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第15話

 その日の午後。夏美はソンジとネイトとともに、城門で待っていた。


「まだかな……そろそろなんですよね?」


「ええ、もうじきかと」


(なんかそわそわする……! ハンナさんのあの話が頭から離れないんだよね……)


 ハンナが言った、「アイザックは夏美が気になっている」ということ、そして夏美もアイザックが気になっているということ。


(いや、私の方はたぶん図星なんだけど……! アイザックのほうは、どうなのかなーなんて……)


 意識してしまうと、余計に気になってしまうのが人間の性である。


 城外から馬車の音が聞こえてきて、はっと顔を上げるとアイザックが乗った馬車が入ってきた。


「アイザック様ー! おかえりなさいませー! 待っておりましたぞー!」


 ソンジも嬉しそうに手を振っている。


(ソンジさんって、本当になんかマスコットキャラみたいだな……)


 馬車が止まり、中からアイザックが降りてきた。


「お前達、なぜここに? 中で待っていればよかっただろう」


「待ちきれませんでしたよ、南方の通商会議はどうでしたか?」


 ソンジの嬉しそうな声に、アイザックも笑みで返す。


「ああ、うまくいった」


(よかった……!)


 アイザックの晴れやかな顔を見て、夏美も安堵する。


「ここじゃ落ち着いて話せないな。部屋に戻ろう」


 アイザックの提案で、執務室に戻って今回の南方会議の話を聞くこととなった。






 部屋にはソンジ、夏美、ネイト、そしてアイザックがいた。テーブルに向かって座ると、ネイトが言いづらそうに声を上げる。


「あの……私はそろそろ、アイザック様も戻られましたし、本来の職務に戻ってよいでしょうか」


「ああ……そうだな、この話も長くなるだろうし、あまりお前を拘束しておくのもよくないか」


「えっ!? ネイトさん、帰っちゃうの!? ちょっと待ってください!」


 アイザックの答えに驚いて、夏美は慌てて部屋を出て隣の自室へ向かう。そしてネイトのために作った青竹踏みもどきを持って執務室に戻ってきた。


「夏美様……それは……」


 見覚えがあるソンジが、目を見開いた。


「これ、ネイトさんに差し上げます。ぜひ使ってください」


「ありがとうございます。これは……なんですか?」


「んー……青竹踏み、だけど、これは青竹ではないから……なんだろふみふみマッサージ……とか?」


 夏美の壊滅的なネーミングセンスではあるが、ここにいる人はだれもそれに気づけない。


「フミフミマッサージ……?」


「はい、靴を脱いで、この丸い方を足の裏で踏むんです。すごく気持ちいいですよ!」


「なるほど……」


「ネイト、やってみてはどうですか?」


 ソンジに言われ、ネイトがブーツを脱ぎ青竹踏みもどきの上に乗る。


「おっ……これは……なんというか、すごく気持ちがいいですね」


「本当ですか!?」


 今までに見たことがないネイトのほころんだ表情に嬉しくなる。


「それで、気持ちいいツボを探してふみふみすると、翌朝疲れが残りにくくなります!」


「これは……本当にありがたいです。立って行う勤務も多いので、足の疲れが取れるのは助かります」


「よかった……あ、実はソンジさんのもあります。あとでお渡ししますね!」


「おお、本当ですかなナツミ様。うれしゅうございます」


「フミフミマッサージ……とても素敵な贈り物を、ありがとうございます、ナツミ様」


(ネイトさんがふみふみとか言ってるの……なんかちょっと、かわいい)


「それでは、失礼いたします」


 ネイトは夏美に深く礼をしてから部屋を去った。その背中を見送りながら、夏美はぽつりと呟いてしまう。


「そうだよね、アイザックが帰ってきたからネイトさんいなくなっちゃうよね……ちょっと寂しいかも」


「なんだかんだ、お二人は相性が良かったように思いますね」


 ソンジも隣でうんうんと相槌を打つ。


「それは、俺に帰ってきてほしくなかった、ということか?」


 はっとしてソンジと夏美が振り返ると、アイザックがなんとも言えない表情でこちらを見ている。


「まっ、まさかアイザック様よりネイト様のほうがいいなんて……ねぇ? ナツミ様」


「そうだよ! まさかまさか!」


 ソンジのノリを感じて夏美もノッてみる。すると、眉を寄せ困ったようにアイザックが笑った。


「俺がいない間も、楽しくやっていたならそれはそれでいいが」


(おお……アイザック、こんな表情もするんだ?)


