第6話
翌朝、部屋にエレナが入ってきて優しく起こされる。
「おはようございます」
「あ……おはようございます……」
誰かに起こされたのは、実家暮らしをしていた時以来だ。だからだろうか、エレナが実家の母親と重なって見える。
「よく眠れましたか?」
「はい、もう結構ぐっすり……」
ラブホテルで過ごしすぎたからか、夏美は環境が変わっても、枕が変わっても、どんな体勢でもだいたい眠れるのだ。
「……あ」
そういえば、昨日はアイザックの部屋でそのまま眠りについた。
見回してみると、たしかにアイザックの部屋である。
「エレナさん……ここ……」
「ええ、アイザック様からナツミ様の身支度をするようにと」
「くっ……」
気恥ずかしいような、ありがたいような、母……いや、年の離れた姉に情事のことを察せられたような妙な気分である。
「さぁ、起きてお着替えをしましょう」
「はい……」
それからベッドから起こされ、ネグリジェから美しいドレスに着替えさせられる。
(今日のドレスも可愛い……)
やや詰まったラウンドネックに、ロングスリーブのエンパイアラインのドレスである。色は淡い桜色。ジャガードの生地が、桜色を若くみせるというよりは上品に昇華していた。
「では、次はこちらへ」
鏡の前に座らされ、髪を櫛でとかれる。
夏美はさすがに無言なのも何だし、と聞いてみたかったことを聞いてみることにした。
「エレナさんは、アイザックの使用人歴長いんですよね?」
「はい。アイザック様が5歳の頃からやってますよ」
「昔から、あんな感じなんですか? つっけんどんっていうか、冷たいっていうか……」
「いいえ、幼い頃から印象が少し変わりました。アイザック様のお祖父様が生きていらっしゃった頃は、もう少し無邪気な一面があったような気がいたします」
「お祖父様? その方って今は……」
「ええ、お亡くなりになりました」
「そう、なんですね……」
(おじいちゃんっ子だったのかな。私もおばあちゃんっ子だったから、ちょっと気持ちわかる……)
そこまで話したところで、コンコンとドアが叩かれた。エレナがはい、と返事をすると、ドアの向こうからソンジの声がした。アイザックも一緒にいるという。
「入っていただいてもよろしいですか?」
「はい、断れないですもんそんなの」
「そうですよね。どうぞ、お入りください」
エレナが声を張り上げると、部屋に二人が入ってきた音がした。
髪を結われ、身だしなみを整えたところで衝立から出ていく。
「おや、よく似合っておりますね。しかし、これもやはり大きすぎますか……そうでしょうね……」
ドレスを着た夏美を見て、ソンジが目を細める。確かに少し袖も丈も長いようで、エレナがすぐさま仮止めに来てくれた。
「こんなドレス、私が着ていいんですか? すごく高そう……」
「アイザック様の客人が貧相な服を着ていたら周囲に示しが付きませんから」
(まぁ、来賓っていうくらいだもんね……)
このドレスを目の前にしたら、現代にいた頃に着ていた服なんてどれほど高価なものでも貧相に見えてしまうのかもしれない。
ぎゅうと締め付けられたコルセットの苦しさと、全くと言っていいほど露出がないことを除けば夏美は、このドレスでいつも心ときめかせながら街を歩きたいと思うほどである。
「今日は仕立て屋を呼んでありますから、その者にナツミ様専用のドレスを作らせましょう」
「えっ、いいんですか!? 私、お金持ってないんですけど……」
「その点はご安心ください。アイザック様のお客様ですから、アイザック様がお出しになります。ねえ?」
「ああ」
ソンジはアイザックに対してだいたいどこか茶化すような口ぶりだ。側近と言っても、ただの主従関係ではないのだろう。
「そろそろ仕立て屋が来る頃です。すぐに呼んできますから、こちらでお待ち下さい」
ソンジがそう言って部屋を出ていくと、アイザックは近くにあったソファに腰を下ろす。
(この状況……なんでアイザックは、ここにいるんだろう?)
なにか自分に用件があるのだと思っていたのに、何も言わず黙って座っている。
「ねえ……何か私に用でもあったんじゃないの?」
「なぜだ」
「なぜって……そこにいるから」
そう言うと、アイザックは立ち上がり、夏美の耳に顔を寄せてくる。
「……特にない。様子を見に来ただけだ」
「そう……ならいいけど」
「だが」
「ん?」
「……お前が昨日のようなことを仕立て屋に持ちかけないか、見張っておく」
「昨日のようなことって?」
「仕立て屋は男だ。お前ならやりかねない」
「はい!? そんなことしないよ、犯罪なんでしょ!?」
「信用できん。俺がいないときはソンジから離れるな。必ずソンジの目の届くところにいろ」
(うーん、なんだか全く信用されてない……!)
