第16話 豪商との商談
街で得た情報によると、どうやら『強欲の大番頭』の二つ名を持つオズボーンは、金と希少素材にしか目がない守銭奴であり、同時に無類の珍味収集家でもあるらしい。魔王軍の脅威すら金儲けのチャンスと捉えている、底知れず喰えない男だ。
屋敷に到着し、使用人に話をすると、アポも面識も無かったが会ってくれるらしい。
通された応接室は、悪趣味なほど豪華な調度品で埋め尽くされていた。
「いやはや、これは驚いた。あの孤高の剣聖様が、私のような薄汚い商人の館に足を運ばれるとは」
恰幅の良い中年男、オズボーンが値踏みするような視線でアリエラを見つめる。
「単刀直入に聞こう。勇者殿が何の用かな?私は金にならない話には興味がなくてね」
「商談よ」
アリエラは淡々と答え、背負っていた大きな麻袋をドンッとテーブルの上に置いた。
「商談?あなたが?ハッ、使い古しの剣でも売りつけに来たのかな」
「違うわ。ブラッドボアの肉よ」
その言葉を聞いた瞬間、オズボーンは鼻で笑った。
「ブラッドボアだと?冗談はよしていただきたい。あんな泥沼に生息する狂暴な猪型魔獣の肉など、生臭さが酷くて誰からも敬遠されている。うちの商会ではタダでも引き取らんよ」
オズボーンが扇子を広げ、退室を促そうとした。
(ショーヤン。やはり駄目ね。私の剣で脅して……)
〈待て待て待て!商人に刃物を向けるな!交渉はここからだ。俺の言う通りに伝えろ〉
俺は慌ててアリエラの物騒な思考を止め、彼女の口を借りて交渉を始めた。
「ただのブラッドボアなら、そうでしょうね。ですが、これを見ても同じことが言えるかしら?」
アリエラは袋を解き、中から厳重に包まれた肉の塊を取り出した。
それは、チェルシーが完璧にさばき、リコのハーブで下処理を施した、極上の霜降り肉だ。
「なっ……なんだこの美しい断面は。それに、あの特有の獣臭さが全く……いや、むしろ芳醇な香りがするぞ……?」
オズボーンの目の色が変わった。
〈よし、畳み掛けろ!『専属の斥候による徹底的な血抜きと、薬師のハーブ処理による特別製だ。一口試食してみるか?』ってな!〉
アリエラが俺の言葉をそのまま復唱すると、オズボーンはゴクリと喉を鳴らした。
すぐに館の料理人が呼ばれ、アリエラの指示通りに肉が分厚くカットされ、指示通りの色になるまで香ばしく焼き上げられた。
ジュワァァァッ……と、極上の脂が溶け出す音が室内に響く。
焼き上がった極上のステーキ肉を、オズボーンが銀のフォークで口に運ぶ。
その瞬間。
「……おおおおおっ!?」
オズボーンの恰幅の良い体が、ビクンと大きく跳ねた。
「な、なんという深い旨味!口の中でとろけるような脂の甘さと、それを引き締めるハーブの爽やかな後味!あの泥臭いブラッドボアが、これほどの極上肉に化けるというのか!?」
守銭奴で喰えない男が、完全に商人の顔を忘れ、珍味収集家としての歓喜に打ち震えている。
「素晴らしい!素晴らしすぎる!これほどの珍味がこの世に隠されていたとは!」
〈よし、今だアリエラ!『この肉の継続的な納入と、製法の独占権。法外な値打ちになるはずよ』とふっかけろ!〉
「……この肉の継続的な納入と、製法の独占権。法外な値打ちになるはずよ」
アリエラが腕を組み、冷徹な剣聖の表情で言い放つ。
「くっ……!足元を見おって。だが、この極上の肉を王都の貴族どもに売り捌けば莫大な利益を生む……!よかろう、あなたの提示する値で買おうじゃないか!」
見事に、豪商オズボーンを陥落させた瞬間だった。
(……信じられない)
アリエラは内心で深く息を吐き出していた。
(今まで、私は腕力でしか世界と交渉できなかった。邪魔なものは斬り伏せ、従わない者は力でねじ伏せてきた。それが一番手っ取り早いと思っていたから……)
だが、今目の前で起きたことはどうだ。
一滴の血も流さず、剣を抜くこともなく、ただ『食』を通じて、あの強欲なカウナスの豪商を完全に屈服させたのだ。
(これが、食を通じた交渉術……。ショーヤン、あなたのその『交渉術』には本当に舌を巻くわ)
〈へへっ、商人相手には金か美味い飯、この二つが最強の武器なんだよ。定食屋の親父に叩き込まれた商売の基本さ〉
「それで、剣聖殿。この莫大な代金は金貨で用意すればよろしいかな?」
興奮冷めやらぬオズボーンが揉み手で尋ねてくる。
「お金は、珍しい調味料や食材、それに旅に必要な物資と替えてちょうだい」
アリエラが答えると、オズボーンはビジネスパートナーとして嬉しそうに頷いた。
「……それと、もう一つ。情報を提供してちょうだい」
アリエラはスッと目を細め、交渉の核心へと切り込んだ。
「情報、ですかな?」
「魔王軍の幹部と渡り合うための遺物……それが眠る、未踏の古代遺跡についてよ」
オズボーンは一瞬だけ商人の鋭い目つきに戻ったが、すぐにニヤリと笑った。
「なるほど。あの極上肉の取引相手としてのサービスです。……特別な情報をお教えしましょう」
オズボーンは声を潜め、未踏の古代遺跡の場所について語り始めた。
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館の外に出ると、大きな荷袋を抱えたチェルシーとリコが待っていた。
そこへ、商談を終えたオズボーンが屋敷の入り口まで見送りに姿を見せる。
「アリエラ様、遅かったにゃ!こっちはいっぱい買い込んできたにゃ!」
「オズボーンさんの商会から、すごい量のスパイスや野草を安く譲ってもらえました!あ、オズボーンさん、お世話になりました!」
リコが元気よく頭を下げると、オズボーンは目を丸くした。
「ほう、あなたが先ほどの極上肉の下処理をした薬師殿ですかな」
「はい!これ、お礼とご挨拶の『おまけ』です。私が調合した、特製のスパイスとハーブの調味料です。お肉料理に使うと美味しいですよ!」
リコは嬉しそうに小瓶を手渡した。
「これはご丁寧に。ありがたく頂戴しておきましょう」
オズボーンはにこやかに受け取ったが、その目はまだブラッドボアの肉がもたらす利益の計算に向いているようだった。
〈へへっ、ただのオマケだと思うなよ。後で実際に肉にかけてみたら、美味すぎて腰抜かすぜ〉
俺は脳内で密かにほくそ笑んだ。
二人の笑顔を見て、アリエラも自然と柔らかな表情を浮かべる。
(古代遺跡……ショーヤン、ここに行けば、何か討伐の足がかりが掴めるかもしれないわね)
〈ああ。それに、珍しい古代の食材とか、レアな香辛料が眠ってるかもしれないしな!〉
(……あなたは本当に、そればかりね。でも、楽しみにしておくわ)
食を通じた見事な交渉術で古代遺跡の情報を得た俺たちは、未知の冒険と新たな食材を求めて、次なる目的地へと向けて歩き出した。




