第13話
それから数時間後。
「やっとミナトラのやつ見終わった……けど、なかったなぁ」
「私もサルヴァナを見ましたが、該当するような木はありませんでした」
伸びをする夏美とネイトのもとに、スナがやってくる。
「ここにあった」
スナはナハルの図鑑に栞を挟んで手渡してくれる。
「スナ君も見てくれてたの!?」
「二人より三人のほうが効率的だから」
「はぁ~……スナ君ってすごく気が利くね? 本当にありがとう、嬉しい。またなにかあったら頼らせてくれたら嬉しいな」
「……別に、力にはなる」
ちょっと照れたように耳を真っ赤にしているスナを見て、夏美は心を撃ち抜かれた。
(か、可愛い……! 今まで年齢不相応な感じだったけど、こんな照れ屋さんなところもあるんだ……!)
「ありがとう。じゃあ、また書庫に来たときはよろしくね!」
「夏美様、そろそろ夕食の時間です、戻りましょうか」
「はい。じゃあ、スナ君バイバイ!」
夏美が手を振るのに、小さく応えて手を振ってくれる。夏美は廊下をでたところで思わず顔を覆った。
「か、可愛すぎる……スナ君、めっちゃ可愛いですね」
「まだ9つですから。年齢相応なところもありましょう」
そう言うネイトも柔らかな表情をしている。
「さあ、帰りましょう」
「ヨハンさんもとってもお顔整ってますけど、スナ君も将来有望ですね。まぁ、王妃さまがあんなにお綺麗なら、それも当然か……」
「アイザック様とは系統が違いますが、国王陛下も若かりし頃はとても見目良く、女性からの人気も高かったのです」
「へぇ~! そうなんですね、じゃあこの国の王族の方はみんなかっこいいんだ……」
そんな話をしながら歩いていると、ちょうど議会場の前に差し掛かったところで、部屋から議員たちが出てきた。
「あ、議会が終わったんですかね?」
「そのようですね」
次々出てくる議員たちを避けながら歩いていると、ある高齢の議員が腰をさすりながら疲れたようにため息をついているのが見えた。ほかの議員たちも、体を伸ばしたり首を回したりして、長時間にわたった議会の疲れが見えるようである。
(そういえば議会の椅子って全部木で硬いし、長時間やってたらきついよね……座布団とかあれば少しはマシなんだろうけど……)
そこまで考えて、夏美ははっと思いつく。
「あの、議員さん」
思いついたことをそのまま言葉にしてしまうのは夏美の良いところでもあり、悪いところでもある。腰をさすっていた議員に、反射的に声をかけてしまった夏美。議員のほうも驚いているが、こちらを見ている。
「あの、議会の椅子が固くて、長丁場になると座ってるのも辛いですよね? もしよかったら、そんなお悩みを、私が解決できるかもしれません!」
「君は……アイザック第二王子の客人かね……なんだ、どう解決するというのだ」
「私がいた国では、座布団というのがありまして……それを作ったら、解決するかもと思うんです」
「ザブトン? なんだそれは」
怪訝な顔をしている議員に、夏美はなんとか座布団の説明をする。
「今度作ってきてお渡ししますから、ぜひ使ってみてください!」
「まぁ……試してやらんこともないが……」
まだ不信感はあるだろう。でも、夏美には見えていた。
(絶対座布団でこの人の心を掴んで見せる……!)
「また、出来上がったらお声をかけますね。できるだけ早く作りますから!」
夏美がそう言うと、その議員は首を傾げつつも去っていった。
「夏美様……ソンジの言っていたことがわかりました。あなたはあまりにも衝動的すぎます」
横で見ていたネイトがなんとも言えない表情で夏美に言う。警護役としているネイトにとっては、こういう夏美の行動を制御できないのがもどかしいのだろうか。
「あ、すみません……でも、いいこと思いついちゃったんです。私も議会のたびに、お尻や腰が痛くなるからあの議員さんの気持ちがわかっちゃって……!」
「それはいいのですが、あまり突拍子もない行動は慎んでください」
「一応、気をつけます……! あの議員さん、お名前なんていうんですか?」
「ローデン卿ですね。どちらかというと中立派です」
「そうなんですか……座布団、使ってくれるといいな……」
(フィルさんに余ってる布がないか、今度聞いてみよう! 確か明日の午前に来るって言ってたはず……)
もう夏美の頭の中は、座布団づくりでいっぱいであった。
翌日の朝。
ソンジからもうすぐ部屋にフィルが来ると聞いて、夏美はそわそわしながら待っていた。
(フィルさんに話すことは、まずコンドームの極秘プロジェクトのことと、座布団づくりのための余った布が欲しいってこと。あと、できれば綿……)
(でも、今日はここに来てすぐオーダーしたドレスの残りの完成品を持ってきてくれるんだもんね、まずはお礼をたくさん伝えて……)
そう考えていると、部屋が軽快な音でノックされる。
「ソンジでございます。ナツミ様、フィル様がいらっしゃいましたよ」
「はーい!」
夏美は駆け寄りドアを押し開けた。
「やぁ、ご機嫌いかがですか、夏美さま」
「ふふ、元気です。フィルさん」
華やかな笑顔を振りまくフィルに、夏美もつられて笑顔になる。しかもフィルを中に誘い入れると、後ろからずらずらとメイドたちがスタンドハンガーにかけたドレスを持ってきれくれる。
「わっ、たくさん……! ありがとうございます、納期も短かったのに……」
「いいえ。すごく楽しく作れましたよ。久しぶりに外国巡りをしたくなった」
そう言いながらドレスの上に被せられていた埃よけの布をあげて、中のドレスを見せてくれる。
一着は、シックな黒色のサテン生地にストラップ付きのオフショル、そして腰回りはふんわりと白いパニエを中に来てボリューム感を出す作りになっており、大人っぽさとパニエの出す愛らしさが絶妙なさじ加減で両立していた。
「うわっ……え、何これお人形さんみたい……! これ、私が着れるんですか!?」
「ええ。このパニエでふんわり感を出すところがかなり難しかったのですが、広がると広がるだけ美しさも増えますね」
「わかる……」
夏美はあまりの美しさに目が離せない。他のドレスも同じように見せてもらう。
2着目は、レースアップされ、コルセットにも似た胸元と、腕を大胆に露出したフレンチスレーブ、チュールレースで仕立て上げられたシンデレララインのドレスが足首を見せて軽く作られている。これは一つ新しい靴を作ったので、それにあわせて靴を小物のメインにした作品のようだ。
そして3着目は、ベルベットで誂えられた見るからに高級そうなドレスで、ショート丈のタイトワンピースだった。
「これ……ちょっとこの国には早そうだけど、めちゃくちゃ着たいです!!」
「ははは、やはりナツミ様は最先端の趣味でいらっしゃるようだ。私はそういうところ、とっても素敵だと思いますよ」
(やっぱり、極秘プロジェクトのメンバーは、フィルさんしかいないかも!)
