表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/36

第32話


「議員名簿……うん、ある」


 書庫にいたスナと合流し、最新の議員名簿を出してもらう。スナが持ってきたのは、思っていたよりも新しく薄い冊子のようなものだった。


 それをテーブルの上に広げて三人でのぞき込む。まずは一覧があって、ページをめくっていくとそれぞれの議員の名前と爵位、領地、家の紋章、それから簡単な経歴が記されていた。


「最後のページには席次表もあるから、それも覚えてもらうよ」


「頑張ります! ちなみに、全部で何名くらい……?」


 いつも議会で見てはいるが、実際あれが何人というのは想像がつかない。


「今は全部で48人かな。明日の議会までに、覚えられる?」


「48人……」


(高校のクラスメイトよりやや多いけど……ここは脳みそ全部使う!)


「大丈夫です。夜もお借りしていいですか?」


「いいよ」


 ヨハンがうなずくと、夏美は気合を入れてページをめくる。見開きに一人ずつ議員の情報が載っていて、細かい経歴などを含めると、じっくり読んで夜までに一周。


(そこからは深掘りはせず、名前を何度か周回すれば……)


 考え込んでいる夏美の横で、スナがヨハンを肘でぐいいと押した。


「ヨハン兄ちゃん、ナツミのこと試してる」


「……え?」


 集中しすぎて反応が遅れたが、スナの声で顔を上げると気まずそうなヨハンと目があった。


「別に、試してるわけじゃない。ただ、議員が何人いても覚えるつもりなんだろうなって思っただけ」


「ナツミに意地悪しないで」


「わかったよ。じゃあ……」


 ヨハンが隣からさっと名簿の向きを変える。そしてすばやく最後のページまでめくって、席次表を開いてこちらにもう一度向きを直した。


「全員を覚える必要はないかな。明日見るべきなのは、フラネルの周りに座る連中。血統主義派の中でも、特に声が大きい連中だね。あと余裕があれば、参戦表明に加わりそうなこの辺も。こっち側は、前国王派だから、今回は敵になることはないかな。あと残りは現国王派の日和見議員たちだから」


「なるほど……それ、すごく覚えやすいかもしれません……!」


「席次は派閥で決まってるから、ざっくりとでも頭に入れておいて」


「ありがとうございます!」


(これならなんとか覚えられそう!)


 スナと目があったので、口パクでありがとう、と伝える。するとこくりと頷いて書庫のどこかへ消えてしまった。


(よし。席次も紙に写して……明日の議会、準備万端で行かなくちゃ)


 夏美は気合を入れて、名簿に向き合った。






 翌日。夏美はいつものように議会場へ入ると、アイザックがいつも座る席の後ろの傍聴席へと座った。議員たちがぞろぞろと開始前に集まってきて、それぞれ席に着くと、夏美は頭をフル回転させて、顔と名前を一致させていく。


(やっぱり紙で見るのと実際見るのじゃ感覚違うな……フラネル議員があそこだから……)


 フラネルたちに見ていることがばれぬよう、適度に視線を外しながらもしっかり一人ひとりの顔をチェックしていく。


(あ……)


 その最中、すでに席についていたヨハンと目があった。「いけそう?」と聞いてくるようなまなざしに、夏美はうん、とうなずく。


「それでは、ただいまより議会を始めます」


 議長が声を上げると、それまでざわついていた会場が静まり返る。


「事前にフラネル議員からいただいていた議題ですが、えー……ワイズドレア公国およびラデンブルグ公国間の軍事衝突に対する、我が国の対応について、ですな」


 議長がそう読み上げた瞬間、会場の空気が少しだけ変わった。しかしそんなことを気にするわけもなく指名されたフラネルは立ち上がり、尊大な表情で議会を見渡す。


「皆様もすでにご存じの通り、ワイズドレアとラデンブルグの国境では、現在軍事衝突が発生しております。これは一時の小競り合いなどではありません。周辺諸国を巻き込む、戦の火種となることでしょう。そう、戦争が始まるのです」


(まるで、もう戦争になることが決まっているみたいな言い方……)


 偵察に行ったアイザックは帰っておらず、議会に正式な報告が上がっているはずはない。だというのに、フラネルの口ぶりには迷いがなかった。


「我が国ミストリアは、これまで争いを避けることを美徳としてきました。しかし、それは臆病と紙一重です。周辺諸国が動き出してから慌てても遅い。国を守る者に必要なのは、先を読む目と、我が国のために立ち上がる勇気ではありませんか。我々が、立ち上がらないで、国を守れるわけがない!」


