第33話
議会を終えて、誰が言いだすこともなく夏美の部屋に集まる。珍しくスナも書庫から出てきたようで、部屋には夏美、ヨハン、ソンジ、スナがいた。
「とりあえず、今日の議会で敵が誰かはわかった。この件、思っていた以上にフラネルが裏で手を回してる相手が多いみたいだね」
テーブルに、夏美がチェックした席次表を置いて、ソンジとスナはそれを眺めている。
「レイス議員の発言も、誰からも援護がなかったですよね……」
夏美がそう言うと、ヨハンがうなずく。
「前国王派の人たちは、あのままフラネル議員たちが言うように戦争が始まってもいいと思ってるんでしょうか……」
「彼らはみんな、フラネル卿に敵視されることを恐れている節があるからね。君は僕にそれを期待していたようだけど……」
(あ、見てたのバレてたんだ……)
「あそこで僕が出るわけにはいかなかった。フラネルの件が片付くまで、僕はできるかぎり彼の視界に入らないように動いた方がいいからね。目をつけられたら厄介だから。レイス議員はかわいそうだけど、助けてあげるわけにはいかなかったんだよ」
「なるほど……」
ヨハンにはヨハンなりの作戦があるのだろう。あとはそこに、夏美たちが乗っかっていけるかどうかだ。
「昨日、今日でわかったことは三つ。一つ目は、フラネル卿は、今回の軍事衝突がこのまま終わるんじゃなく、戦争に続いていくという前提で動いてるってこと。二つ目は、戦争によってそれぞれの議員たちに利益があるように仕向けて、参戦を煽っているということ。三つめは、お兄ちゃんが帰ってくる前にどうにか議会の空気を参戦に持っていきたがっているということ、かな」
「そうですね……アイザックが偵察からどんな情報を持ち帰ってくるのかわからないのに、やけに戦争したがっているように見えました」
「うん。フラネル卿が怪しいよね。あの人を中心に状況が動いている感じがする……」
ヨハンが少し考えこんでから、ゆっくりと口を開いた。
「これはちょっと一刻を争う事態になっているかもしれないね。僕はフラネル卿の周辺で何が起きてるのかを探ってくるよ。できればみんなも力になってほしい」
「もちろんです!」
ソンジもスナも、夏美と同じように強くうなずく。
「スナは、最新のものから一番古いものまで、議員名簿を洗ってほしい。それぞれどういう利害が一致してフラネル卿と手を組んでいるのか詳しく知りたいから」
「わかった」
「ソンジはお兄ちゃんに早馬を出して。今回のことを先に知らせておきたい。もちろん、フラネル卿たちには知られないようにね。ついでに使用人たちの間で何か噂になっていることがあったら吸い上げてきてほしい」
「承知いたしました」
「私は……」
夏美は一瞬自分の無力さを感じて、もしかしたら何も任せてもらえないのではないかと思い表情が曇る。しかしそんな不安を蹴散らすように、ヨハンはこちらをまっすぐ見据えていた。
「君にもやってほしいことがある。ただ、君は動くと目立つから、逆にそこを利用させてもらうよ」
「なんでもやります!」
「フラネル卿の視線を、僕らから少しの間だけでいいからずらしてほしい。君はいつものように令嬢とパーティをしたり、議員の領地に乗り込んで工房改革とかしてていい。いつもよりも少しだけ大げさに、知らない人に話しかけたり、議会場の前でザブトン配ったりしてね」
「……なるほど、陽動作戦ですね!」
夏美はヨハンの意図を理解した。ヨハンがフラネル周辺を探るために、耳目を集めればいいのだ。
(これなら、私でもできる……!)
「そう。でも、絶対に一人で行動はしないで。僕かソンジ、ネイトか誰かと必ず一緒にいること。フラネル卿は手段を選ばない人だ。単独行動は危険すぎるから。ソンジ、ネイトに話をつけておいてくれる?」
「かしこまりました。では私は早速、準備を」
ソンジが立ち上がり、スナも行動を開始する。
(絶対に、戦争なんかさせない……!)
