第28話
パーティ終わり、ちょうどフィルが城に来ているというのでソンジと一緒にフィルの仕事場へ向かう。
「フィル様、ソンジでございます。今、お時間よろしいですか?」
仕事場のドアをノックすると、フィルが中から「どうぞ」と返事をしてくれた。
「フィルさん、前話してたパーティで、たくさんのリボン注文いただいてきました!」
「おや、それは見るのが楽しみだね。どの令嬢も、だいたい自分の専属仕立て屋を雇っているから、同業者の仕事ぶりを見るのもやる気になるんだ」
そう言いながら夏美から手渡された注文のメモを見る。
「うんうん……なるほど、最近はサテンが流行っているのかな。色も派手なものよりは、落ち着いたもののほうが多い、と……」
メモに目を通すフィルの姿は完全に仕事人であった。この発注メモからも、フィルにしか見えない情報があるのだろう。
「ああ、そうだ。あとナツミ様、まだ布切れは欲しいと思っていらっしゃいますか?」
「え……? あ、座布団用のですか?」
「ええ。このところ、夏用のドレスの注文が立て続けに入りましてね。それでたくさん使わない布があるのだけど……」
「欲しいです! 目標は全議員さんに座布団を配ることなので!」
夏美が勢いよく答えると、フィルはちょっと待ってて、と言い部屋の奥へ消えてしまう。
「まさかそんな野望をお持ちとは」
「だって、あの議会場の椅子、本当に腰が痛くなりますよ?」
ソンジとそんな話をしていると、フィルともう一人おそらく助手と思われる女性が大きな箱を2つ持ってきた。
「はい、どうぞ。よければ、使ってください」
「こ、こんなに……!? いいんですか!?」
「ええ。私としても、捨てるだけの布に使い道があるなら、そのほうがいいと思いましてね」
フィルの気持ちもすごくよくわかる。夏美は礼を言って、ソンジと1つずつ大きな箱を抱えながら、フィルの仕事場を出た。
「ナツミ様……それ前、見えております?」
「一応、ちょっとだけ……よっこいしょ!」
ずり落ちてくる箱を、もう一度持ち直したその瞬間──目の前が暗くなり、足に力が入らなくなる。
「あ……」
「ナツミ様? ナツミ様、どうされました──」
ソンジが心配してくれている声も、どんどん遠くなっていく。しかし、どうしても抗えない。急速に記憶が飛んで、夏美は意識を手放した。
(あれ……私、どうしたんだっけ……)
うっすらと脳に光が差し込んできて、意識が開けていく。瞼が重いのをぐっと押し開けると、心配そうなハンナがこちらの顔を覗き込んでいた。しかも手の甲に乗っているぬくもりは、おそらくそのハンナの手だ。
(あ……そうだ、私、フィルさんからもらった布を運んでる途中で……)
「ナツミ様、気が付かれましたか?」
「……はい……」
「具合はいかがですか?」
見たことがないくらい憔悴しているハンナを見て、夏美はできるだけ明るい声を出そうと思う。が、口を開いて出てきた声は、自分でもわかるほど弱弱しいものだった。
「ハンナさん、すみません、ご心配をおかけして……今は、大丈夫です」
「もう、またそんなことおっしゃって……。とりあえず、みなさまに目を覚まされたこと、お知らせしてきますね」
ハンナはあわただしく部屋を出ていった。
(あー……心配かけちゃったんだろうな……ハンナさんにあんなに言われたのに、ちゃんと体調管理できなかったから……)
ずーんと罪悪感が落ちてくる。あのとき隣にいたソンジも、さぞかし驚いただろう。もろもろの手配をしてくれたのはおそらくそばにいたソンジだ。
(あとで、ソンジさんにも謝っておかないと……)
ぐぐぐ、と身体を伸ばしてみる。なんとか身体は動きそうだ。
(きっと、アイザックにも伝わってるよね、なんて言ったらいいか──)
そのとき、がちゃりとドアが性急に開いてアイザックが入ってきた。
「気がついたのか、よかった」
