第14話 天ぷら
商業連合カウナスへの道中を進む俺たち一行。
街道はよく整備されており、時折すれ違う商人たちの荷馬車が、カウナスという街の経済規模の大きさを物語っていた。
「にゃははっ、いい天気だにゃー。アリエラ様、この干し肉も最高にゃ!」
チェルシーはすっかり俺の作ったブラッドボアの自家製ジャーキーの虜になり、歩きながらも幸せそうに尻尾を揺らして肉を咀嚼している。
アリエラも、帝都の息苦しい重圧から解放されたせいか、その足取りはどこか軽く、蒼氷色の瞳にも穏やかな光が宿っていた。
だが、そんな穏やかな旅路は、街道の脇から響いてきた怒声によって破られた。
「いい加減にしろ!お前の作ったポーションのおかげで、俺たちは全滅しかけたんだぞ!」
「あなたの薬は拷問器具だわ!飲んだら戦う前に胃が死ぬのよ!」
前方の開けた場所で、三人の冒険者パーティーが、一人の少女を取り囲んで罵声を浴びせていた。
少女は小柄で、体格に合わないオーバーサイズのくたびれた魔法使いローブを羽織っている。
腰回りや肩掛けカバンには自作の試験管、乾燥ハーブの束、乳鉢がジャラジャラと鈴なりにぶら下がっていた。
毛先が少し褪せたミントグリーンのショートボブが、彼女の震えに合わせて揺れている。
「そ、そんなことないです!傷は一瞬で塞がったじゃないですか!良薬は口に苦いものです!」
少女は必死に反論するが、冒険者たちは聞く耳を持たない。
「あのなぁ、苦いって次元じゃねぇんだよ!舌が痺れて三日は飯が食えなかったわ!もうお前とは今日限りで契約破棄だ!」
男がそう吐き捨てると、少女の足元に荷物を乱暴に投げつけ、パーティーは足早にカウナスの方角へ去っていってしまった。
後に残されたのは、自作の激苦ポーションを敬遠されて孤立したまだ若い少女だった。
彼女は街道沿いにへたり込み、自作であろうポーションを大事そうに抱えながら、深い孤立感を漂わせて途方に暮れていた。
(……見過ごせないわね)
アリエラが足を止め、静かに呟く。
本来は誰よりも仲間思いの彼女は、目の前で仲間から捨てられた少女を放ってはおけなかったのだろう。
〈ああ。とりあえず、声でもかけてみるか〉
+++
俺たちが近づいていく気配に気づき、少女はハッと顔を上げた。
好奇心と生真面目さが同居した琥珀色の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。
だが、彼女は慌てて目元を拭うと、鼻頭にうっすらと煤や草の汁をつけたまま、気丈に立ち上がった。
「あ、あの!あなたたち、旅の冒険者さんですよね?」
彼女は俺たちを見るなり、自作のポーションが入った小瓶をスッと差し出してきた。
「長旅でお疲れではないですか?よろしければ、これ、飲んでください!私の特製滋養強壮ポーションです!あっ、申し遅れました、私はリコ・ペペロンと申します。薬師と見習い補助魔法使いをしております」
「え?でも、これ……」
アリエラが戸惑う。
先ほどの冒険者たちの「拷問器具」という言葉が脳裏をよぎったのだ。
しかしリコは、悪気ゼロの満面の笑みを浮かべている。
彼女は純粋な善意で、相手の健康を思ってポーションを勧めてきているようだ。
「もうすぐ鮮度が切れて無駄になってしまいます。遠慮なさらず!さあ、グイッと!」
「……ええ、いただくわ」
アリエラは他人の善意を無下にできない不器用な性格だ。
意を決したように小瓶を受け取ると、一気にその液体を喉に流し込んだ。
その瞬間。
俺とアリエラの脳内に、世界の終わりかと思うほどの阿鼻叫喚が巻き起こった。
(っっっっ!?!?!?)
