第15話 カウナス市場
アリエラの凄まじい踏み込みと共に、大剣が唸りを上げる。
「『神速一線・崩壊断』!」
地響きを立てて突進してきていたブラッドボアが、一撃で両断され地面に崩れ落ちた。
「お見事にゃ!アリエラ様、今日も絶好調だにゃ!」
チェルシーが尻尾をピンと立てて駆け寄り、慣れた手つきで腰のナイフを抜く。
〈よし、肉が硬くなる前に血抜きだ!アリエラ、チェルシーへ『筋を傷つけないように』と指示してくれ〉
(わかったわ)
「チェルシー、筋を傷つけないように血抜きをお願いするわ」
「任せるにゃ!アリエラ様のご指名とあらば、完璧にさばいてみせるにゃ!」
チェルシーは手早く魔獣の皮を剥ぎ、あっという間に綺麗なブロック肉を切り出していく。
「あ、あの!下処理用のハーブなら、私が摘んできました!」
背負った大きなカバンを揺らしながら、リコが両手いっぱいの草を抱えて走ってきた。
「この『防腐の葉』を擦り込めば、お肉の鮮度が長持ちします!それに、こっちの『香辛草』と一緒に燻せば、臭みも完全に消えるはずです!」
〈おおっ、さすがリコ!薬草の知識が料理にドンピシャで活きてるな。よしアリエラ、さっそくこいつを保存食に加工するぞ〉
(ええ、わかったわ。……なんだか、本当に手際が良くなったわね)
俺の指示に従い、アリエラが肉に塩とリコのハーブを擦り込む。チェルシーが火を起こし、あっという間に極上の干し肉と燻製が完成した。
「はふっ、もぐもぐ……!この干し肉、噛めば噛むほど味が染み出して最高にゃ!」
「本当ですね!私のハーブがお肉をこんなに美味しくするお役に立ててうれしいです!」
焚火を囲みながら、おいしく肉を頬張る二人。
アリエラも、呆れたような、けれどどこか嬉しそうな表情でその光景を見つめていた。
(こんな風に、賑やかな食卓を囲みながら旅をする日が来るなんて……少し前までは考えもしなかったわ)
〈だろ?飯が美味けりゃ、足取りも軽くなるってもんだ〉
道中、ブラッドボアを倒してはおいしく食べ、リコが摘んだハーブで保存食もたくさんできた。
かつて一人で生肉をかじっていた孤独な剣聖の野営は、今や完全に賑やかなグルメ旅へと変貌していた。
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数日後。俺たちはついに目的地へと到着した。
「おおーっ!すっごい活気にゃ!」
チェルシーが目を輝かせて叫ぶ。
目の前に広がるのは、無数の商人たちが行き交い、巨大な荷馬車が絶え間なく出入りする巨大都市。自由商業連合カウナスだ。
アリエラの説明によれば、豪商による寡頭共和制が敷かれたこの街は、各地の冒険者ギルド本部が置かれ、軍需物資や魔獣素材が活発に取引される経済の中心地である。
(人が多いわね……帝都とはまた違った意味で、圧倒されるわ)
アリエラが少しだけ警戒するように周囲を見渡す。
だが、帝都のように彼女を「神の剣」として祭り上げるような狂信的な視線はない。
代わりに交差しているのは、商人たちが利益を計算するような鋭くも活気に満ちた視線だった。
〈ここは珍味の宝庫でもあるんだろ?さっそく市場を覗いてみようぜ!〉
俺の提案に、チェルシーが真っ先に賛成した。
「大賛成にゃ!あっちから、すっごく香ばしい匂いがするにゃ!」
俺たちは大通りを外れ、冒険者や商人たちでごった返す市場の屋台通りへと足を踏み入れた。
安酒の匂いと、香辛料のむせ返るような香りが混ざり合う、まさにB級グルメの聖地じゃないか。
定食屋で働いていた俺の血が騒ぐ光景だ。
「アリエラ様、見て!あの串焼き、お肉から滴る脂が焦げて……にゃあぁ、よだれが出るにゃ!」
チェルシーが屋台の前にへばりつき、尻尾をブンブンと振り回している。未知の屋台飯を前に、完全に野生を忘れたただの食いしん坊だ。
「こ、こっちは……!図鑑でしか見たことのない『痺れキノコ』の乾燥品!それに、この怪しい色の粉末は一体……!?」
一方のリコは、怪しげな香辛料や素材を扱う店先で、図鑑を片手に興奮しきりだ。
二人とも完全に自分の世界に入り込んでしまっている。
(……はぁ。目を離すとすぐに迷子になりそうね)
アリエラは小さくため息をついた。
〈まあいいじゃないか。せっかくだし、あの串焼き、全員分買おうじゃないか。俺もタレの味が気になって仕方ないんだ〉
(ショーヤンまで……。まったく、みんなして食い意地が張っているのだから)
文句を言いながらも、アリエラは銅貨を取り出して屋台の親父に渡した。
「おっ、お姉さんたち冒険者かい?カウナス名物、地底魔獣モ―グランのピリ辛串焼きだ。たっぷりタレを絡めてやるよ!」
渡された熱々の串焼きを、アリエラが一口齧る。
(……っ!)
〈おおおっ!この甘辛いタレと、後から来る絶妙なスパイスの刺激!肉も適度に歯ごたえがあって、美味いじゃないか!〉
アリエラと味覚を共有している俺の脳内にも、ジャンクで強烈な旨味が爆発した。
「おいひいにゃーっ!ほっぺたが落ちそうにゃ!」
「辛いですけど、体がポカポカしてきて……元気が出ます!」
チェルシーとリコも、顔を見合わせて満面の笑みを浮かべている。
(……ふふっ。確かに、悪くないわね)
アリエラは口元を緩め、二本目の串焼きに手を伸ばした。
孤独な一匹狼だった彼女が、騒がしい仲間たちと肩を並べて屋台飯を頬張っている。
その光景は、カウナスの賑やかな市場の風景に、驚くほど自然に溶け込んでいた。
(さて、腹ごしらえも済んだことだし、そろそろ目的を果たさないとね)
アリエラは串の最後の一切れを飲み込むと、再び剣聖の凛とした表情に戻った。
〈ああ。豪商のオズボーンだったか。俺たちの手持ちの『武器』がどこまで通用するか、楽しみだな〉
俺たち一行は街で得た情報を元に市場を抜け、カウナスを牛耳る豪商オズボーンとの接触を図るため、立派な構えの館へと歩みを進めた。




