気が出そうだったにゃ」
「ええ、少し……古代のロマンにあてられただけよ」
アリエラは咳払いを一つして取り繕うと、キリリと凛々しい表情を無理やり作った。
(……聞いていたわね、ショーヤン)
〈そりゃ、同じ頭の中にいるんだから丸聞こえだろ。……向かい合って食卓を囲みたい、か〉
(か、勘違いしないで頂戴!あなたが身体を取り戻せば、私の頭から出ていってくれるでしょう?そうすれば、万象宝典≪アカシックレコード≫のやり直しがきくかもしれないし、今度こそ本物の有能な大賢者をスキルに入れ直せると思っただけよ!)
〈はいはい、そういうことにしておいてやるよ〉
脳内で憎まれ口を叩きつつも、俺の心は温かいもので満たされていた。
ただの居候ではなく、彼女が本気で俺を「一人の人間」として目の前に立たせたいと願ってくれたことが、たまらなく嬉しかった。
アリエラはふうと深く息を吐き出すと、心配そうに見つめてくるチェルシーとリコに向き直った。
「二人とも、聞いて。……私には、どうしても助け出したい魂があるの」
「助け出したい、魂……?」
リコがおずおずと問い返す。
「ええ。私をどん底から救い出してくれた、大切な恩人よ。その人の肉体を取り戻すために……私はゼルギウスを討ち、あの『万能の霊髄』を手に入れたい」
アリエラの声は静かだったが、その奥には決して揺らぐことのない強い意志が宿っていた。
俺のことを「脳内のポンコツ居候」とは明かさず、あくまで一人の恩人として扱ってくれた気遣いに、胸の奥がくすぐったくなる。
二人は一瞬きょとんとした顔を見合わせたが、次の瞬間、チェルシーがニッと八重歯を覗かせて笑った。
「なーんだ、そんなことにゃ!アリエラ様の恩人なら、あたしの恩人でもあるにゃ!四天王だろうが何だろうが、背中の甲羅を引っぺがしてやるにゃ!」
「はいっ!私、薬師ですから!『万能の霊髄』さえ手に入れば、その受肉ポーション、私が絶対に最高の品質で調合してみせます!」
「二人とも……」
疑うこともなく、損得を計算することもなく、ただアリエラの願いだからと笑って頷いてくれる仲間たち。
かつて一人で全てを背負い込み、他者を拒絶していたアリエラの瞳に、微かに滲んだ涙の膜で視界がぼやけた。
(……ありがとう、二人とも)
〈よかったな、アリエラ。いい仲間を持ったぜ〉
(ええ。本当に……そうね)
アリエラは口元に柔らかい笑みを浮かべ、力強く頷いた。