〈ぎゃあああああああっ!?なんだこれ!?舌が、舌が溶けるぅぅぅっ!!〉
強烈な苦味、エグ味、そして泥水と雑草を煮詰めたような暴力的な青臭さが、共有している味覚受容器を容赦なく破壊していく。
アリエラは声も出せずにその場に膝をつき、白目を剥いて地面を掻き毟った。
俺の魂すらも、あまりの不味さに消滅しかけた。
「アリエラ様!?ど、どうしたにゃ!?毒にゃ!?暗殺者にゃ!?」
チェルシーが短剣を抜き放ち、尻尾の毛を逆立ててパニックに陥る。
「ど、毒じゃないです!ただ少し後味が爽やかなだけですよぉ!」
リコが慌てて手を振る。
どうやら彼女には超人的な変味耐性があるようだ。
この致死レベルの苦味すら「爽やか」に変換されてしまうらしい。
〈ゼェ、ゼェ……アリエラ、生きてるか……〉
(……ええ。死の淵から、なんとか戻ってきたわ。でも、これを作った彼女の薬草の知識自体は、本物よ。傷ついた粘膜が驚異的な速度で治癒していくのが分かるもの)
〈だったら、問題なのは調合の方法……いや、『味の引き出し方』ってことか〉
定食屋の厨房で生きてきた俺の、料理人としての血が激しく滾った。
〈おいアリエラ。その子の腰についてる乾燥ハーブを少し分けてもらえ。あの苦いハーブを美味しく化けさせる方法を教えてやるんだ!〉
アリエラはまだ痺れる舌を必死に動かし、リコにハーブを譲ってほしいと頼み込んだ。
そして、帝都で買ったばかりの平鍋を取り出し、火を起こす。
〈いいかアリエラ。昨日のお好み焼きで余った小麦粉と水、それに卵を軽く混ぜ合わせろ。そこに、リコから貰ったハーブをくぐらせるんだ〉
「こうかしら?」
〈よし、そしてひまわり油をたっぷりと熱した平鍋に、それを投入しろ!〉
ジュワァァァァァッ!!
油が弾ける心地よい音と共に、香ばしい匂いが辺りを包み込む。
「な、何をしているんですか!?私の神聖な薬草が、油まみれに……!」
リコが悲鳴を上げるが、俺は構わず指示を続けた。
〈これが、油と熱の錬金術……『香草揚げ(天ぷら)』だ!〉
カラリと揚がったハーブの天ぷらを、アリエラは少し冷ましてから口に運んだ。
サクッ。
(……っ!美味しい!)
高温の油で揚げられたことで、薬草特有の強烈な苦味やエグ味が完全に飛び、代わりに深いコクと爽やかな香気だけが口いっぱいに広がった。サクサクとした衣の食感が、薬草を極上のスナックへと昇華させている。
「リコ、あなたも食べてみて」
アリエラに促され、リコは恐る恐る天ぷらを口にした。
「……えっ?苦くない……それに、なんだかサクサクしてて、すっごく美味しい……!」
リコは目を見開き、信じられないといった表情で自分のハーブを見つめた。自分の存在意義であったはずの薬草を誰にも受け入れてもらえなかった彼女にとって、それは世界がひっくり返るほどの衝撃だった。
+++
「にゃははっ!これ、おやつに最高だにゃ!いくらでも食べられるにゃ!」
チェルシーが横から次々と天ぷらを奪い去っていく中、アリエラは静かに微笑んでいた。
(……不思議ね。昔の私なら、あんなポーションを飲まされた時点で、彼女を無能だと切り捨てていたはず)
かつてのアリエラは、他人の失敗を絶対に許せなかった。
自分の未熟さで仲間を失ったトラウマから、戦場でのミスは死に直結すると信じ、他者にも自分にも完璧を求めてきた。
だが今は違う。
リコの要領の悪さや不器用さを、俺と共に笑い飛ばし、自然と受け入れ始めているようだ。
(ショーヤン。あなたの言う通り、完璧じゃなくても……こうして失敗を美味しいものに変えていけるなら、仲間というのも悪くないわね)
〈だろ?飯の席では、多少の失敗も最高のスパイスになるんだよ〉
アリエラはゆっくりと立ち上がり、まだ天ぷらの美味さに感動してポロポロと涙を流しているリコに向き直った。
「リコ」
「は、はいぃっ!」
「あなたのその薬草の知識は、必ず私たちの力になる。……もし行く当てがないなら、私たちと一緒に来ない?」
アリエラは、真っ直ぐな瞳でリコを旅に誘った。
その言葉に、リコは一瞬キョトンとした後、堰を切ったようにボロボロと大粒の涙をこぼした。
周りから敬遠され、追放され続けてきたであろう彼女にとって、自分の知識と存在を必要としてくれる人が現れたことは、何よりも嬉しい救いだったようだ。
「はいっ!私、頑張ります!どんな薬草でも集めてみせます!」
リコはよろこんで飛びつき、アリエラの手を両手でギュッと握り返した。
かくして、孤独だった剣聖勇者のパーティーに、食い意地の張った猫獣人と、激苦ポーションを作る薬草オタクが加わった。
カウナスへの道中、やかましくも賑やかな声が響き渡る。俺の脳内居候ライフも、どうやら退屈とは無縁になりそうだ。




