第14話
その日の夜。夏美は思い切りベッドに倒れ込んだ。
「ああ~~~!! 疲れた!」
今日はフィルの作業場で出た余りの布を運ぶために、作業場と城を何度も往復したのでかなりの疲労感がある。しかもヒールで歩き続けたので靴擦れで血が滲んでいる
「夏美様、お風呂のあとはこちらの包帯をお使いください」
靴擦れを見ていたソンジが、気を使って包帯をテーブルにいくつか置いてくれる。
「あ、ありがとうございます。ソンジさんって本当に細かいところまで見ててくれるんですね」
「他のお嬢様方も、その痛みを我慢して踊られていますからね」
「そっか……そうですよね……みんな痛いよなぁ……」
(にしても、足の裏も痛いしなぁ……なんか……青竹踏みとかないのかなこの国。足の裏痛すぎるよ……座布団もないのにあるわけないか)
「ソンジさん……」
「なんでしょう……? その顔、なにか企んでいらっしゃいませんか?」
「え、いや、企んでるというか……いい感じの太さの丸太とかないですかね?」
「丸太……ですか? まぁ、裏庭にならいくつかあるでしょうな。薪割り前のものが」
「あ、それです! ちょっと裏庭行ってもいいですか?」
「ええ、まぁ……暗いので、足元お気をつけくださいね」
ソンジがろうそくを持ってきてくれ、二人で裏庭に出る。
「えーっと……あ! あった!」
庭の端に薪割り前の木がいくつか積み上げてあるのが見えた。夏美は駆け寄り、太さを吟味する。
(青竹踏みの代わりになりそうな、なんかいい感じの太さ……)
「ソンジさん、薪割りって私にも出来ますかね?」
「どうでしょうか……割りたいのですか? 私が割りましょう」
「ありがとうございます、この木を2つにわけたいです!」
ソンジにオーダーすると、軽々と近くにおいてあった斧を持ち上げ、カコーンと音を上げて木を割ってくれた。
「こんな感じでよろしいですかな?」
「はい! めちゃくちゃいいです! ありがとうございます! じゃあ、戻りましょうか!」
「ええ」
夏美はソンジが割ってくれた半割れの木を2つ抱え、部屋の方へと戻る。
「あとは、なんかやすりみたいなものがあれば嬉しいんですけど……」
「その木を削るのですか? それなら、木工職人が仕上げに使う大きいやすりを持ってきて差し上げましょう」
「本当ですか! 嬉しいです、お願いします!」
(どうせだから、ネイトさんの分も作ってあげようかな? いつも立ってるし。でも、それならソンジさんにも作ってあげたい……木は、また明日調達すればいいか!)
「あら、ナツミ様!? どこにいらっしゃるの……」
部屋の中からハンナの声が聞こえ、ソンジと目を合わせて慌てて部屋に戻る。
「あら、外にいらしたのですね。お風呂のご準備が出来ましたよ」
「わ、ありがとうございます! じゃあ、お風呂入ってきますね!」
「ええ。ごゆっくり」
(お風呂のあとは、座布団でも作ろうっと。ツギハギにしなくてもいいような大きさの布があればいいけど……)
夏美はそんなことを考えながら、風呂へと向かった。
「──ま、ナツミ様!」
「んん……?」
身体を揺さぶられる振動と、自分の名前を呼ぶ声で次第に意識が覚醒してゆく。
「ナツミ様、大丈夫ですか?」
心配そうな顔でこちらを見ているハンナを視認し、やっとはっきり目が覚める。
「あれ……? 私、昨日……」
(はっ、危ない、針を持ったまま……!)
