第8話
翌日、ソンジを休ませるために午前中の議会に参加するアイザックに夏美はついていくことになった。
「行くぞ」
「あ、うん……!」
ソンジに見送られ、アイザックに連れられて夏美の部屋を出る。
「あの、議会の間、私はどうしてればいいの?」
「黙って俺の後ろにある傍聴席に座っていればいい」
「わかった……」
(議会なんて参加するの初めてだし、なんだか緊張しちゃう……)
議会場の前までの長い廊下を歩く。
(この宮殿すごく広そう……そういえば、私全然この宮殿のことも知らないな……)
普段夏美が過ごしているのは、せいぜいアイザックの執務室、寝室、そして夏美とソンジの居室くらいだ。ごく狭いエリアしか移動していないが、この宮殿が果てしなく広いことに、なんとなく気づいていた。
外廊下を歩いて、隣の棟に向かう。
(時間があるときにソンジさんに案内してもらおう)
そんなことを考えていると、ようやく議会場の前に到着した。議会場のドアは大きく、天井まであった。アイザックたちがつくと、その両脇に立っていた兵士たちがドアを押し開けてくれる。
「傍聴席はあっちだ。俺の座る背後あたりに座っておけ」
「うん」
アイザックが中央のテーブル席につき、その背後三面に広がるように作られている傍聴席に夏美も入っていく。一番最前列の、アイザックの後ろに座る。
他の議員たちが、不躾な視線をよこしてくるのがわかった。
(なんか……すごく敵対心みたいなの満載なんですけど……)
アイザックの連れということで物珍しさもあるのだろう。遠慮ない視線に耐えつつ、議会が始まるのを待った。
しばらくすると議長が入ってきて、音頭を取り議会が始まる。
「本日の議題ですが……税法見直しの件、学問所創設に関する件、諸外国との貿易関税に関する件……」
議題がいくつか述べられていく。夏美は一応この国に関する勉強を兼ねて耳をすませる。
「税法見直しの件について、意見のある者は挙手願います。特に異論なければ、前回の大多数が否決という結果を踏まえ──」
「議長、意見があります」
議長の話を遮ったのは、アイザックだった。
(アイザック……!?)
それには周囲も驚いたのか、議員たちは互いに目配せをしている。議長がアイザックに意見を述べるよう促す。
「私は見直すべきだと考えております。今のままではあまりに国民の負担が重い。見直し後の数値で集計したとしても、税収は十分に賄えるはず。余分に国民を締め付けると、かえって反発を起こしかねません」
「議長、私にも意見があります」
アイザックの意見に対して手を挙げたのは、フラネルだった。
「どうぞ」
「国民に余計な金を持たせてはならない。このあと議論される学問所の件も同様だ。教育水準をあげたところで何になる。余計な知恵をつけさせた結果、破滅した国だってあるのだ。国民の力を削ぐためにも、税法見直しはやめるべきだ」
「……その考えには反対です。教育水準を上げることで他国に劣らぬ技術力を持つことができ、世界的な競争力を持つことも不可能ではありません。また、国民の意見を反映した政治運営ができる可能性も出てきます。国民が豊かに暮らせるほうが治安の維持にも役立ちます。他に否決派の方のご意見をお聞かせいただけますか」
(アイザック……そんなに考えてたんだ……)
ソンジから政治には無関心だと聞いていたが、アイザックなりに意見を持っていたことに驚く。
(私が昨日ああ言ったから、発言しようっていう気になってくれたのかな……?)
