第27話
ティーパーティ前夜、夏美はハンナとともに靴擦れ防止リボン作りに勤しんでいた。最初は数個だけ見本になるものを作ろうと話していたが、フィルからもらった布があまりに可愛く、どれも作りたくなってしまったのだ。
「ああ~~……まだこんなに作りたい素材がたくさんあるのに、なんで私の腕は2本しかないの……」
テーブルに並んでいるリボンたちを見て夏美が嘆く。フィルが思いのほかこのアイデアを気に入ってたくさんのリボンをくれたのだ。それをいかせないのが一番悔しい。
「こっちの色も可愛い、この飾り紐もリボン代わりに使えるかもしれないのにぃぃ……」
手だけはせわしなく動かしながら、なんとか作業自体進めてはいるものの、残りのリボンたちへの未練が止まらない。
「ナツミ様、今日はこのくらいにしておいては? クマができておりますよ?」
「いや、もうちょっとだけやります! この残りだけ!」
「……といっても、10本はありますけど」
「そうなんです、そうなんですよねぇ……!」
やろうと思えば思うほど手が足りないのである。ハンナも精一杯手伝ってくれてはいるが、それでも手が足りない。猫の手も借りたい。
と、そのときドアがノックされる。
「あれ? こんな時間に誰だろう……?」
ハンナがドアを開けると、驚いたような表情のアイザックが見えた。
「お前、まだ起きてるのか?」
「あ、アイザック! うん、そうなの、どうしてもリボンを作っちゃいたくて……」
そう言って夏美はアイザックにテーブルのリボンを見せる。アイザックが部屋に入ってきて、テーブルの上のリボンをまじまじと見つめる。
「これ、お前が作ったのか?」
「あ、私だけじゃないよ!? ハンナさんに私が絵で伝えて、それを実際に作ってもらったの。今、私はこのリボンを一人で作れるように練習中っていうか……」
ハンナが形にしてくれたことを、夏美は心からありがたく思っている。その功績を横取りしたくなくて、事の顛末をすべて話してしまった。だから夏美は口数が多いと思われる事が多いのだ。
「そうか……お前にも、苦労をかけるな」
アイザックがハンナの方を見て、ねぎらう。ハンナはいえいえ、と優しく笑っていた。
「これは、どう使うんだ?」
「女性ってさ、どうしてもヒールの靴を履くことが多いでしょ? そうするとね、結構な確率で靴擦れするの。ほら、私も」
夏美はそう言って包帯を巻いたかかとを見せる。
「だから、こうならないように、ヒールのかかと部分にこうやってかぶせて、かかとをこの柔らかい部分で守りながら、リボンでおしゃれに見せるっていう感じで」
「……そうか。お前がこんなものまで作っているとは知らなかった」
「あ、そっか、これは話してないんだっけ? これね、明日のパーティでリネットさん、あ……ローデンさんの娘さんなんだけど、リネットさんのお友達にもあげようと思って作ってるの。みんな靴擦れに困ってるっていうからさ、あったらいいかなって」
そこまでいっきに話すと、アイザックが夏美の手に、自分の手を重ねた。
「お前がそんなケガをしていたのに、俺は気づかなかった」
「だって足元なんて、普通見ないでしょ? 気にしないで、もうほとんど治ってるから」
「それに今、こうして近くで見てやっとクマがあることにも気がついた」
「やっぱり、できてる? さっきハンナさんにも指摘されたの……」
(せっかく明日パーティなのに、顔のコンディション最悪……)
そんなことを思ってしょんぼりしていると、アイザックが小さく息をつく。
「ハンナ、これだけリボンがあっても明日には足りないのか?」
「いいえ、見本だけでいいので、本当はもう眠っていただきたいのですが……」
ハンナがそう言うと、アイザックが残ったリボンをすべてまとめて取り上げてしまった。
「あっ、ちょっと……!」
「ハンナ、このリボンだけ仕舞ったら、お前はもう休んでいい」
「はい、承知しました」
「お前は、もう寝るんだ」
「え~~~!」
立ち上がったアイザックが取り上げたリボンをすべてハンナに手渡す。ハンナはそれを持って、部屋を出ていった。
「まだ途中だったのに……」
うじうじする夏美に、アイザックが手を差し出す。なんだろう、と思いつつも差し出された手は掴んでしまう。するとひょいと抱き起こされ、そのままベッドへ連れていかれた。
「まさか、俺のほうからベッドにお前を連れていく日が来るとは思っていなかったが……」
「ハンナさん、追いかける……」
「俺も一緒に寝る。だから、もう休め」
「えっ……!?」
(アイザックが、一緒に寝る……!?)
「さっき仕事を終えて、寝室に戻るところだったんだ。ここで眠ろうが、自室で眠ろうが大して変わらん」
アイザックが一緒に寝てくれるというのであれば、尻尾を振ってしまうのが夏美である。
「じゃあ……私も寝る……!」
「ああ」
アイザックに促されてベッドに入り、隣にアイザックが入ってくる。
(なんか、一緒に寝るの久しぶりな気がする……)
そうすると少し初々しくも緊張してしまう。
(これ、逆に寝れるかな……!?)