夏美の顔を見て、安堵した表情のアイザックを見ると、胸がきゅんと音を立てる。それだけで、アイザックがどれだけ自分を心配してくれていたのかが手に取るようにわかってしまうから。
「もう……大げさだよ、ちょっと疲れただけ」
夏美は笑ってそう言ってみる。しかし、アイザックはまだ真剣な表情を崩さない。
「お前は、俺の言ったことを忘れたのか」
「え?」
「他人のことを大事にするように、自分も大事にしろと言っただろう」
(それは、そうだ……忘れてない、忘れたりしないけど……)
「みなさんに、喜んでもらえると思ったら、つい……」
アイザックの言葉があっても、夏美の猪突猛進な性格は止まらなかった。少し気まずくなって、夏美が視線をシーツの上に落とす。すると額にアイザックの手が触れる。
「……熱はなさそうだな。過労か」
(アイザック、手が冷たい……)
アイザックはやっと少し形相を崩し、優しい表情で夏美を見つめる。
「昨日もそうだったが、最近ローデンの件で夜遅くまで起きているのだろう」
「うん……」
「寝る間も惜しんでザブトンやリボンを作っていると聞いた」
「ちょっと、張り切りすぎちゃったみたい。もうちょっと、自分で気を付けるようにするね」
「ああ。もう少し自分のことも労ってやれ。無茶するな」
「……ごめんね」
様子を窺いつつ、夏美は謝る。すると、アイザックは息をつき、困ったように笑う。
「倒れたと聞いたときは驚いた。もう心臓に悪いことはやめてくれ」
「……嬉しい、心配してくれたんだね。仕事が手につかなかったり?」
自分のテンションを上げるためにも冗談めかしてみたが、すぐにアイザックが返す。
「ああ。手につかなかったな。あまりにもお前が心配で」
「えっ……」
思ってもみなかったアイザックの言葉に、夏美は一瞬固まる。
(そ、そういう返事をされるとは思ってなかった……)
からかわれているとわかっても、頬が熱くなるのは制御できない。
「お前のそういう顔は見ものだな」
「……アイザックこそ、心臓に悪いのやめてよ……」
まだ耳も頬も熱いままだが、精一杯むくれてみる。すると、アイザックが夏美の手を優しく包んでくれた。
「今日はしっかり眠れ。明日も議会は出なくていい。養生に努めろ」
「うん……」
夏美がうなずくと、アイザックが立ち上がった。
(あ、もう行っちゃう……)
アイザックもこのところずっと忙しそうにしているのはわかっている。南方貿易路の整備の件で、各所との打ち合わせが絶えないとソンジが言っていた。それでも、一瞬寂しく思ってしまうのは隠せない。
「お前な……」
すぐにアイザックの手が頭に伸びてきて、優しくもぶっきらぼうに撫でてくれる。
「そんな顔するな。俺だって、できればもう少しここにいたい」
「……うん、ごめん」
「ああ……そういえば、さっきローデン卿が声をかけてきた」
「え? ローデンさんが?」
ローデンは以前、少しアイザックを怖がっていたはずだ。見直したとは言っていたものの、話しかけるほどまでになったのかと驚いてしまう。
「お前に、工房にまた来てほしいんだと。あっちではすっかり人気ものになったようだな」
「そんなことはないと思うけど……」
「工房の職人たちが、お前に会いたがっているそうだ」
「え……そうなんだ……。嬉しいな、私もまた行きたい。早く治さないとね」
「ああ。俺だけじゃなく、みんながお前の笑顔を待ってる。早く良くなれ」
「うん……ありがとう、アイザック」
「……おやすみ」
もう一度くしゃりと頭をなでられて、甘い余韻が夏美の心に残る。
(今日は、もう少し休もう。このまま……夢にアイザックが出てきたらいいな)
そう思いながら、夏美は目を閉じたのだった。
一方、夏美の部屋を出たアイザックを、落ち着かない様子のソンジが待っていた。
「アイザック様」
「どうした」
「どうやら、ワイズドレアとラデンブルグの国境で、軍事衝突があったようです」
ソンジのその言葉に、アイザックはさっきまで残っていた笑みが消えた。