楽しそうに笑ってくれるフィルを見て、夏美はやはりソンジの言う事は間違っていなかったと思う。夏美がソンジを見ると、ソンジも同じことを思ったのか、アイコンタクトで促してくる。
「あ、あの、フィルさん」
「はい、なんでしょう?」
「実は、ちょっとお願いしたいことが2つありまして……」
「2つ? なんでもおっしゃってください、ナツミ様の願いなら叶えましょう」
(言い切り!? なんて懐の広い人……!)
話す前から引き受ける前提でいてくれるのがありがたい。夏美は言葉を選びながら極秘プロジェクトの内容を伝えた。もちろん、実物も見せながら。
「で、このコンドームというのを普及させて、国民の皆さんにも愛のあるセックスを楽しんでほしいっていうのが、私の野望なんです」
「ほう……なるほど。ナツミ様の国にはそんなものが……」
パッケージをしげしげと見つめるフィル。
「こんな薄さで、破れず、身体に沿う物を……? なんて素晴らしい技術なんだ……」
フィルは持ち前の知的好奇心がうずいたのか、目をキラキラさせながらパッケージの説明を読んでいる。
「これは、私もぜひ参加させてください。ナツミ様のその野望まで、お付き合いいたしますよ」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
「それに、おっしゃっていた樹液は確かにナハルの国にありますね。私が見た中にはこれほど薄く加工されているものはなかったのですが……技術次第では、なんとかなるかもしれません」
「おおお……! そうなんですね!」
(めっちゃ希望の光が見えてきた……!)
夏美はこれほど早くことが進むとも思っておらず、内心興奮を抑えられない。
「それで、もう1つのお願いとは?」
「あ……そうだ。えっと、フィルさんがこうやってお仕事で使ったものの切れ端で構わないので、余った布を少しだけ分けていただけないかなって……」
「何に使うのですか?」
「座布団を作りたいんです」
「ザブトン? またナツミ様の国の発明品ですね」
「発明品……というほどでもないんですけど、議会の椅子が木で固くて長時間座っているとお尻が痛くなるんです。だから、袋状の布の中に綿を入れて、お尻の下にそれを敷けば痛くないかなって……」
「なるほど、それをザブトンというんですね? あと、布はありますが綿は輸入しなくてはならないので、代わりに羊毛でいいですか?」
「はい、大丈夫です!」
(フィルさん、飲み込みが早くて助かる……! さすがだ……)
このキラキラとした華麗な男は、何にでもすぐに適応してくれる。きっと色んな国を渡り歩く中で、物事の許容度が上がり、理解も早くなったのだろう。
「余った布は処分に困っていましたから、明日すぐにでも持ってきましょう。どのような布がいいか、ご指定はありますか?」
「あ、えっと、できれば厚めの生地のほうがいいです、長く使っても破れないもののほうがいいので。それ以外は特にないです」
「わかりました。最近は少しずつ北西からの輸入品が高くなっていますから、一から布を仕入れるのも大変ですからね」
「ほう、そうなのですか?」
それまで黙っていたソンジが、声を上げる。
「ええ。どうも軍需が広がっているようです。ですから、南方に交易路を広げようとするアイザック様のお考えは聡明だと思いますね、私も」
フィルはすでに手持ちのバッグからいくつか余りの布を探して手を動かしてくれている。
「これなんかいかがですか?」
「おお……いいです! すごくいい生地なんじゃないですか……これ」
「ええ。でもこれだけではもう何も作れなくて価値がないのです。ナツミ様の手で、生き返らせてあげてください」
「ありがとうございます、頑張りますね!」
フィルからもらった布を握りしめると、嫌でも気合が入る。
「あ……そうだ。もしよければ、これからうちの作業場に来ませんか? 城を出てすぐなので。そしたらたくさんあまりの布があります」
「え、いいんですか!? ぜひ行きたいです! フィルさんがどんなところで作業してるかも見たい……!」
「お見せできるほど綺麗には使ってないんですけどね。それでもよければ」
ここは素直にフィルに甘えてしまおう。ソンジを見ると、うんうんと頷いているので許可は下りるだろう。
(フィルさん、なんて神みたいな人なの……!)
夏美は作業場に案内してくれるというフィルについて、廊下に出た。