その次の瞬間にはもう、深い眠りに落ちていたことを夏美は知らない。
翌日。ハンナに着るのを手伝ってもらったお気に入りのドレスで、リネットの招待状にあった中庭でのパーティへ向かう。
遠くから見てもすぐにここだとわかるほど、庭の一角が輝いているのである。貴族の令嬢たちがみなで優雅にお茶を楽しんでいる。それがあまりにも絵になっていて、夏美は少しの場違い感を感じながらも近づく。
「あら、ナツミさま!」
それに気が付いたリネットが、無邪気にこちらへ手を振ってくる。
(か、可愛い……!)
リネットはこちらに駆け寄ってきて、夏美の両手を取る。
「お久しぶりです。来てくださったのね」
「はい、もちろんです!」
「さぁ、みんなに紹介いたしますわ。こちらへいらっしゃって」
手を引かれ、自然と貴族令嬢たちの輪の中へ入る。
「皆様、こちらがあのリボンを作ってくださったナツミ様ですわ」
「まぁ……! あのリボン、すごく素敵でしたわ」
「どうやって作っていらっしゃるの?」
思ったよりもみんなフラットに接してくれる。それよりもリボンに興味津々で、あれこれ質問が飛び交う中、夏美は今日のために作ってきた見本のリボンを手に持っていた袋からすべて取り出してテーブルに置いた。
「こちら、今日のためにいくつか見本として持ってきました!」
「まぁ、素敵……!」
「このサテン、美しいですわね」
「私の持っているヒールには、これがあいそうですわ」
「これなら舞踏会でも使えそうですわね」
「見えないところにつけるのに可愛いなんて、素敵」
「新しい靴を履くのが怖くなくなるわ」
みんな口々に感想を言ってくれ、そのどれもが肯定的なもので夏美は内心安堵する。
「ヒールって痛いですよね……女性って、綺麗にするために痛い思いをしがちじゃないですか。でも、痛くない方が絶対楽しめると思うんです……!」
「わかりますわ、ダンスを踊っていても靴擦れしていると楽しめないもの」
「本当よね、少しでも傷をかばうとまた変なところにも傷ができたりして」
「すごくわかります、かばったがために変なところに力が入って新しい傷どんどん増えちゃうんですよね……」
夏美は自分がヒールで毎日歩いていたあの仕事の日々を思い出して思わず深くうなずいてしまう。
「それでナツミ様、みんなこのリボンを欲しがっているの。お金を出すから、いくつかそれぞれに作ってくださらないかしら」
「はい、もちろんです!」
夏美は来た、とばかりにバッグからメモを取り出す。
「みなさんのご希望を聞きたいので、お一人ずつどんなものを作りたいかを教えていただけますか? もちろん、この見本と同じでもいいですし、お持ちのヒールにあわせたいということであれば、試していただいても全然かまいませんので!」
ここから、令嬢たちのリボン選考会が始まる。一人目、二人目、と名前を聞きながら注文もとっていく。
「あの、今度の舞踏会で履くヒールを今日わざわざ持ってきたのだけれど、これにあうものは作れるかしら」
「なるほど……色はシャンパンゴールド、生地はちょっとサテンっぽい感じですね……」
「さっきあそこにあったあのリボンが気に入ったのだけれど、ちょっと試しにつけてみてもいい?」
「はい、もちろんです!」
令嬢がリボンをあててヒールを履き、試しに庭の端から端まで歩いてみることに。夏美も一緒になって歩き、リボンがずれないか、リボンの長さが適切でヒールに絡まらないかなどをチェックする。
(うん。この人にはこのリボンと同じ素材で作ればよさそう。あとはちょっとだけリボンの長さを短めにしたほうが、万が一があっても踏まないよね)
次の令嬢は、リボンをただたらすだけでなく、いわゆるリボン結びでかかとにとりつけてほしいという。
「それ、すごく素敵ですね! ヒールのデザインを邪魔せず、靴擦れ防止のリボンだとは思われないように馴染むデザインにしたいってことですね!」
「ええ。そのときのヒール、今日は持ってきてないのだけれど、また後日あなたのお部屋へうかがってもいいかしら?」
「はい、もちろんです! というか、私のほうからお伺いしましょうか? もし今でもよければ今でも……」
「本当!? だったら、ちょっと来てくださる? 私の部屋はそう遠くはないから」
そう言われてその令嬢の部屋まで一緒にヒールを見に行き、そのヒールのデザインをしっかりとメモに書き留める。
その後も令嬢たちの発注は続き、夏美は足元にしゃがんでかかとの位置やリボンの結び方を確認したり、一緒に歩き回ったりと、パーティとは思えないほどせわしなく動き回っていた。
「ナツミ様、一度落ち着いてお茶でもいただいたら?」
「あ、ありがとうございます。でも、みなさんの注文を聞いてからにします」
夏美は一度やる気スイッチが入ってしまうと止まらないタイプである。友達にも猪突猛進タイプだよね、と何度言われたことか。
それでも、令嬢たちが靴擦れ防止リボンを使って「痛くないわ!」「こんなに可愛くて実用的なもの、ほしかったの」と喜ぶ顔を見ていると、疲れも吹き飛ぶ気がした。