夏美はそう心を決めて、明日以降の行動を考え始めるのだった。
翌日から、夏美はさっそく議会場の前で座布団を配ることにした。わざと参戦表明をした議員にも話しかけるつもりで、昨日これまでストックしておいた座布団を全部クローゼットから取り出し、それがすべて入る木箱をソンジに用意してもらったのだ。
フィルが一緒にいようかと提案してくれたが、今回はフラネルに目を付けられるかもしれない危険な任務である。フィルの厚意は断り、ソンジと二人で実行することにした。
議会が始まる少し前から、会場の前には議員たちがやってくる。夏美はそこで、大きく声を張り上げた。
「議会中、腰やお尻が痛くなる方はどうぞこちらの座布団をお使いください! 一度試したら、もう手放せなくなりますよ~!」
その声で、何人かの議員が近づいてくる。現国王派や、アイザックの祖父時代から味方をしてくれている議員たちが多い。
「ナツミ様!」
声をかけてきたのは、ローデン卿であった。
「ローデンさん! どうされたんですか?」
「いや、今日も元気にやっていらっしゃるのはいいが……あまりにも、大胆すぎませんか……? もしフラネル卿にでも見つかったら……」
「大丈夫です! みなさんに、座布団の良さを伝えたいだけですから!」
もちろん、わざとフラネルに見つかるようにやっているなんて、ローデンには打ち明けられない。こちらを心配してくれるローデンの優しさに、あえて気づかないふりをするのは少し胸が痛んだが、夏美はそのまま鈍感なふりを続けた。
「しかし……ソンジさん、何かあったらすぐに撤退するように、ナツミ様にもお伝えください……」
「ええ、承知しております」
ソンジも同じ気持ちだろう。ローデンは心配そうにしながら、それでも手に座布団を持って、議会場へ入っていった。
(ローデンさん、ごめんね……ありがとう)
そう思いながら、夏美は座布団配りを続ける。
(やっぱり、フラネル議員の周囲にいるような人は、こっちからいかなきゃだめかな?)
とりあえず興味を持ってくれた議員たちには座布団を配り、大げさに反応して周囲の様子を見る。こちらがわいわいやっていれば、少しは興味を引けるかもしれない。
「ナツミ様、フラネル卿です」
ソンジがこそっと耳打ちしてくれ、夏美は接客しながら周囲に目を配る。尊大にふんぞり返ったフラネルがこちらに歩いてくるのが見えた。その周囲には、参戦表明をしたお仲間の議員を何人か連れている。
「ソンジさん、私行ってきます!」
「ナ、ナツミ様!?」
夏美は座布団をいくつか抱えて、フラネルたちのほうへ近づいた。あの日ヨハンと一緒に見た、ミケルとガルドも一緒にいる。
(ミケル議員は、金属加工の人……でも領地がワイズドレアに近いからってご両親の心配をしていた人だよね。ちょっと気が弱そうだったし、この人ならいいかも)
「議員のみなさま、日々の業務お疲れ様です。座布団をぜひ使ってみてください」
「ん……? なんだ君は」
「議会場の椅子、固いですよね。お尻とか腰とか痛くなりませんか? これを敷いてみてください。とっても快適に過ごせますよ!」
夏美はやや強引にミケルに座布団を手渡す。ミケルはやはりどこか押しに弱いらしく、まんまと夏美の座布団を受け取ってしまった。
(よし……!)
「ほかの皆様も、ぜひ使ってみてください。みなさんの分ありますから!」
夏美はあくまでも全員に配っているというスタンスをフラネルに見せつける。
「チッ……目障りな」
それでも夏美は、フラネルがそう舌打ちをしたのを聞き逃すわけがなかった。
「おい、アイザック殿下の客人といったな」
「はい……」
フラネルが夏美に声をかけてくる。その声音は非常に機嫌が悪そうだ。
「殿下が不在だからと言って、あまり不遜なことは控えたらどうかね」
「不遜……? いえ、とんでもないです! 私は、みなさんがこの座布団で、快適に議会の時間を過ごせたらと思って……」
「ミケル、その敷物を彼女に返せ」
「あ、はい……」
ミケルは先ほど夏美に持たされた座布団を夏美に返してくる。
「えっ……でも、本当にこれを敷くだけで全然変わりますよ? ぜひ議員さんも一度お試しに……」
フラネルは、差し出された座布団ごと夏美の手を大きく払いのけた。軽いはずの座布団が宙を舞い、床に落ちる。遅れて、手の甲にじんとした痛みが広がった。周囲の議員たちが、気まずそうに目をそらす。
「ナツミ様」
ソンジが一歩踏み出す。しかし夏美は、痛む手を握り込みながら、小さく首を振った。それだけでソンジは踏み出した足を下げる。
「目ざわりだ。これから我々は議会という重要な仕事があるのだ。お前のように傍聴席で座っているだけの者とは違う。小娘は引っ込んでいろ。」
よほどフラネルを怒らせたらしい。フラネルはそれだけ言って議会場へと進んでいく。その途中で、参戦派の議員が座布団を手にしているのを見て、舌打ちをしている。その様子を見ていたフラネルに近い議員たちは恐れをなして夏美に座布団を返しに来た。
「またのご利用をお待ちしておりますね……」
夏美はそう言いながら、座布団を受け取った。
「少し、やりすぎましたかな」
「でも、あれだけ怒るってことは、普段から私をよく思ってないってことですよね? 今日だけじゃなく、私はフラネル議員の視界には入ってたんだってわかりました」
心配するソンジに笑顔でそう返す。
(これで、かなり目を引けたはず。あとはヨハンさんたちに任せよう)
今日の作戦は、思った以上にうまくいった。夏美はソンジに木箱を任せて、自分も議会場へと入った。




