第13話 お好み焼き
黒蝕の荒野での討伐を終え、帝都へ戻って来た俺たち。
だが、巨大な正門をくぐり抜けた途端、息苦しい空気がアリエラを包み込んだ。
「おお、アリエラ様だ!」
「我らが神の剣!どうか我が子に祝福を!」
集まってくる民衆の目は、過剰な崇拝と他力本願な狂信に満ちている。
誰もがアリエラに「全てを斬り伏せてくれること」を期待し、彼女にかかるプレッシャーが肥大化していくのが、視覚を共有している俺にも肌で感じられた。
(……また、この重圧。少し息が詰まるわ)
「チッ、面倒なことになったにゃ。アリエラ様、こっちにゃ!」
群衆に取り囲まれて固まるアリエラの腕を引いたのは、チェルシーだった。
元義賊の斥候である彼女は身軽に路地裏の壁を蹴り、驚くアリエラを引っ張り上げて屋根の上へと誘導する。
「少し揺れるけど、舌を噛まないようにするにゃ!」
二人は入り組んだ帝都の裏道を音もなく駆け抜け、あっという間に民衆を撒いてしまった。
「……助かったわ、チェルシー」
「これくらい朝飯前にゃ。でも、ここには長居したくないにゃ。お腹の足しにもならないし」
〈まったくだ。帝都の外に出たいが、どこか当てはあるか?〉
俺が脳内で尋ねると、アリエラが迷わず答えた。
(……カウナスへ向かいましょう。自由商業連合の都市よ。あそこなら冒険者ギルドの本部があって魔王軍の情報も集まるし、物資の取引も活発だから足がかりになるわ)
〈へえ、経済の中心地か。商人が集まるなら美味い飯や珍しい調味料もありそうだな!〉
「そうね。……すぐに出発の準備をしましょう」
何より、帝都の息苦しい監視や狂信的な視線から離れられる。
アリエラは小さく息を吐き、静かに頷いた。
+++
〈待て待て。その前に、ちゃんとした鍋や調味料を買おう!〉
早々に旅道具の準備を始めようとするアリエラを、俺は慌てて止めた。
〈前線に行くにしても、舌が痩せては戦はできぬ。美味い飯には相応の道具が必要だ〉
(……料理長がそう言うなら、仕方ないわね)
俺の指示のもと、アリエラとチェルシーは帝都の市場へ繰り出した。
携帯できる調理器具や様々な調味料を調達していく。
「ショーヤン、これは何に使うの?」
〈それは鉄の平鍋だ。肉や粉ものを焼くのに最高なんだよ。そっちのスパイスや、匂いの強い香草も買っておこう〉
今まで武器や防具ばかりで、一度も手にしたことがなかった生活用品ばかりを前に、アリエラは興味津々な様子だ。
鋭利なオーラを放つ剣聖勇者が、真剣な顔で木べらや小瓶を吟味している姿は、どこか年相応の少女らしさがあった。
「アリエラ様、この野菜や卵みたいなのも買うにゃ?」
「ええ。ショーヤンが言うには、これで特別な料理を作るらしいわ」
「ショーヤン?」
「あっ、いや、なんでもないわ」
俺の名を聞いたチェルシーが首を傾げたが、アリエラがとっさにとぼけた。
脳内居候にまだ慣れていないようだ。
食材も俺の指示でたっぷり買い込み、アリエラの家へと戻った。
+++
相変わらず生活感のない殺風景な部屋に、不似合いな山盛りの食材と真新しい調理器具が並べられた。
〈よし!それじゃあ今日は、アリエラに『お好み焼き』を作ってもらうぞ!〉
「おこのみ、やき……?何かの儀式?」
〈いや、鉄板で生地と具材を焼く、俺の故郷の最高な庶民派料理だ。まずは、その丸い野菜を細かく刻んでくれ。千切りって言って、なるべく細く切るんだ〉
「……分かったわ」
アリエラはキャベツをまな板に置き、買ってきたばかりの包丁を構えた。
その瞬間、彼女の目の色が変わった。
タタタタタタタタタタタタッ!!
目にも止まらぬ速さで、包丁が上下に動く。極限まで鍛え抜かれた無駄のないしなやかな肢体から繰り出される、超絶スピードの刃さばき。それは、魔獣の解体・急所切りで培った技術の恐るべき応用だった。
あっという間に、寸分違わぬ完璧な幅で千切りにされた野菜の山が出来上がった。
〈す、すげえ……!〉
俺は思わず脳内で唸った。刃物を扱うスピードと正確さだけは、定食屋の厨房で長年鍛えた俺よりも遥かに上だ。まさに剣聖の無駄遣いである。
「こんな感じでいいかしら?」
〈か、完璧だ。次は粉を水と卵で溶いて、たっぷりの野菜と、薄く切ったブラッドボアの肉を混ぜろ。そして平鍋で焼くんだ〉
ジュゥゥゥゥッ……!
油を引いた鉄鍋に生地を落とすと、食欲をそそる香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がった。
「にゃあぁ……いい匂いにゃ……お腹すいたにゃ……」
食い意地の張ったチェルシーが、尻尾を揺らしながらよだれを垂らしている。
〈ひっくり返して、両面がこんがり焼けたら、ソースをぬって魚粉をまぶしたら完成だ。よし、食っていいぞ!〉
「いただくにゃーっ!!」
チェルシーが、完成したばかりの熱々のお好み焼きに勢いよく飛びついた。
サクッ、ハフッ。
「あふっ!?ほふっ!!にゃあぁぁぁっ!?」
悲鳴を上げてその場で飛び上がるチェルシー。彼女は猫獣人――つまり、重度の猫舌だったのだ。熱さに悶絶し、涙目で舌を出して転げ回っている。
「自業自得よ、チェルシー。少し冷ましてから食べなさい」
アリエラは呆れながらも、小さく切り分けたお好み焼きに息を吹きかけ、ゆっくりと口に運んだ。
(……美味しい。外はサクッとしていて、中はふんわりしているわ。野菜の甘みと、肉の旨味が絶妙に絡み合って……)
〈だろ?疲れた体にはこういうジャンクな味が染みるんだよ〉
涙目でハフハフと戦いながらお好み焼きを頬張るチェルシーと、静かに、だが確かな感動を噛み締めながらおいしく食べるアリエラ。
そんな二人を見ていると、俺の心も不思議と満たされていくのを感じた。
翌朝、帝都の喧騒を背に、俺たちはカウナスへ向けて出発した。