それだけいうと、何も言えなくなった夏美を一瞥し再びソファに腰掛けた。裾直しをしていたメイドたちは、仕事を終えたらしく一礼して部屋を出ていく。
(き、気まずい……)
二人きりになった部屋で、立っているのも妙な気がしてアイザックの正面に置かれているソファに座る。
アイザックは目を閉じてなにか考えているのか、うつむいていた。夏美は気まずさを払拭すべく、話題を考える。
「ねぇ……」
「なんだ」
「その……命、狙われてるってソンジさんから聞いたけど」
「そうだが」
「怖く、ないの……?」
(よりによってなんで私、この話題チョイスしたんだろう。怖いに決まってるでしょ……)
そもそもこの話題が王族相手に対してふさわしくもない。はらはらと返答を待つようにして見守る夏美から、アイザックは目をそらして答えた。
「もう慣れた」
「え……」
「そもそも第一王子の病は幼い頃から患っているものだ。そう長生きできる体質だと思っていない」
「じゃあ幼い頃から、命を狙われてたの?」
「そうだ」
(そっか……王子って、大変なんだな……)
自分とは生きてきた人生が違いすぎて、何も言えなくなってしまう。
(牢獄に閉じ込められたときはもう死ぬと思ったけど……それがもうずっと続いてるってことだもんね)
あの一瞬でさえ耐えきれないほどだったストレスを、ずっと抱えていることがもう夏美の想像の域を超えた。
(私だったら、絶対耐えきれないよ……)
そう暗い気持ちになった瞬間、部屋に軽快なノック音が響いた。
「失礼します。仕立て屋を連れてまいりました」
反射的に反応した夏美の声を聞いて、ソンジがドアを開ける。長身で若く、柔和な顔立ちをした男だった。
(な、なんかキラキラしてる……! オーラがすごい、モテそう……!)
夏美はそんな事を考えながら社会人的立ち回りの癖として立ち上がり、会釈をする。
「彼はこちらの宮殿専属仕立て屋のフィル・アクロイドです。彼女はアイザック様の客人、ナツミ様です」
「ナツミ様。これからどうぞご贔屓に」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
シェイクハンドをしているうちに、ドアのほうから何人ものメイドが大きな箱やたくさんのドレスが掛かったハンガーラックを持ってくる。フィルの指示でそれらが床にぎっしりと並べられた。
「すごい……こんなにたくさん生地があるんですね!」
「ええ。ここにないものもご希望であれば取り寄せますよ。どんなドレスがよろしいですか?」
コーラルレッドのレースからターコイズブルーのサテン生地、オーキッドグリーンのシャガード織り、バイオレッドのシャンタン生地……とフィルは一つひとつ丁寧に説明してくれる。
(でも……全くわからない……!)
色も素材も、おそらく上質なものなのだろうということはわかるし、綺麗なのもわかる。ただ、これを見てこういうドレスを作りたいです、と言い出せるほどの知識がない。
(ど、どうすれば……)
夏美が戸惑っているのを察したのか、仕立て屋がにこりと笑って助け舟を出してくれる。
「この色が好きとか、あの素材がいいとか、そういうオーダーだけでも良いのです。せっかくナツミ様がお召しになるのですから、ナツミ様が着たいものを教えてください」
(まぁ、普通に生きてたら自分のドレスなんて作れる機会、ほとんどないもんね……! ここはせっかくだし、素直に思ったこと伝えてみよう)
「色は……私、あんまり濃い色は似合わないので、薄い色の方がいいです。生地はレースとか透け感があるやつがいいかなって思います。あと……ドレスって、全部丈感このくらいにしなくちゃいけないんですか?」
「このくらいというのは……」
「足首まで隠れてしまうじゃないですか、これだと。でも、もうちょっと、足とか腕とか胸元とか、開いてるのもいいかなって……」
どことなくソンジが気まずそうな表情を浮かべており、夏美ははたと思い当たる。
(セックスが違法な国なんだから、もしかして肌見せとかにも厳しい……!?)
フィルが腕組をして悩みながら、小さく口を開く。
「なるほど……この国ではあまり見ないスタイルですね」
(ですよね……)
夏美はそれなりに肌見せファッションが好きだ。身体のスキンケアには力を入れていて、いつ見られても恥ずかしくないように適度な運動もしている。つまり、自分の身体にそれなりに自信がある。だから鏡で見たときに、ボディラインが出る服装はときめくのだ。普段の自分の努力が見えるし、昔からミニスカートが好きだった。
(でも、さすがにこの国では無理かな……?)
そう思案していると、フィルが伺うように尋ねてきた。
「ナツミ様は他国からの客人と聞いておりますが、そちらの国ではそういうスタイルが流行なのですか?」
「流行というか……文化がそもそも大きく違うというか……」
「そうですか、それは興味深い。詳しく教えてください、貴族のファッションは庶民の憧れですから、前衛的なものも取り入れていかなければ」
(やっぱり、前衛的と思われてるんだ……)
ソンジの気まずい表情の答え合わせができた。やはりこの国では、露出の多い服装は嫌煙されるのだろう。
「以前お召になっていたものも、かなりその……ねぇ? 前いらっしゃった場所のお国柄が出ると言いますか……」
「その国のお召し物があるのですか? ぜひ拝見したい」
「ナツミ様のお手元にあるかと思いますが……」
「はい、クローゼットに……」
夏美はフィルに自分がこの国に来たときに着ていた服を見せたのだった。




