第17話 古代遺跡
自由商業連合カウナスを離れ、鬱蒼と生い茂る原生林を抜けた先に、目指す断崖は口を開けていた。
谷底へと深く切れ落ちた岩肌には、巨大な石造りの構造物がへばりつくように顔を覗かせている。
かつて神話時代に世界樹の恩恵を受けて栄えた祭祀場であり、錬金術の研究所でもあったという古代遺跡『常世の古廟』だ。
「ここが、オズボーンの言っていた遺跡ね」
「うにゃあ……すっごく深くて薄気味悪いにゃ」
アリエラが崖下を見下ろすと、チェルシーが三毛の耳を伏せながら身震いした。
〈チェルシーがビビっちまってるな。オズボーンの旦那が教えてくれたんだ、お宝か極上の素材が眠ってるに決まってるだろ〉
(ショーヤン、あなたは本当に呑気ね。ここは数百年間も人の手がまともに入っていない危険地帯なのよ)
脳内で呆れたようにアリエラがため息をつく。
だが、その足取りに迷いはなかった。
断崖の崩れかけた石階段を慎重に降り、一行は遺跡の上層『儀式の回廊』へと足を踏み入れた。
中はひんやりとした冷気が漂い、風化した白大理石の柱が延々と立ち並んでいる。
「待つにゃ!アリエラ様、止まって!」
先頭を歩こうとしたアリエラの前に、チェルシーがサッと腕を差し出した。
「どうしたの?」
「ここ、床の石畳の継ぎ目が不自然に浮いてるにゃ。……ほら」
チェルシーは腰から解体ナイフを抜き、その刃先で床の隙間を器用に探った。
カチリ、と硬質な金属音が鳴る。
「踏んだら天井から鉄の槍が降ってくる仕掛けだにゃ。このワイヤーをこうして……よし、解除完了にゃ!」
わずか数秒。チェルシーが鼻を鳴らして笑うと、アリエラは目を丸くして感嘆の息を漏らした。
「すごいわね、チェルシー。私なら力任せに踏み抜いて、落ちてきた槍を剣で薙ぎ払うところだったわ」
〈おいおい、脳筋にも程があるぞアリエラ。体がいくらあっても足りねぇよ〉
(……仕方ないわ。今までは、そうやって全てを力技で突破してきたのだから)
口を尖らせるアリエラだったが、その内心には確かな安堵と温もりが滲み出ていた。
全部を一人で警戒し、一人で斬り伏せる必要はない。
仲間を信じて背中を預け、役割を任せることの頼もしさを、彼女の強張っていた肩が少しずつ思い出しているようだった。
「ふふん!罠の解除ならあたしに任せるにゃ!アリエラ様の露払いはお手の物だにゃ!」
「頼りにしているわ、チェルシー」
アリエラが素直に笑いかけると、チェルシーはピンと尻尾を立てて機嫌よく先へと駆け出した。
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チェルシーの見事な案内で数々のトラップを潜り抜け、俺たちは中層の『培養の沈殿池』へと辿り着いた。
そこは、天井の吹き抜けから差し込む光が地下水に反射し、幻想的な青い輝きを放つ広大な水没エリアだった。
「わあ……!見てくださいアリエラさん、あそこの岩肌!」
背負った大荷物を揺らしながら、リコが目を輝かせて水辺へと駆け寄った。
透き通るような地下水の流れる岩肌一面に、淡く青白い光を放つみずみずしい野草が群生している。
「これ、図鑑に載っていた古代薬草です!確か『月光クレソン』という名前で、解毒作用があるはずなんですが……古代の水耕草はえぐみが強くて、とっても苦いんですよねぇ」
リコが首を傾げながら試験管を取り出そうとした瞬間、アリエラの視界を借りていた俺の料理人センサーが激しく反応した。
〈待て待て待て!苦いわけあるか!アリエラ、それ一枚ちぎって食ってみろ!〉
(ちょ、ちょっとショーヤン!?毒見を私にさせる気!?)
〈いいから!俺の勘を信じろ!〉
アリエラは半信半疑のまま、リコから手渡された青白い葉を小さくちぎって口に運んだ。
サクッ、と小気味よい音が響く。
共有された味覚に、驚くほど澄み切った風味が突き抜けた。
「……っ!?」
〈ほら見ろ!ツンと鼻に抜ける爽快な辛味、その奥にみずみずしい甘みがあるだろ!これは上等な野生のクレソンそのものだ!肉の脂をサッと流してくれる極上の薬味になるぞ!〉
「本当ね……!ちっとも苦くない。脂っこい料理と一緒に食べたら口の中がさっぱりしそうだわ!」
「ええっ!?苦くないんですか!?古代の解毒薬草が美味しいだなんて……!」
アリエラの感想に、リコが信じられないといった顔で研究ノートに激しくペンを走らせ始めた。
「アリエラ様ーっ!それどころじゃないにゃ!水の中を見てみるにゃ!」
水路を覗き込んでいたチェルシーが、甲高い声を上げた。
透き通った冷たい水底を、体長二十センチほどの見事なエビが群れをなして泳いでいる。
氷のように透き通った青い殻と、太く引き締まった尾。
〈ボタンエビに似ている!殻が薄くて身がぎっしり詰まってやがる!〉
「エビ……食材ね!」
「捕まえるにゃーっ!」




