第19話
パーティの余韻に浸りながら部屋に戻る。一人きりになると急になんだか切なくなってきて、落ち着かない。
ナハル側が用意してくれた部屋は月灯油のランプも灯されており、香油のいい香りのせいでロマンチックさが引き立つ。そんな中、一人でこのまま寝るだけなのは惜しい。
(アイザック、話し相手になってくれるかな……でも、疲れてるよね……?)
と思いつつも、こっそり持ってきたコンドームがあるかどうかを探す手は止まらない。
(うん、当たって砕けろだ! 行ってみよう)
夏美は夜着のポケットにコンドームを1つ忍ばせて、部屋を出る。
すぐ隣だと聞いていたので、部屋を出て隣の部屋のドアをノックした。
「誰だ」
「あ、私、夏美だけど……」
「ああ、入れ」
思ったよりも抵抗なく入れてくれることに内心驚きつつ、そっとドアを押し開ける。なんとなく開閉の音を立てるのは忍びない気持ちである。
部屋に入ると、ベッドにアイザックが座っていた。夏美もその隣に腰掛ける。
「寝るところだった?」
「いや、本を読んでいた」
「こんな旅先まで!?」
「ラシードがくれた本だ。この国の歴史が書いてある」
アイザックはそう言うと、本の表紙を見せてくれた。ナハルの海と、おそらくナハルの古代語であろう文字が、タイトルとして並んでいる。
「ナハルのこと、私ももっと知りたくなったよ。素敵な国だよね」
「ああ。個人的な感情を除いても、ミストリアには今後必ず必要な国になると思っている」
「そうならいいな。たった二日間なのに、こんなにナハルのこと好きになっちゃって……明日帰るのがちょっと寂しいもん。だから、サミラさんたちが今度ミストリアに行くって言ってくれて、すごくうれしかった」
「……俺もだ」
あまり感情を出さないアイザックがそう言葉にして言うのだから、アイザックもよほど気に入ったのだろう。
「お前は、どこに行ってもすぐに人と仲良くなるな」
「私がというか、みなさんがいい人だからすぐ打ち解けられるんだと思うけどなぁ」
「俺は善人ではないが、それなりにお前とは打ち解けられていると思っている」
「え……」
「違うか?」
アイザックは自覚はないかもしれないけど善人だと思うとか、打ち解けられているというか自分がまとわりついているだけのような気がしてるんだけどとか、そういう夏美の言いたいことをすべて封じるようなまっすぐで、それでも甘い余韻を残した視線が夏美を射る。
アイザックの部屋も夏美の部屋と同様、いくつも月灯油の光がともっており、室内は薄暗い。波の音が小さく聞こえてきて、どこに出しても恥ずかしくないほどロマンチックなシチュエーションである。
「あの、さ……」
「ん?」
「……したい、です」
夏美が、小さな声で言うので察したのだろう。
「お前は全く……」
あきれた口調ではあるが、拒否の姿勢は見せない。夏美はそれを了解ととらえ顔を近づけると、アイザックのほうから口づけをくれる。
「ナツミ」
近い距離で名前を呼ばれ、驚きのあまり目を見開いた。
「……えっ!? 名前で呼んでくれたの……初めてじゃない? いつもあいつとか、こいつとかそんなんばっかりで……」
と、そこまで言ってアイザックが今度は本当にあきれているのが分かった。
「え……あの……?」
「お前な、こういう雰囲気でそんなまくし立てるやつがいると思うか」
「それは確かに……?」
(やば、いまめっちゃいいムード、壊したよね……?)
「ごめんね、アイザック。名前呼んでくれたのがうれしくてつい……」
申し訳なさにそっとアイザックのほうを上目でうかがうと、アイザックが息をついた。
「なら何度でも呼んでやる」
そう言ってもう一度、夏美に優しく口づけてくれる。
(なんか、今日のアイザック、優しい……)
旅先だからというのもあるかもしれない、それでもこんなにキスをくれたことはなかった気がする。
ナハルは夜着もミストリアよりずいぶん開放的である。必要最低限以外はすべて透け感のある生地で作られているといってもいい。だからいつもより余計に、服の上から肌を触られても、アイザックの体温を感じられる気がした。
「やはりナハルは気温が高いな」
「うん……ちょっと暑いね」
「やめるか?」
「やめない」
アイザックが夏美の髪をほぐして耳にかけてくれる。その手つきが優しくて、胸がきゅっと鳴った。
「ねぇ、もう一回名前呼んで」
「ナツミ」
「……嬉しい。もっと普段から呼んでよ」
「お前がそうしてほしいならそうする」
「なんで今日そんなに優しいの……」
「……自分でもわからない」
困ったように眉を寄せるアイザックの頬に、両手を伸ばして包む。愛おしさがこみあげてきて、そのアイザックの視線を受け止める。
「ナハルに来てね、あなたとの距離がちょっと……いや、だいぶ、かな? 縮まったと思うんだけど、どう思ってる?」
「聞くまでもない」
アイザックが夏美の首筋に噛みつき、口づけを施していく。そのたびにどんどん体温が上がっていく気がする。
アイザックの唇はどんどん下へ、太ももをさまよっていた指先がそっと一番熱いところへと近づいていく。
「あ、あの! ちょっと待って……」
「ん?」
夏美は部屋から持ってきたコンドームを夜着のポケットから出して、アイザックに渡した。
「こんなところにも持ってきてたのか」
「うん……一応、こういうこともあろうかと……」
「読まれていたのか」
「というか、旅先でこういうことしてみたいなぁって……」
あまりにまっすぐな言葉に、アイザックが呆れたように笑う。
「だ、だってこういうことするならコレ、大事なんだから! とは言っても、そんなに数は多くないんだけど。あといくつあるかな……6つか。大事にしないと」
(あと6回……これからコンドームを作るときに参考として使うかもしれないって思うと、もうアイザックとこういうことできる回数も少ない)
(はやくコンドーム、完成させないと!)
そう心の中で思う夏美の瞳を、アイザックが覗き込んでくる。
「本当にいいのか」
「うん」
「途中で嫌になったら言え。約束しろ」
「約束する」
そう答えると、アイザックは少しだけ考えるように黙った。それから、不器用に右手を持ち上げる。
差し出されたのは、小指だった。
「……これで、約束するんだろう」
「見てたの? サミラさんと約束するとこ」
「ああ」
アイザックがかわいらしく指先を突き出しているのを見て、思わず笑いそうになったのに、胸の奥がきゅっと苦しくなった。あのときの何気ない仕草を、アイザックは覚えていてくれたのだ。
「じゃあ……する?」
そんなことを口に出すなというように、唇でふさがれた。じわりと肌が汗ばむが、窓から入ってくるナハルの夜風がその熱を逃がしてくれる。それが心地よくて、いち早くまとう布をすべて捨て去りたくなる。
「脱がせて」
「……」
夏美の大胆かつ本能的な言葉に、一瞬アイザックが息を止める。
「お前な……そういうこと、ほかの男に言うなよ」
「言わないもん」
アイザックが優しい手つきで夜着を脱がしていく。それだけでまた、体温が一層上がる気がする。ナハルの夜は甘い。自分に触れるアイザックの手の大きさに愛を感じながら、夜の深さにおぼれていった。