 語気を荒げてフラネルが言う。すると、近くに座っていたガルドが拍手をしながら立ち上がる。


「まこと、フラネル卿のおっしゃる通りですなぁ。もし北西の交易路が戦争によって閉ざされれば、我が国の商いにも大きな損害が出る。むしろ今のうちに立場を明確にし、軍を整えるべきでしょう」


(昨日、フラネル議員と一緒に歩いていた人だ。麻布や革を仕入れれば儲けさせるって言われてた……)


 やはり昨日話していた通り、フラネルの意見に乗ってきた。


「それであれば武具の備えも必要です」


 次の立ち上がったのは、ミケルであった。ここまでも、フラネルの筋書き通りである。


「国を守るためには、剣も鎧も、馬具も車輪も不足してはならない。我が領土の金属加工工房を動かせば、兵の備えは整えられます」


(やっぱり、自分の利益に引き寄せてる……)


 二人の意見を聞いて、フラネルは得意げな表情でさらに畳みかける。


「私は、ただ闇雲に戦を望んでいるわけではありません。しかし、戦えぬ国は、戦える国によって滅ぼされる。ミストリアの民を守るため、王国としてワイズドレア側への支援を行うべきだ」


 フラネルがそう言い切ると、何名かの議員が拍手で賛成の意を示す。議長は、それを見てゴホンと咳払いをした。


「では、フラネル議員の提案は、ワイズドレア公国への軍事的支援、および必要に応じた兵の派遣を検討する、ということでよろしいですかな」


「ええ。必要であれば、兵を出すことも避けられないでしょうな」


「えー、では本件について、現時点でフラネル議員の提案に賛同される方は、立ち上がって意思表明を」


(来た……!)


 議長の言葉で、いっきに集中力が増す。すでに立っているフラネル、ガルド、ミケル以外にも数名が立ち上がった。


(1,2,3,4……12人も? 意外と多いかも。……というか、フラネル議員のお仲間はみんな立ってる……?)


 夏美は必死に昨日用意した席次表を写した紙に、誰が立ち上がっているかチェックをつけていく。


「少しお待ちください」


 そう言って立ち上がったのは、昨日ヨハンから聞いた『前国王派』のレイス議員であった。


「少し性急すぎませんか。第二王子殿下の偵察報告を、待つべきでしょう。まだ戦になるとは限らない」


 フラネルは水を差されたことに苛立ったようで、その表情すらもう隠さない。


「レイス議員……あなたは国の危機に、少し鈍感すぎるようだ。国の危機は、報告を待ってはくれない。殿下が戻られるまで何もせず手をこまねくことこそ、無責任ではありませんか」


「しかし……軍備を整えるには多くの予算が使われます。そんな重大事を、まだ始まるかもわからない戦の準備に使うのは──」


「わかっておられないのですか、これは国の危機ですぞ。金など国が守られればいくらでもあとから増やせる。国が焼け野原になった後に、あのとき金を渋ったから、など後悔しても遅いのだ。あなたは臆病者の守銭奴だと、自分の家名に傷をつけたいようだ」


 フラネルは鼻からレイスの言うことを耳に入れるつもりはないようだった。夏美はちらりとヨハンのほうに目をやる。ヨハンは冷めた目でフラネルを見ていた。


「そういうわけではありませんが……」


 レイスはうつむいて少しした後、黙って席に座ってしまった。


(せっかく、いいこと言ってくれてるのに……誰も、援護する人がいない……ヨハンさんはどうして……)


 ヨハンのほうをもう一度見てみるが、落ち着き払ったその横顔からは何も感じ取れない。


 再び議長が大きな咳払いで場を仕切りなおす。


「ゴホン、あー、では、ワイズドレア公国への支援案について、フラネル議員を中心に軍備・物資調達の見積もりをまとめることとする」


「もちろんです」


 フラネルは満足げに席に座った。ほかの議員たちも席に着き、議長が次の話題を議題にあげる。


(この件、絶対にフラネル議員に任せちゃダメなのに……!)


 夏美は久しぶりに自分の無力さを実感した。その後の議会のことは、あまり覚えていない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