第34話
それからおよそ一週間後。
軍事衝突の視察からアイザックが帰ってくるとソンジから聞いて、夏美は城門でアイザックを待っていた。空には星がきらめいていて、夏美はそれを見上げながら早く早くと心の中で願う。
(ああ……なんかアイザックに久々に会うから、緊張しちゃう)
前世でJPOPが歌っていた、会いたい気持ちは、会えない時に募るというのは本当だった。夏美はなんとか気持ちをそらそうと、隣のソンジに話を振る。
「ヨハンさんは、来なくて本当によかったんですかね? せっかく久々のお兄ちゃんだろうに……」
「いつもの照れ隠しでしょうな。まぁ、部屋に戻ったら合流するとおっしゃっていたので、それでよいのではないですかな」
ソンジがアイザックの帰国を知らせた時、ヨハンもその場にいた。しかし、『城門でみんなして迎えるとか、幼稚っぽいし』と言ってどこかへ行ってしまったのだ。
(きっと、私と同じくらいアイザックに会いたかったはずなんだけどなー)
もしかしたら、自分に遠慮してくれたのかもしれない。アイザックが好きな気持ちは同じだが、それは決してヨハンの思いを邪魔するものであってほしくない。
(今度、ヨハンさんにそう言おう。アイザックとの関係もせっかく雪解けって感じだし──)
夏美が(ヨハンにとっては余計なお世話であるが)そんなことを考えていると、パカラパカラと馬がこちらに走ってくる音がいくつも聞こえてくる。
(来た……!)
すぐに門をくぐってくるアイザックと、副騎士団長のリヴァン・カーヴェルの姿が見えた。そしてこちらの姿に気が付くと、すぐに馬の方向を変えてこちらにやってきてくれる。
「なんだお前たち、いたのか」
馬上から降りて、こちらに少し驚いたようなその顔を向けてきた瞬間、夏美は思わずアイザックに駆け寄った。
「アイザック!」
しかしアイザックのすぐ手前で石畳に躓いてしまう。
(あっ……!)
「お前な……足元気をつけろ」
しかしそんな夏美をなんでもないようにがっちりと抱きとめて、アイザックがそう言ってくれる。
(……やばい。アイザックのこと、私やっぱり好きだ……)
触れただけでどうしようもない気持ちが身体中を駆け巡る。
夏美はそっと身体を離してアイザックの顔を見上げる。頬にかすかな擦り傷をしている以外、いつものアイザックに変わりはなかった。
「アイザック、その傷……」
「ああ、大した事ない。少しかすっただけだ」
何がかすったのかとか、他には怪我はないのかとか、聞きたいことだらけで困る。
(アイザック、本当に危ないところにいたんだな……)
ヨハンもソンジも『アイザックのことは心配不要』と言ってくれていたから夏美もそれに救われていた部分があるが、赴いた先を考えると今更心配がこみ上げる。
「アイザック……無事で良かった……」
「お前からそんな殊勝な言葉が聞けるとはな」
ぽん、と頭に手を置かれ、すぐに離れてしまう。その一瞬が切ない。
(やばい、久々のアイザックが心臓に悪い……)
「とにかく部屋に戻るぞ。ここでは話せないこともある。俺は馬を置いてくるから、お前たちは先に執務室で待っていてくれ」
アイザックの言葉にうなずいて、ソンジとともに執務室へと向かうのだった。
先に二人が部屋に戻ると、執務室のドアの横にヨハンが立っていた。
「あれ、お兄ちゃんは?」
「馬を置いてくるって言ってました」
「ふーん」
「さぁ、ヨハン様も中へどうぞ」
ソンジが鍵を開け中へ促す。夏美は中に入ろうとするヨハンに声をかけた。
「あ、ヨハンさん!」
「ん?」
「私たち、アイザックのこと好きなのは同じなので、ラブ・アイザック同盟ってことにしましょう! 遠慮はなしですよ、よきライバルでありましょう」
「……ラブ? は? 本当何言ってんの」
過去一番と言っていいほど呆れた顔をしているが、夏美はそんなことには気づかない。
「フェアに行きましょう。アイザックに会いたければ、会いたいって素直に言う。遠慮はしない、どうですか?」
「いや、さっきからずっと意味わかんないんだけど」
「お二人とも? どうなされましたかな」
二人が部屋の前で止まっているので、先に中に入っていたソンジがこちらの様子を見に来る。それとほとんど同時に背後から歩いてくる音がして、振り向くとアイザックが急ぎ足でこちらに向かってきていた。
「ヨハン?」
「あ……」
アイザックはここにヨハンがいることの意味がよくわからなかったのだろう。不思議そうに眉を寄せた。
「あ、ヨハンさんからもお話があるの。だから、一緒でもいい?」
「……ああ」
夏美が説明すると、アイザックはうなずきみんな部屋に入った。そしてソファに向き合って並ぶ。
