第21話
今日の議会のメインテーマは、南方貿易路の開拓と輸入品目について。今日は夏美も、ナハルに同行したものとしてアイザックの隣に座った。もちろんソンジとフィルも同じだ。
「それでは、まずアイザック・アルセンブルグ議員。今回の報告を」
「はい」
議長に指名され、まずはアイザックから今回のナハルでの成果と、南方の交易路が確保できそうであること、輸入品目が決まったことを伝える。
「……のことから、輸入品目を各国5品目設定いたしました。交易路の整備についても、各国との調整がついております」
その報告に、議会全体がざわめき始める。
(みんな、驚いてる……)
「まさか、南方が開けるなんて」
「これで本当に、我が国の利益は守られるのか」
それぞれの反応を見ると、プラスもマイナスも半々というところだろう。それよりも驚きが勝っているようだ。
(まぁ、そうだよね。アイザックのお祖父さんの代から実現しなかったことだもん……)
夏美は耳を澄ませてそれぞれの反応を聞きながら、その顔を脳みそに叩き込む。何かあったとき、頼れる味方になるかもしれない。
(あ……このあいだ座布団あげたローデンさんだ。うーん、なんて言ってるか聞こえないけどそんなマイナスな反応ではなさそう……?)
夏美が集中していると、議会に一段と大きな声が響く。
「議長、よろしいですか」
「どうぞ、フラネル議員」
(出た! あの嫌味議員!)
いつだか、パーティでアイザックに嫌味を言った議員が立ち上がる。煙たそうな顔をしていて、発言の前からアイザックへの否定が入ると目に見えてわかるようだった。
「わざわざナハルまでご苦労でした。……が、南方まで足を運ばれた成果が、樹液に綿花、干し魚……ですか。てっきり、鉄や銅の鉱脈にでも話をつけてこられたのかと思っておりましたが……」
わざとらしくはぁ、と大きなため息をつく。
「甘やかされて育った第二王子殿下は、通商を少々庶民の買い物と取り違えておいでなのでしょうかねえ」
(なんて言い方……! 庶民の生活だって大事なのに……!)
「おや? お連れの方は、何かご意見がおありですか?」
むっとしたのが顔に出たのか、フラネルが夏美のほうを見てにやりと笑った。こんな場で、若い娘が発言できるわけがないだろうという顔だった。その瞬間、ソンジやアイザックがまずい、という顔をしてこちらを見る。が、夏美はそれに気づいていなかった。
(私、発言して、いいのかな……?)
発言する気満々である。焦っているのはその両側の男たちだけであった。
「どうぞ、お名前を申し上げてから発言ください」
夏美はアイザックにアイコンタクトでうなずいて、立ち上がる。
「粟野夏美です。えっと……今回輸入品目として選ばれているもの、全てナハルで見てきました。この目で。どれも、国民の生活に必要だと思ったから選んだんです」
夏美はフラネルに舐められないよう、ぐっと目に力を入れて話す。そして自分たちがナハルで見たことを1つ1つ思い出しながら言葉を紡いだ。
「綿で作った衣類は汗をたくさん吸ってくれて夏でも快適に過ごせます。虫よけの香油はいいにおいもするし、本当に虫に刺されないんですよ。だからナハルがこの香油を輸出している国では、虫が媒介する病気がぐっと減ったって言ってました」
「ほう。それで?」
「そういうものがあったら、庶民は助かりませんか? 庶民の生活が、ぐっとよくなりませんか? だから……私はこれらが今、ミストリアに住む人たちに必要だなと思っています」
夏美はフラネルの顔色がどう変わるか、はたまた何も変わらないのかを見ながら言葉を置いた。フラネルは不愉快そうに鼻を鳴らす。その奥に、少し口角を上げたヨハンがいて、目があった気がした。
「すみません、なんだか差し出がましくて。以上です」
夏美はそこまで言い切ると、着席した。思ったことはすべて伝えた。
(これで効かないなら、この人の言い分をちゃんと聞いて今度は反論を考えなくちゃ)
そのとき、隣でアイザックが挙手をする。
「どうぞ、アイザック・アルセンブルグ議員」
立ち上がったアイザックは隙のない表情でフラネルを見つめた。
「フラネル議員は先ほど、鉄や銅の鉱脈にでも話をつけてこられたのかと、とおっしゃいましたが……金属を取り寄せて武器でも作るというのですか? 戦争でもしようと?」
アイザックの追及に、フラネルは薄ら笑いを浮かべながら答える。
「この間、ワイズドレアあたりで摩擦が起きていると報告してきたのは王子ではありませんか。万が一のために、いつでも戦える準備をしておくのが、国のためというものです。王位継承者であり、この国の第二王子であるあなた様が、国のことを思わず何を思うのですか?」
フラネルの高説が議会場に響き渡る。そこで、ヨハンが挙手する。そのことに、議会場は少しざわめいたようだった。
「どうぞ、ヨハン・アルセンブルグ議員」
「話を聞いているとどうも、フラネル議員は必ずこの先戦争になると思い込んでいらっしゃるようだ。万が一に備えるよりも、日々の生活を支えるのが、我々の使命じゃないですかね。ここにいるほかの皆さんは、どう思っていらっしゃるんですか?」
ヨハンが周囲を見渡す。その投げかけを受けて、議員たちは顔を見合わせ、ぶつぶつと何かを話している。
「まぁでも、戦争となれば特需が生まれるし」
「いや、私の領地はラデンブルグに近いから戦争は回避したい」
「今の国力が落ちているのは、庶民の生活が貧しいからかもしれん」
「今たくさんの鋼鉄を輸入したとして、新しく工場を作る予算はあるのか」
ざわつく議会に、ヨハンがもう一度問いかける。
「今は武器よりも、庶民の生活水準をあげるほうが先だって、みなさん気づいてるじゃないですか」
ヨハンはそう言って、満足げに笑う。議長が、ゴホンと大きな咳払いをした。
「では、ヨハン・アルセンブルグ議員に反対意見のあるものはいますか」
議会場はしーんと静まり返る。
「それでは、フラネル議員に反対意見のあるものはいますか」
ぽつり、ぽつりと議員たちが遠慮がちに手を上げる。
「ふん、くだらん」
席に座り腕を組んでふんぞり返りながら、フラネルは不機嫌そうにしていた。
その日の議会はそれからいくつか南方貿易以外の話をして、終了する。
(なんとか終わった~! 見てるのと参加するのじゃ、全然違うなぁ……)
首をぐるぐると回して立ち上がると、隣にいたソンジも腰をさすって立ち上がった。
(やっぱつらいよね~……と思ったけど、アイザックとフィルさんはそうでもなさそう)
アイザックは議会に慣れているからだろう、フィルもおそらく机に向かって作業をする時間が長いから、このくらい気にならないのだ。
(私も、体鍛えなきゃいけないか……?)
