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第18話 受肉ポーション

 チェルシーが袖をまくって水路に飛び込み、バシャバシャと水しぶきを上げながら素手でエビを追いかけ回す。


「こらチェルシー、泥を巻き上げたら見失うわ!水流の上流から追い込みなさい!」


「アリエラさん、逃げ道に魔法障壁を張ります!」


 剣聖と薬師と猫獣人が、膝まで水に浸かりながら本気でエビ漁に熱中する姿は、古代遺跡の厳かな雰囲気など微塵も感じさせないほど賑やかだ。


 数十分後、石畳の上には大量のエビが跳ねていた。


「大漁大漁大漁だにゃーっ!」


〈よし!鮮度が落ちる前に下処理だ!チェルシーに、ナイフを出させろ!〉


「はいにゃ!」


 俺はアリエラの口を借りて、エビの処理方法をチェルシーに指示した。


〈殻の節の間にナイフを浅く入れ、背ワタをスッと引き抜くんだ。それから、尾の先端を切って中の水をしごき出す。これをやらないと、炒めたときに油が跳ねるし生臭さが残る〉


「了解にゃ!背中の黒い筋を取って、尻尾をチョキンね!」


 チェルシーが二振りの解体ナイフを両手に構えた。


 次の瞬間、俺は思わず脳内で息を呑んだ。


 シャシャシャシャシャッ!


 目にも留まらぬ速さでナイフが走り、跳ね回るエビの背から正確無比に背ワタだけが抜き取られていく。殻に傷一つつけず、尾の余分な水気だけを削ぎ落とすその繊細な刃さばきは、まさに神業だった。


〈す、すげえ……!なんだその職人技!定食屋の厨房に今すぐスカウトしたいレベルだぞ!〉


「凄いわ、チェルシー」


「えへへ、あたしを誰だと思ってるにゃ?義賊のエーススカウトは、指先の器用さなら誰にも負けないんだにゃ!」


 チェルシーは喉をゴロゴロと鳴らし、自慢げに猫耳を揺らした。


 あっという間に美しく整えられたエビの山を見て、アリエラも感心したように微笑んでいる。


(仲間がいるって、こんなにも頼もしくて……楽しいものなのね)


 ぽつりとこぼれたアリエラの思いに、俺は心の中で深く頷いた。


 +++


 中層の沈殿池を抜け、長い階段を下りきった俺たちは、遺跡の最深部の広間へと足を踏み入れた。


 そこは巨大なドーム状の石室だった。


 中央には古代の錬金術師たちが使っていたのであろう、干からびた巨大な錬成祭壇が鎮座している。そして何より目を引いたのは、円形の壁一面をぐるりと取り囲むように彫られた、壮大な連作レリーフ――生命の誕生を模しているような四段円環図だった。


「これは……壁画ですね」


 リコが眼鏡を押し上げ、石壁にランタンの光を近づけた。


 壁画の一角を見上げたアリエラが、ふと息を呑むのが伝わってきた。


(……未完成のアカシック・オーブ)


 彼女の脳裏に、かつて命を落とした仲間たち――リーダーだったカインの姿がフラッシュバックする。


『アリエラ、このオーブさえ完成すれば、あらゆる知識が大賢者として頭に宿る。そうすれば誰も判断を誤らない、誰も死なずに済むんだ』


 あの頃のアリエラは、仲間を失わないための絶対的な知識を求め、必死にスキルを獲得していたようだ。


 だが、現れたのは戦闘知識ゼロの定食屋の料理人の俺。


 しかし、そのポンコツなはずの男が、凍りついていた彼女の心を溶かし、再び新たな仲間と笑い合える場所を作り出した。


(カイン……私、今はもう、自分の弱さを埋めるためだけに戦っているわけじゃないわ。……私の頭の中にいる、このおかしな恩人を救うために、私は前へ進みたい)


 胸の奥で静かに誓うアリエラの感情が、繋がっている俺の魂をじんわりと温めた。


「リコ、何が描かれているかわかる?」


「はい!古代文字の文法から読み解きますね」


 リコは指先で壁画のレリーフをなぞりながら、解説を始めた。


「第一面には、肉体を持たずに彷徨う光の魂が描かれています。そして第二面……巨大なフラスコに魂が宿り、人の肉体が新しく生成される儀式です。これ、失われた太古の秘薬……『神の肉体生成ポーション』の製法です!」


〈なっ……!?肉体生成ポーションだと!?〉


 俺は思わず脳内で叫んだ。


 それがあれば、俺はこの頭の中から出て、自分の身体を取り戻せるのか!?


(……っ!?)


 同時に、アリエラの思考が息を呑むように跳ね上がった。


 視界がわずかに揺れ、彼女の胸の奥から押し寄せてきたのは、言葉を失うほどの強烈な衝撃と――震えるような歓喜だった。


(具現化……できるの?ショーヤンを、私の中から切り離して……?)


 それは、厄介な同居人を頭から追い出せるという安堵や利己的な喜びでは決してなかった。


 この不自由な檻から、俺を解放してあげられるという純粋な思いやりから来る歓喜。


 自分の手足を動かすこともできず、自分の舌で飯を味わうこともできず、他人の視界を借りて生きることを強いられていた俺に、ちゃんとした「自分の人生」を返してあげられるかもしれないという希望。


(……彼を、自由にできる)


 その思考に宿る温もりがあまりにも真っ直ぐで、繋がっている俺の魂までがギュッと締めつけられるようだった。


 アリエラは思わずといった様子で、震える指先をそっと自らの胸元へと当てていた。


「ですが、第三面を見てください」


 リコの表情が険しくなる。


「受肉ポーションにはいくつもの素材や手順が必要なようですが……風化が酷くて『万能の霊髄』という素材以外はかすれて読めません。でも、各地の古代遺跡を巡れば続きの情報も見つかるはずです!そしてこの霊髄を宿す怪物は……魔王軍四天王、ゼルギウスです!」


「四天王……ゼルギウス」


 アリエラが低く呟いた。


(魔王軍でも屈指の防御力を誇る幹部を討伐しなければ、その素材は手に入らない)

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