第11話 自家製ジャーキー
アヒージョの感動的な夕食を終えた後、俺たちは残ったブラッドボアの肉の処理に取り掛かっていた。
〈いいか、アリエラ。肉は保存が命だ。薄くスライスして、焚火の煙でじっくり燻すんだ。これで極上の自家製ジャーキーができる〉
(……わかったわ。こうね)
彼女の手つきは、昼間の力任せな剣の振り方とは打って変わり、教えた通りの繊細な包丁さばきになりつつあった。
パチパチと燃える炎の上に組んだ木の枝に、薄切りの肉を並べていく。
しばらくすると、獣肉の脂が落ちる香ばしい匂いと、木の燻煙が混ざり合った、たまらない香りが周囲に漂い始めた。
俺は自分の鼻で直接匂いを感じられないのが本当に悔しいが、アリエラの視覚と嗅覚を通じて、その素晴らしい完成度を確信していた。
その時だった。
ガサッ。
背後の茂みから、微かな葉擦れの音が響いた。
アリエラの空気が一変する。
先ほどまでの穏やかな雰囲気は霧散し、一瞬にして冷徹な剣聖勇者の顔に戻った。
音もなく立ち上がり、腰の大剣に手をかける。
(……魔獣ではない。人?のようだが……)
茂みの奥から姿を現したのは、ボロボロの衣服を纏った小柄な影だった。
頭にはピンと立った二つの獣耳、腰のあたりからは細長い尻尾が垂れている。
猫の獣人だ。
警戒心も露わにこちらを睨みつけているが、その足取りはふらついている。
「あ、あんた……まさか、『孤高之破断者』のアリエラ……?」
かすれた声で、獣人の少女が呟いた。
どうやらアリエラの顔を知っているらしい。
だが、アリエラは一切の容赦を見せない。
シャキンッ、と冷たい金属音を響かせ、大剣を抜き放つ。
(夜の野営地に近づく者は、盗賊か刺客と決まっている。即座に迎撃あるのみ)
アリエラが恐るべき脚力で踏み込もうとした瞬間、俺は慌てて叫んだ。
〈待て!早まるな!あいつの腹の音、聞こえなかったか!?この匂いにつられて来たんだろうよ。よっぽど腹をすかしているんだろう。飯を食わせてやれ!〉
(……っ、しかし!)
〈いいから!目の前で行倒れなんて、胸糞わるいじゃねぇか〉
+++
俺の制止に、アリエラは舌打ちを堪えるようにして足を止めた。
他者を極度に警戒している彼女は、大剣を抜いたまま油断なく獣人を見据えている。
「ま、待ってほしいにゃ。敵意は無いですにゃ……」
獣人の少女は後ずさろうとしたが、その時、ぐきゅるるるぅぅぅ……と、彼女の腹から盛大な音が鳴り響いた。
彼女の視線は、アリエラの剣ではなく、焚火の上で炙られているブラッドボアの燻製肉に完全に釘付けになっていた。
〈ほら見ろ。あのジャーキーを一切れ譲ってやれ〉
アリエラは不満げに眉をひそめながらも、出来たてのジャーキーを一つ手に取り、少女の胸元へ放り投げた。
「……っ!」
少女は警戒も忘れ、キャッチしたジャーキーに勢いよく飛びついた。
そして、一口齧った瞬間、彼女の猫耳がピーン!と垂直に立ち上がった。
「にゃ、にゃにこれぇぇぇっ!?すっごく美味しいにゃ!!」
夢中で咀嚼する少女の顔から、先ほどの警戒心がみるみるうちに溶け落ちていく。
完全にジャーキーに胃袋を掴まれて懐いてしまったようだ。
そのあまりに見事なチョロさに、剣を構えていたアリエラもすっかり毒気を抜かれてしまっていた。
「あたしはチェルシー。元義賊の斥候をやってたにゃ」
追加で3つのジャーキーを平らげ、少し落ち着きを取り戻したチェルシーが自己紹介をした。
「これ、アリエラ様が作ったの?剣だけじゃなくて、料理の腕もすごいにゃ……」
〈おいアリエラ、まだ肉の下処理が残ってるぞ。保存食にするから、そこのブロック肉の筋を引け〉
(……ええ、わかったわ)
アリエラはチェルシーの言葉を無視し、大剣から短剣に持ち替えて作業を再開した。
俺の指示に従い、肉の繊維に沿って的確に刃を入れ、硬い筋を淀みなく切り離していく。
それを見ていたチェルシーの目が、驚きに大きく見開かれた。
「そのナイフさばき……一切の無駄がないにゃ。魔獣の急所を熟知してるからこその解体技術……」
チェルシーはふいと立ち上がると、アリエラの隣にしゃがみ込んだ。
「あたしにも手伝わせてにゃ。罠の解除とか、細かい手作業には自信があるんだから」
そう言うと、彼女は残っていた別の肉の塊を手に取り、腰の小刀で素早く処理を始めた。
その手つきを見て、俺は思わず脳内で唸った。
細かい骨抜きや、入り組んだ関節部分の解体が、恐ろしいほど正確で素早い。
義賊の斥候と言っていたな。
罠の構築や解除の繊細な指先が、食材の下処理においてこれほどの適性を見せるとは。
〈こいつ、すげえぞアリエラ!調理のサポート役として完璧な逸材だ!〉
俺が内心で興奮していると、チェルシーが尊敬の眼差しでアリエラを見上げてきた。
「すごい……あたしが罠解除の技術を応用しても、アリエラ様のその迷いのない刃筋には敵わないにゃ。アリエラ様は武力だけでなく、食の真理まで極めているんだにゃ……!」
目をキラキラさせるチェルシー。
(食の真理……)
〈プッ……あははっ!お前、さっきまで生肉食ってたのにな!〉
(……ショーヤン、笑わないで。自分でもわかっている。非常に気まずいわ)
「孤高の天才の考えることは分からないにゃ……。あたし、感動したにゃ!」
勝手に勘違いして尊敬を深めるチェルシーを見て、アリエラは小さくため息をつき、俺という『脳内の声』の存在を隠し通すことに決めたようだった。