そうだとしたら嬉しい。夏美はアイザックが他の議員と議論をするのを聞いていた。
その日の午後、ソンジが起きてきてアイザックを剣の稽古に見送ったあと。夏美はソンジにあるお願いをしてみようと思っていた。
「ソンジさん」
「はい、なんでしょう?」
「この宮殿の中を、少し案内していただけませんか? 昨日、議会場に行くときに思ったんですけど、すごく広いですよね?」
「ええ。ほとんどの議員や使用人がここに住んでおりますから。では、案内いたしましょうか。その前に、少しだけ書類仕事を片付けてもよいですか?」
「もちろんです!」
ソンジが書類仕事を片付けるのを一時間ほど待ってから、二人は執務室の外に出た。
「ではまず、この宮殿の地図をお渡ししましょう」
ソンジから、一枚の紙が渡される。
この宮殿は大きく3つの棟に分かれているらしい。一つが使用人たちの居住区や倉庫などがある棟、そして中央にあるのが宮殿の中枢機能が置かれている本殿、そしてもう一つが貴族たちの暮らす居住棟だった。
「議会場はこの真ん中にあります。我々が普段過ごしているのはこちらの居住棟ですね。とりあえず、主要な部分は歩いて巡ってみましょうか」
「はい!」
ソンジの案内で、居住棟を歩く。居住棟と言っても、貴族たちが生活に不自由しないように図書室や遊戯室、音楽ホール、会食に使用するいくつかの小食堂、外部からの行商などが集まる大広間などがあった。
「すごいですね、なんでもあるんだ……」
「ええ。貴族の方たちやそのご家族が不自由のないよう、あらゆる施設が作られています。裏には訓練場がいくつかあります。ここでアイザック様は剣や銃の稽古をなさっていますね」
「それって……見ることできたりするんですか?」
「ええ。この時間帯でしたら、剣の稽古をなさっているのではないでしょうか。行ってみますか?」
「はい!」
(稽古とか、真面目にやってるのかな? アイザック……)
普段あまり感情を表に出すタイプではないし、これまでの議会での態度などからしても、もしかしたら稽古に手を抜いているかもしれない。
(あんまりアイザックが機敏な動きしてるところとか、想像つかないな……)
汗をかくようなことは嫌いそうだとすら思ってしまう。期待半分、期待しないでおこうという気持ち半分で、訓練場に向かうソンジについていった。
訓練場に到着すると、すぐに剣を取って相手と向かい合うアイザックの姿が目に入った。他に訓練している者はいない。
「ここは貴族専用ですからね。兵士たちはまた別の場所で訓練していますから、あまり人がいないのです」
「そうなんですね……」
アイザックは真剣な表情で相手と対峙し、相手に隙ができるのを見計らっていた。その真剣な表情をじっと見つめる。
これまでも剣を戦わせていたのか、アイザックの頬を汗が伝っている。
(うわ、なんか新鮮……!)
いつもとはまた違う鋭さを持った真剣な眼差しに、つい夏美も見とれてしまう。一瞬相手の気が緩んだ隙を見て間合いを詰め、何度か打ち合った末に相手が剣を落とした。
「か、っこいい……」
思わず口からこぼれた言葉に、夏美ははっとした。それを聞いていたソンジが微笑む。
「昔から、アイザック様が稽古で手を抜いたことはありません。かっこいいでしょう?」
からかうようなソンジの表情に、すっかり心を見透かされていたのがわかり夏美は恥ずかしくなる。
「アイザックのことだから、あんまり真剣にやってないんじゃないかとか思ってた私が馬鹿でした」
「ふふ、昔は私がよく稽古の相手をしたものです」
「そうなんですか? そっか、ソンジさんもお強いんですもんね」
「今ではあの方に勝てる気がしません。こう見えて、アイザック様はとてもお強いんですよ。剣も銃も、腕前はぴかいちです」
「へぇ~……」
汗を拭い、もう一度相手との間合いを取って向き直ろうとするアイザックを見つめる。
アイザックが相手の方を振り向いた瞬間、こちらの姿に気がついたようでアイザックが顔をしかめたのがわかった。
「アイザック様~! 私もナツミ様も、応援しておりますよ~」
楽しそうにソンジが叫ぶ。
「どこかへ行け」
「嫌でございます。さあ、もう一度見せてくださいませ」
ソンジの嬉しそうな姿に、アイザックも追い払うことはできないと思ったのだろう。ため息をついてから、相手を見つめる。
その瞬間にはすでに周りのことなど目に入っておらず、相手のことしか視界にないのがわかった。それほど、アイザックのまとう空気が変わった。
次はアイザックのほうから仕掛けた。すぐさま間合いを詰め、上から大きく振りかぶって、相手の体勢を崩すほどの重い剣撃を与える。相手がよろけた瞬間にその身体にタックルして、そのまま相手が倒れたのを目で追い、仰向けに寝転がった相手の顔に剣先をつきつける。
「決まりましたな」
「すごい……本当にあっという間ですね」
「ええ。一瞬の気の緩みも許されませんからね」
剣をさやにしまったアイザックがこちらへやってくる。
(な、なんかめちゃくちゃかっこよく見える……!)
汗を拭いながらこちらへ歩いてくるアイザックを目で追いながら、夏美はそんな事を考えていた。
「何をしに来た」
「応援しに来たのですよ。ね、ナツミ様」
「はい。なんか、いつもと印象違ったね、アイザック」
「何が違う」
「ナツミ様が、かっこいいとおっしゃってましたよ」
「や、やめてくださいよソンジさん!」
「本当のことでしょう?」
「それはそうですけど!! 普通本人に言わないですよ!」
ソンジと夏美のやり取りを見て、アイザックがはぁ、とため息をついた。
「俺ももうじき稽古が終わる。先に帰ってろ」
「はーい。まだまだ他のところもナツミ様にご案内しなくてはなりませんしね。行きましょうか」
「はい……じゃ、じゃあ……稽古頑張ってね」
「ああ」
夏美はアイザックに小さく手を振り、先に歩きだしていたソンジのあとを追った。