 ハンナが表情の種類が増えた、というのもなんだかわかる気がする。


(……って、それはなんか私のお陰でアイザックが表情増えたみたいな言い方……)


 おこがましいと思いつつ、それはそれでなんだか意識してしまう自分がいる。


「では、そろそろ本題といきましょうか」


「ああ」


(そうだ、目的は南方会議の成果を聞くことだった)


 思い出して、夏美も気持ちを切り替える。


「まず、今回の参加国は全部で3国。ミナトラ王国、そこと近隣のナハル王国、サルヴァナ王国だ」


(あっ……ナハルってコンドームの原料になりそうな樹液があるところだ)


「開催国はミナトラで、そこでナハル、ミナトラ、サルヴァナの使節と話をした。あっちのほうでも、ワイズドレアのあたりで火があがりそうだという情報は握っているらしい」


「ほう……南国まで伝わっているのですか」


「らしい。今度偵察に行かなくてはな。それで、今回はその情勢を加味して他国との連帯を検討していたところ、俺からの打診があって話を聞こうということになったらしい。時期が時期でよかったというところもあるな」


「そうですねぇ」


(なんだかんだどこも色んな情報を聞いて模索してるんだなぁ……)


 ソンジとアイザックの話を聞きながら、自分なりに状況を整理して考えてみる。北西の国々が争いを始めようとするのを知って、それに巻き込まれないように、もしくは物資の調達などに困らないように、その争いに無関係そうな国と手を組もうとしていたのだろう。そこへ今回、アイザックから打診があったから話に乗ったということらしい。


(ってことは、南の国の人たちは戦争したくないと思ってるのかな?)


「ミストリア側からは、南方商人の通行証、関税優遇、王都での試験販売を提案した。先方の所感は悪くなかった。まぁ、ミナトラやナハルが北に出ようと思えばミストリアかワイズドレアを通る必要があるし、妥当だろう」


「そうですな。先方にとっても悪くない提案だったと言えるでしょう」


「それで、この一覧を渡された。先方の輸出候補一覧で、この中からまずは試しということで無関税でミストリア側が輸入するものを決める。試したいものはいくつかこちらに融通すると言ってくれた。香油なんかは特に実際に試してみないとこちらの人間に合うかわからないものも多いからな」


 アイザックが胸元の内ポケットから取り出した紙をみんなで眺める。


「おお……金属類から綿花まで、幅広いですな」


「ああ。それぞれの国の特色がよく出ている」


(確かに……)


 ミナトラは海に多く面していることから塩、干し魚、魚醤、真珠・貝細工、貝灰など。サルヴァナは中央に森林地帯と鉱山があることから木材、樹脂、金属類が多い。そしてナハルは肥沃な大地に恵まれ海も望める立地であることから、魚類や綿布香油、薬草、砂糖、香辛料、樹液などが一覧に上げられていた。


「あの……アイザック」


「ん?」


「この、ナハルの樹液っていうの……少しだけ、融通してもらうのって可能かな?」


「ああ、いいが……何に使う?」


「え!? あ、えーっと……」


 言い淀んでいると、ソンジと目が合う。ソンジは夏美の言いたいことを理解しているようで、バッチリウインクしてくれた。


「その……えっと、フィルさんの服にちょっと……使ってみたくて……」


(あの極秘プロジェクトの件、アイザックには気まずくて言えてないんだよね……)


 あなたとやりたいからコンドームを作ります、とはさすがの夏美でも言えない。


「樹液を服に……? どう使う……?」


 アイザックが困惑した表情を見せる。


(過去一困ってる……確かにね、うん、わかる。どんな服なんだろうね、私もわかんないけどさ……!)


「まぁ、ナツミ様のお考えは、私たち素人にはわかりません。完成を楽しみにしておきましょう」


「……ああ、わかった」


(ソンジさん、ナイスアシスト!)


 なんとかアイザックにはバレずに済みそうだ。アイザックはもう一度一覧表に視線を下げたあと、少し逡巡したあとに再び口を開いた。


「少し話は戻るが……、会議の後、先方の開いてくれたパーティに参加したのだが……なんというか、向こうの文化はお前に馴染みがあるかもな」


「えっ!? 私?」


 ピンチを切り抜けて気が抜けていた夏美に、アイザックが視線をよこす。


「パーティの時の服装がかなり……」


「かなり……?」


「開放的だった……いつかお前が、仕立て屋と作ろうとしていた服のようだった」


「えっ!? そうなんだ、仲良くなれるかも!」


(よかった~! この世界にもそういう人達いるんだ!)


「南国はここより多少暑いですからね、もしかしたらナツミ様と価値観が合うかもしれませんな」


(コンドームの原料があって、文化も私と近いなんて……運命かも!?)


「それと、来週、パーティに招かれている。お前たちも行くか?」


「パーティ!? 行きたい!」


「私たちも行ってよいのですか?」


 反射的に返事をした夏美と、「お前たち」の言葉に引っかかったソンジの声が重なる。


「ああ。招待客は5人までいいと。相手は大人数でわいわい騒ぐのが好きだと言っていたから、俺だけでは物足りないだろう」


「行きたい!」


「では私も、お言葉に甘えて」


「場所はナハルだ。海が見える首都で開催される。準備をしておけ」


 アイザックのその言葉に、夏美とソンジは喜んで頷いた。


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