流れで議会場から出ていく列に並ぶと、少し前にヨハンがいた。すると自分の前にいたアイザックが、そのヨハンに声をかける。
「おい」
「え……何、お兄ちゃん」
振り返ったヨハンが驚いた顔をしている。
(おおっ!? 何を言うんだ……!?)
アイザックの次の言葉を待つ心境は、ヨハンも夏美も同じに違いない。
「さっきは、助かった」
「……うん、これくらいしかできないから」
ヨハンはどこか少し照れ臭そうに、アイザックの謝辞を受け取る。
「……少し、お前を誤解していたかもしれない。悪かった。おい、行くぞ」
アイザックが突然夏美の方を振り返り、スタスタと歩き出す。
(ええ~!? ここで逃げちゃうの!? もうちょっとなんかあってもよくない!?)
そう思いヨハンのほうをみるが、ヨハンがいつか書庫で見せた切ない表情ではなく、微笑んで嬉しそうにしているのが見える。
(まぁ、ヨハンさんがいいならいいか)
夏美はそう思い直し、アイザックのあとをついて議会場を出た。
すると周囲をきょろきょろ見渡していたローデンがこちらに気付いて声をかけてくる。どうやら娘のような女性も連れているようだ。
「そこの、第二王子のお連れの方」
「ローデンさん? どうされましたか?」
「ああ……オホン……以前そなたからいただいたあの敷物……であるが……」
ローデンはちらちらとアイザックを意識しているようである。それに気づいたアイザックが右の手を挙げる。
「俺がいないほうがいいなら、そうする。ナツミ、終わったら執務室まで来い」
「あ、うん……」
アイザックがそう言って背を向けて歩き出したので、夏美はうなずいた。
「ああ……なんだかすみませんな。それで、先日のこの敷物のことですがね」
そう言ってローデンが今日も使ったのであろう夏美お手製の座布団を見せてくる。
「これのおかげで身体がずいぶんよくなりましたよ。それで、ついでにくれたあの靴擦れの布、あれの礼を娘が言いたいと」
そう言われてやっと、隣の女性が前に進み出て笑顔になる。
「わたくし、リネット・ローデンと申します。あなたが作ってくださったあの靴擦れ予防のリボンに、とっても救われておりますわ」
「本当ですか!? よかった~……靴擦れ、つらいですもんね」
「ええ、そうなの。他の方にも勧めたいから、よかったら追加で作ってくださらない? お金はいくらでも出しますわ」
「そんな! でも、そう言ってくださるのはすごく嬉しいです!」
褒められるのはいつだって嬉しい。
(でも、確かに追加で作るなら、お金はもらったほうがいいかな? いつまでもフィルさんの厚意に甘えるわけにもいかないし)
お金の大事さもしっかり知っているのが現代っ子なのである。この国の貴族であれば、そんなことは気にする必要もないのだろうが、そうはいかない。
「よかったら今度、お昼にティーパーティをするから来てくださいな。そこでみなさまに紹介しますわ」
「えっ、いいんですか!? ぜひ!」
夏美の即答にリネットが思わずくすりと笑う。さすが議員のご令嬢というだけあってその姿も品がある。
「じゃあ、もうお前はいきなさい」
「今度、招待状を出しますわね」
ローデンにせかされ、リネットが夏美に挨拶をしてその場を去る。リネットが帰っていくのを見送っていると、ローデンがオホン、と咳払いをする。
「実は私からも、別件で相談がありまして……」
「え? 私に……ですか?」
あまりに意外な展開に、夏美の脳みそが追い付かない。
「ああ。ほかに頼れる者がいないのです、恥ずかしいことですがね。それで、聞いてくれますかな?」
「全然何の話か予想もつかないんですけど……私でよければ」
ローデンが自分のひげをさすりながら、話し始める。
「実は、私は領地に小さな製紙工房を持っておりまして……」




