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第23話

 工房から場所を変え、少し離れた場所にある事務所に移る。ソンジとローデンと3人で、今日の見学から、何かヒントを得られたか共有する。


「まずじゃあ私から……いくつか意見はあります」


 夏美が切り出すと、ローデンの表情も真剣なものに切り替わる。


「1つずついくと……あ、これは私がもうやったことなので、ローデンさんのお手は煩わせないんですけど、ナハルでいただいてきた薬用の香油を一部の方に差し上げました。手のあかぎれがひどかったので……」


「香油、ですか?」


「そうです。なので、それをしばらく塗ってみて、効果が出たら教えていただきたいなって」


「わかりました。みなに聞いておきましょう」


 ソンジは書記に徹してくれている。


「それから……みなさんが原料を溶かすところで使っているあの薬品……って、もう少し肌にいいものには変えられないものなんでしょうか?」


「ああ……あれが一番仕上がりがいいのです。確かにな……あの薬品は少し手に痛いですからね」


「そうなんです、だからもし肌に優しくて同じ仕上がりのものがあればなって……あと、さっきも少し言ったんですが、労働時間が長すぎると思います」


「そうですか……ちなみに、ナツミさんはどこの国からいらっしゃったんですか? そちらでは、また具合が違いますか?」


 ローデンが聞いてくるので、夏美はうなずく。


「ちょっと諸事情でどこから来たのかは言えないんですけど……」


(あまり他言するなって、前アイザックに言われたんだよね……)


「私の国では、基本的に労働時間は8時間、って決められていました。もちろん、残業もあるんですけど……でも、間に休憩を1時間取らないといけないって決まっていましたし、8時間以上働く場合は、残業代と言ってちょっと多く働く人にお給料を払ってました」


「なるほど……それは国が定めているのですか? それとも、ナツミさんが働いていた工房がそのような形で?」


「いや、国で決まってました」


「はぁ……そうですか。うちではみな16時間以上働いてくれているので、そうなると今の生産量の半分しか作れなくなってしまいます」


「そう、ですよね……」


(そうなんだよね、そこが一番の問題……)


「でも、ローデンさんも16時間ずっとザブトンなしで議会があったら嫌でしょう?」


「それは、そうですねぇ……」


 夏美はなんとなく頭にシフト勤務を思い描きながら話す。夏美は10時から19時が定時の仕事をしていたが、仲のいい友人には看護師も多く、みなシフト勤務をしている。


「一人の人がそんなに長く働く前提じゃなくて、交代できるようにはできないんですか? 工房を長く動かしたいなら、人も交代すればいいのかなって……私の国では、そういう考え方がありました」


「ほう……? それは考えたことがありませんでした。急に8時間とまではいかぬが……まずは、食事以外にも短い休みを入れられぬか、少し検討しましょう」


(ローデンさん、意外と新しい考えとか取り入れてくれるタイプなんだ……! 柔軟でいい人かも)


「あとは、私のほうで少し考えたいこともあるので、今日のところは持ち帰らせてもらってもいいですか?」


 ゴム手袋を作れたら、少しは労働環境が改善されるかもしれない。


(それと、労働時間を減らしても、生産量が落ちない方法を考えなきゃ……)


 その日は日が落ちるまで、ローデンと3人で話し込んでいたのだった。






 その日の夜。ローデンの工房から帰ったのは日付が変わる頃に近く、夏美は自室のベッドに思い切りダイブした。


「疲れた~~~!!」


 もしこれが現代の自分の部屋だったら、そのまま風呂にも入らず眠ってしまっていたかもしれない。しかし、今は違う。


(いや、すぐにでもゴム手袋を作らないと……! あと、アイザックに報告を……)


 気合を入れて立ち上がり、うんと背伸びをする。


 実は先日の議会後にヨハンとアイザックが会話をしたことにより、ヨハンが敵性人物として扱われることがなくなり、それに伴ってアイザックとの寝室がまた別になった。


(ヨハンさんが敵性人物から外れたのはいいけど、寝室は一緒でもよかったけどな~)


 そんなことを思いながら、部屋を出てアイザックの寝室のドアをノックする。しかし、中から返事はない。


(あれ? まだ執務室で仕事してるのかな?)