手元を見ると、座布団のツギハギを縫うために縫い針を手に持ったまま寝落ちしたようで、慌てて針山に戻す。
「昨日はお帰りも遅かったのに……大丈夫ですか? もう少しお休みになられたほうがいいのでは……?」
「いえ! もう大丈夫です! 今日は座布団づくりと、青竹踏みづくりをしなくちゃいけないので!」
そういう夏美をハンナが不思議そうな顔で見ている。
「あの、それは繕いものですか? でしたら、私もお手伝いします」
「えっ、本当ですか? それは正直めちゃくちゃありがたいです……!」
ハンナは手先が器用で、空き時間はいつも縫い物をしている。普段裁縫をほとんどしない夏美が作るよりも、いいものができるだろう。
「じゃあ……お願いしてもいいですか?」
「ええ、もちろん」
笑顔のハンナに、夏美は座布団の概要を説明する。それから自分は昨日持ってきた木にやすりをかけることにした。
「夏美様、他の議員さまにも気を配ってらっしゃるのですね。素敵です」
「え? そうですか? なんか、腰が痛そうだったから、思いついただけなんですけど……そういえば、ローデン卿ってご存知ですか?」
「ええ。古株の議員さんですね。近くにある大きな製紙工房を持っていて、そこの所有者も兼ねていた気がいたします」
「へぇ……製紙工房……」
「あとは、お嬢様がお一人いらっしゃいましたね。そろそろ縁談のお話もあるとか」
「すごい、ハンナさんなんでも知ってますね!」
「ええ、メイドはどこにでも出入りするので、メイド同士でもそういう話が回りやすいんです。私の情報網、舐めちゃいけませんよ」
ふふふ、といたずらっぽく笑うハンナに、なるほど……と感心する。
「それで、夏美様の恋愛模様はいかがですか?」
「えっ!? わ、私の!?」
「ええ。まぁ、もうお一人しかいませんけどね」
(み、見透かされてる?)
「私……夏美様のような方がもっと早くにアイザック様の隣にいたら、と最近思ってしまうのですよ」
「どういうことですか……?」
「だって、夏美様が来てから、アイザック様、どこか楽しそうなんです」
「えー!? そうですか? 私にはよくわからないんですけど……」
「あの方ったら、本当にいつも無口で怖い顔してらっしゃって……でも、夏美様が来てから、少しだけ表情が和らいだ気がしたのです。表情の種類も増えましたわねぇ。この間も、城を離れる際に『あいつのことをよろしく頼む』なんて言われちゃって!」
(えっ……そんなことをアイザックが……?)
ハンナは恋バナをする乙女のような顔になってうきうきしている。
「そ、それは……私があまりにも慌ただしいから、とか……?」
「違いますわよ! あの瞳は絶対に、ぜーったいに、アイザック様はナツミ様のことが気になっていらっしゃるのです」
「そ、そうなんですかね……!?」
「だって、夏美様もアイザック様のことが気になられてるのでしょう?」
「えっ!?」
図星をつかれて思わず頬が熱くなるのがわかる。
「ま、まぁ……? アイザックはイケメンだし? その……いいな、とは思ってますけどね……!?」
「もう~、夏美様もわかりやすいのですよ。ふふふ」
(ハンナさん、恋バナになるとウキウキしちゃうタイプだ……!)
楽しそうに話しながら、すごいスピードで手元は動いている。
(ハンナさん、恐るべし……! この人には隠し事出来なさそう……!)