「まず、今回の偵察について簡単に報告する。この件、思った以上に各国へ波及するかもしれない。他国も偵察に来ていたが、動向が怪しい。もしかしたら、周辺諸国を巻き込んだ大きな戦に発展するかの知れないな」
夏美もヨハンも、ある程度は想像していた結果だ。フラネルがあの議会の場で戦争が始まるような口ぶりでいたことから、フラネルが糸を引いているか、または別筋の情報網があるか。そのあたりをちょうど今、ヨハンが探っているところである。まだ詳しい結果については、夏美たちも知らされてはいない。
「それから、ソンジから『議会でフラネル卿を中心に、戦争が起きたら参戦するという話が進んでいる』と早馬で聞いたが……詳しい話を聞きたい」
「あ、それは僕からちょっといいかな?」
ヨハンが口を開く。
「お兄ちゃんがいない間に、たまたま僕と彼女で向こうの居住棟に行ったんだ。そしたら、フラネル卿たちがたまたま話しているのを聞いてしまってね。そこでフラネル卿が、自分たちに近い議員に戦争特需で儲けさせてやるから、参戦表明をしろとゆすっているのを聞いたんだ」
「参戦表明? ずいぶん気の早い話だな」
「そう。お兄ちゃんが偵察に行っていて、その報告も聞いていないのに、フラネル卿はまるでもう戦争になることが決まっているような口ぶりだった。それが引っかかったから、この数日間でいろいろ調べたよ」
そう言うと、ヨハンは胸元のポケットから夏美が議会でチェックした席次表を取り出した。アイザックがそれを覗き込む。
「これ、彼女が印をつけてくれたんだけど、丸で囲われているのが参戦表明をした議員たちだ」
「……なるほど。戦争が始まれば、軍需産業として利益が見込まれる家業の議員ばかりだな」
「そう。フラネル卿は、戦争での利益を餌に、彼らを誘導してるんだ。それと、スナが調べてくれたんだけど……」
もう一枚、ヨハンがテーブルに広げたのは馬をモチーフにした紋章の判が押された紙。
「この中でも、フラネル卿と付き合いが長い議員たちは、なぜだかみんな共通してこの紋章の商会を使って北西との貿易を行ってる」
「この紋章……黒馬商会か」
「そう。正式名称は、アルヴァン黒馬交易商会。北西交易ではかなり幅を利かせているみたいだね」
「本拠地はアルヴァン商都だったな」
「うん」
(アルヴァン商都……?)
地図がまだすべて完璧に頭に入っておらず夏美が困惑していると、ソンジがそっと隣から地図を広げてくれた。指をさして見せてくれたアルヴァン商都は、ミストリアよりもずっと大陸の北西の方角にあり、シュレント共和国とエニアール自由共和国のさらに奥であった。
「ここですな。かなり貿易の盛んな国で、うちからももちろん貿易路が続いております」
「ありがとうございます……」
ヨハンとアイザックの会話を邪魔しないように、小声でソンジにお礼を言う。
「アルヴァン商都の中でも、黒馬商会は大きな商会だからな。うちの議員が絡んでいても不思議ではないが……」
「取り扱っているのは馬、革、麻布、油、金属、薬草、船荷……参戦表明をした議員の家業と妙に相性がいいのは、どうしてだろうね?」
「フラネルと黒馬商会の関係は?」
「表向きはただの会員だよ。でも、ここは僕も怪しいと思ってスナに過去の資料を調べてもらってる。フラネル卿の詳しい出自もあわせてね」
ヨハンがそこまで話すと、アイザックは小さく息をついた。
「ヨハン」
「何?」
「これだけの短期間でよく調べたな」
「……僕だけじゃないよ。この人も、スナも、ソンジもネイトも。みんなが動いた結果だから」
「ナツミも、ソンジもよくやった。ここからは、俺も戦う。フラネルを暴いて、参戦派をつぶすぞ」
アイザックの言葉に、ここにいるみんなが強くうなずく。
(ここからが勝負だよね。絶対に、フラネルさんのやりたいようにはやらせない……!)
「ナツミ」
「うん?」
「お前を母国に帰す。ここにいても、命の保証はない」
「……えっ?」
アイザックの言葉がすぐには理解できなくて、夏美は固まってしまう。ソンジもヨハンも、困惑したようにこちらを見ているのが分かった。
「俺たちはこの国の人間で、俺とヨハンは王位を継承する可能性のある立場だ。国が戦争になったとき命を賭すのは当然だが、お前は違う。ソンジ、すぐにこいつの母国・ニホンを探してくれ。地図には載っていないが、こいつがそこから来たという以上、探せば必ず見つかるはずだ」
「いや、ちょっと待って、それはわかるけど……」
「話は以上だ。ヨハン、ソンジ、ほかに何か報告はあるか?」
「……ございません」
「僕もないよ」
「わかった」
それだけ言うと、アイザックは立ち上がり部屋を出ていく。
「待って、アイザック……!」
夏美も慌てて立ち上がりその背中に声をかけたが、アイザックが足を止めることはなかった。