 もしかしたら、ナハル遠征の後だから書類仕事がたまっているのかもしれない。そう思い今度は執務室へ向かい、そのドアをノックすると案の定中からアイザックの返事が聞こえてきた。


「あ、私、夏美だけど」


「ああ、入れ」


 すんなり入室許可が出て、夏美もドアを開けて中に入る。アイザックは案の定仕事に追われているようで、デスクに向かい書類を読んでいた。その前に立って、今日の報告をする。


「ずいぶん遅くなったな」


 書類から顔を上げて、アイザックが夏美の顔を見る。


「うん、ちょっと気合入れて話し合いしてたらこんな時間になっちゃった」


「そうか。それで、どうだった」


「楽しかった、……じゃなくて、なんか私でも力になれそうなことはあるかなって思った。工房で働いてる人たちはねみんな水仕事が多かったり、力のいる作業が多くて汗びっしょりだったから、南方からの輸入品で薬用の香油あげたいなとか、綿を使って汗を吸うハンカチとか着るものとか作ってあげたいなーとか……」


「そうか。あそこの工房から来る紙はいつも質が良くて助かっているからな。紙の生産が追いつかなくなると城の業務も回らなくなる。なんとか改善してやってくれ」


「うん──」


「その手はどうした?」


 アイザックが夏美の手をじっと見つめているのに気が付く。夏美はハッとしてその手を思わず後ろに隠した。


「あー……これは、工房の人の作業をやってみたら、こうなっちゃって。強い薬品を使ってるみたい。こんなの毎日やってるから、現場の人たちの手が真っ赤で……」


 今日、薬品に長いこと手をつけていたので、ささくれの部分から赤くなってしまい、ローデンに包帯をもらって巻いていたのだ。


「見せてみろ」


「え?」


 夏美が聞き返すと、アイザックはしびれを切らしたように立ち上がり、夏美に近づいてきた。


「その手を見せてみろ」


 夏美がうなずきそっと手を差し出すと、包帯をやさしくめくり患部を見る。


「そんな、大したことはないから気にしなくても……」


 そういうも、アイザックはデスクの上に並べてあったナハルの薬用香油を塗ってくれる。アイザックが慣れない手つきで、それでも丁寧に塗ってくれるのを見ると愛おしさがこみあげる。


「他人のことは気にするくせに、自分のことは二の次か」


「それは……」


「他人のことを大事にするように、自分も大事にしろ。全くお前は……」


 アイザックは、はぁ、とため息をついた。それから、夏美の手を大切なもののように握ってくれる。


「お前の手は、小さいな」


「あ、よく言われ──」


 る、そういう前にはたと気づいたのはあまりにも近すぎる距離。間近で目が合って、心臓がとくりと高鳴る。


(……って、いやいやいや!!! 今はそういうときじゃない!)


 夏美はそっと手を引きながら、なんとか違う話題を探す。


「……そういえば、この国の人ってすごく長く働くんだね」


「うん?」


「私の国では8時間まで、って決まってて。それ以上働かせるためには、残業代って言って余計にお金を払わなきゃいけなかったんだ」


 そう話すと、アイザックは少し考えてから口を開く。


「そうなのか……ミストリアにはそういう法律はないな」


「今、みなさん16時間働いてるらしいんだけどね……それを私の国みたいに、8時間にして、人を増やしたらどうなるんだろう。それでも給料を下げない方法ってあるかな? 人を増やして健康的になるし集中力も途切れなくなるから、長い目で見れば生産量は上がると思うんだけど……」


 今日、ローデンとソンジと3人で考えてもずっと答えの出なかった問いだ。アイザックは夏美の言葉を受け、また少し考えこむ。


「長い目で見れば生産量は上がる、か……。その仮説は、ローデン卿に伝えたのか?」


「ううん、証明できないなあって思ったから、言えなかったんだよね……」


「そうか。ならば、立証してみよう」


「どうやって?」


 アイザックが口角を上げたので、何か思いついたらしい。しかしいまだ夏美の頭の中は疑問符でいっぱいである。


「たとえば、ある仕事をする30名を組み分けする。1組は8時間の勤務、もう1組は16時間の勤務で行う。8時間の勤務のほうは交代制とすれば、それは試せるのではないか」


「なるほど……実際にやらせてみるってことか……でも、そんなこと誰か引き受けてくれるかな?」


「ああ、あてがある。朝、執務室に来てくれ」


「本当!? ありがとう、わかった……!」


「そして今日はもう寝ろ。疲れたろう」


 アイザックが目元を優しくなでてくれる。以前より増したスキンシップが、心の距離を表すようでうれしい。


「うん、今日は寝るね。アイザックも、あんまり夜更かししちゃだめだよ、いいところで切り上げてね」


「ああ。わかっている」


 アイザックにそう伝え、手を振って部屋を出た。部屋を出ても、アイザックのぬくもりが残っている。


(あー……なんか、頑張れるかも)


 いくら疲れていたって、好きな人に触れられたらそれだけで疲れなんて吹っ飛んでしまうのだ。夏美は鼻歌を歌いながら、部屋に戻っていった。





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