まるで本物の母親のように、なんでもお見通しなのである。
「あっ、そういえば昨日のお風呂のとき、靴擦れが痛いとおっしゃっていましたね。今は大丈夫ですか?」
夏美のかかとに巻いた包帯が目に入ったのか、今度は心配そうな顔になって尋ねてくる。
「はい、今は包帯巻いてるのでこすれないし、大丈夫です!」
(でも……そういえば昨日、ソンジさんも言ってたし、靴擦れ問題はこの世界でもあっちの世界でも、女性が直面する大問題だよね……)
夏美は現代でどうやって靴擦れを防いでいたか、思い出してみる。
(私はヒール履くってわかってるときは、いつも先に絆創膏貼って防いでたけど……ここには絆創膏もないし……)
「そうだ! ハンナさん、またちょっと協力をお願いしてもいいですか?」
「ええ、なんでも」
夏美はテーブルの上にあった紙とペンをとり、なんとか自分の頭の中に思い描くものを絵にしてみる。
(かかとを優しく守りつつ、でも絆創膏みたいに肌に馴染む色というよりはむしろ、見せて可愛い感じにしたいから……)
かかとには厚い布を当て、ずれないように足の指にも紐を通せるようにする。そして、かかとのトップが一番靴擦れで痛くなりやすいのを考慮し、少しヒールから布が見えてしまっても隠せるような見せリボンをつける。
「……で、このリボンがワンポイントになって、可愛いし靴擦れ防止にもなるし、すっごくよくないですか……!」
「……こういうことですか?」
近くにおいてあったペンを持ち、ハンナが夏美の絵の隣に書き直してくれる。夏美の書いたものよりも立体感に溢れ、細部までよくわかるものになった。
「え! ハンナさん、絵お上手ですね……!?」
「私が上手というよりは……」
くすくす、と笑うハンナの様子を見て、言いたいことが言外にも伝わってくる。
(そ、そりゃ私、絵心は皆無だけどさ……!)
「い、いいんですよ、伝われば!」
「あら……じゃあ猫は描けますか?」
「ハンナさん……!? ちょっとからかってますよね……!? 描けますよ、めっちゃ可愛く描けますから!!」
夏美の思う猫を描いてみせると、それを見てまたハンナが笑い出す。よれよれの猫が書き上がって、夏美も自分の絵のヘタさに吹き出してしまった。
「やばい、私本当に絵心がないかも……」
「それ以外にいいところがたくさんありますから」
「ハンナさん……!」
なんとかハンナに作りたいものは伝わった。いつもより心も近づいた気がして、夏美はふやける頬をなんとか引き締め、木のやすりがけに戻ったのだった。
数日後。ハンナと一緒に作った座布団ができあがったので、ハンナとともに議会場の前で議会の終わりを待っていた。
「あっ!」
以前腰をさすっていたローデン卿が出てきて、夏美が思わず声を上げた。
「ローデン卿、ローデン卿!」
こちらに気づいていない様子だったので少し近づいてとんとん、と肩を叩く。すると緩慢に振り返ってこちらに気がついたようだった。
「お? なんだ」
「覚えてますか? 以前お声がけした、アイザックの客人です」
「ああ……」
「これ、議会のときに使ってください。座布団です」
どうやら顔を見て思い出したのか、ローデン卿は眉を寄せてこちらの様子を見ていた。
「これ、1つをお尻に敷いて、もう1つを腰と背もたれの間に置くと、だいぶ身体が楽になると思います」
夏美は座布団2つで軽く実演して見せた。すると少し理解したのか、ほう、と相槌を打ってくれる。
「あと……ちょっと差し出がましいんですけど、ローデン卿ってお嬢様がいらっしゃいますよね? もし靴擦れに困っているなら、これ使ってみてくださいとお渡しください。女性ってヒールで靴擦れになることが多いので」
ハンナに絵にしてもらい作り上げた、靴擦れ防止の布当ても座布団と一緒に手渡す。
「これは、中に使い方の絵が入ってるので、それを見て使ってみてください」
(ハンナさんに描いてもらったやつだけど……!)
夏美の話を聞いて、ローデン卿は頷いた。
「まぁ、使ってみよう」
「よかった……あ、他にもなにかお困りごとがあったら、何でも相談してくださいね!」
夏美はできる限りの営業スマイルで、ローデンに自分を売り込んでおく。こういうつながりが後の役に立つと今は信じるしかない。
「ローデン卿、使ってくれるといいですね」
「はい! でも、きっと使ってくれると思います。腰痛とお尻の痛みは、なかなか耐えられるものじゃないですからね!」
そうハンナと話をしているのを、フラネルが鼻で笑って見ていることに、夏美は気づかないでいた。




