第10話
翌日、ソンジに連れられてやって来たフィルはたくさんのドレスを抱えていた。
「ナツミさん、おはようございます」
「あ、おはようございます! 早速ドレス作ってきてくださったんですか!?」
「ええ。1着だけですが」
「こんな短い間に……」
「ほとんど徹夜でした。ですが、たくさんの刺激をもらって作りましたよ、ほら」
フィルがデザインしたドレスを広げて見せてくれる。
ハイネックにはなっているもののシースルー素材で胸元を隠したもので、ドレスの丈も膝の上。無垢な白いレースと、シフォン素材で作られたドレスは、女性の華奢さを際立たせるようなAラインのものだった。
「すごい……可愛い。それにしっかり作られてる……」
「それはよかった。不安になりながら作ってみたので、そう言ってもらえると嬉しいですね」
「本当にすごく可愛いです……ありがとうございます」
「これは、ナツミ様専用です。そして、これがナツミ様がここでお召しになるドレス」
そう言って、フィルは他にまた4着、ドレスを取り出した。それはすべて、宮殿にふさわしいドレスの様式だ。
「わぁ、可愛い!」
シフォンの薄紅色のドレスが一点、ジャガードで高級感のある薄水色のドレスが一点、チュールで繊細に作られたホワイトベージュのドレスが一点と、艶のあるシャンタンのドレスが一点。
どれも舞踏会に着ていけそうな一流のドレスのように見えた。
「これが……普段着として着るものですか?」
「そうですよ。アイザック様のお客様ですから」
(まぁ、そうだよね。アイザックは仮にも第二王子……)
本人が気取らないせいか、忘れがちになってしまうが立場としてはこの国で二番目に偉いはずなのである。
「でも、せっかく作ってくれたこっちのドレスも着たいなぁ……どうしたら着られるようになりますかね」
「うーん……いつの時代も、どの国も、貴族たちが流行の火付け役ですから。貴族たちの意識を変えていきましょう。外国の流行を取り入れる感じに」
「アイザック様も外交担当ですからね、それなりに箔が付くはずですよ」
横からソンジが会話に加わってくる。アイザックは興味なさそうに執務デスクに向かって仕事をしていた。
「アイザック、外交担当だったんですか? どうりで最初、外交がどうとか…」
「ええ。しかし、我が国はかなり閉鎖的ですからね。アイザック様は幼少期、お祖父様と各地を飛び回っていたようですが……」
「へぇ~……そうだったんですね」
(そういえばアイザックは、おじいちゃんっ子だったもんね)
「貴族の人たちの意識を変えるためには、どうしたらいいですか? 最初から私がこれを着ていても、変な目で見られますよね?」
「そうですね……まずは、お互いお知り合いになることでしょう。新しいことをするものは、いつも奇異な目で見られます。しかし、その人の信頼があれば、みな『この人が言うなら……』と耳を傾けてくれるものです。要は、人望を得られるかどうかです」
「なるほど……そうですね。ちょうど、貴族の人達と話したいこともあったし……お知り合いになりましょう!」
ぽん、と手を打つと、ソンジがしーっと指を口に当てる。
「今は集中していて聞こえていらっしゃらないかもしれませんが、アイザック様にはくれぐれも内緒で」
「え……やっぱり、仲が悪いからですか?」
「ええ。自分の客人が自分の敵と話をしていたら、誰だっていい気はしないでしょう」
「わかりました。そうですよね」
「しかし、私もほかの貴族と交流を持つことは賛成なのです。いかんせん、アイザック様は敵が多い。少しくらい味方を作っておかねば、と思っておりましたから。ナツミ様であれば、そのお立場にありますので、有効かと。私はあくまで使用人ですからね。貴族の皆様と対等には話せません」
ソンジはあっけらかんと笑って言うが、もしかしたらその裏にとんでもない気苦労があったのかもしれないと思わせる口ぶりでもあった。
(ソンジさん、きっと私と同じようなことをしたんだよね、過去に)
それでも、使用人という立場上難しかったのだろう。
「よし! 私がこの状況を変えてみせます!」
「それはよかった。では、西の隣国の名前は知っていますか?」
「え……」
フィルに質問されて、夏美は固まる。
「……えーっと、アスタ…だか、シャラル…だか…」
「違います。ワイズドレア公国ですよ。最初にお会いしたときから、やや諸外国に対する知見やこの国での価値観について、知識が欠けている部分がありそうだとお見受けしました。もう少し、勉強されたほうがいいかもしれませんね」
(うっ……フィルさん、意外と毒舌!?)
しかし、フィルの言うことは正論である。貴族たちと話すにも、この国のことを知らなければなんの話もできない。
「まずは勉強、頑張ります!」
「私も、お付き合いいたしますよ」
「ソンジさん……ありがとうございます!」
「私も、もちろんお付き合いします。ここまで言ったのですから、私が放っておくわけないでしょう。このドレスを世に出して、ナツミ様が堂々と着られるようになるまで、お供します」
「フィルさんまで……! ありがとうございます、必ず世の中に浸透させてみせます!」
(私の、可愛い露出多めなファッション着たい欲を満たすためにも!)
夏美はそう決心するのだった。
その日の夜、夏美はベッドに座って、早速ソンジから借りたこの国の近代歴史を学べる本を読んでいた。
(あっちの世界でもあんまり本なんて読まなかったから、全然進まないけど……)
それでも、学生時代に向き合った世界史よりはまだどこか自分事として捉えられる気がする。
(うーん……この内乱は何がきっかけで起きたんだろう?)
何冊か借りた他の本を参照するも、どれも知りたいことにあと一歩手が届かない感じで詳しく書かれていない。
夏美は隣に腰掛けて本を読んでいるアイザックの方を見る。
「ねぇ……いま話しかけてもいい?」
「なんだ」
「この本で、わからないところがあるんだけど……聞いてもいいかな?」
「どこだ」
「えーっと、ここの建国後704年目に起きた内乱のことなんだけど……なんで内乱が起きたんだろう? 新しい王様になってすぐなんだよね?」
「ああ。彼は悪王と言われていて、この国の歴史最大の汚点と言われている」
「えっ、そうなの!? なんで?」
「書いてないか?」
夏美が尋ねると、アイザックが本を覗き込んでくる。ぐっと近づいた距離に、夏美はなぜか鼓動が速くなっていた。
「わ、私が見た限りは、書いてなかったけど……」
「そうか……それもそうだな。自国の汚点を、詳らかにする本があるわけがないか」
ドキドキしている夏美とは裏腹に、アイザックはどこか物憂げだった。
「その人が、この国で性的交渉を禁止にさせた張本人だ」
「えっ!? そうなの!?」
王様と性的交渉禁止の法律が、全く結びつかない。内乱に関する記述にも、そのような記載は全くといっていいほど見当たらなかった。
「その国王は……国王と言うのも忌々しいが、女性関係が派手で、記録が間違いでなければ、即位から3年で王子が182人できたらしい」
「3年で182人!?」
(思ったよりもひどい……)
さすがの夏美も戸惑うほどの数字だ。
「昼も夜もなく女を連れ込み、側近ですら耳をふさいで神経症になるほどだった。それを知った民衆も影響され、男女問わず通常一対で結ばれる関係性をないがしろにしたんだ」
「そうなんだ……でも、王族でたくさん子供ができること自体は悪いことじゃないよね?」
「ああ。だが、殆どの場合、相続争いというのが起きる。それで政どころではなくなり、民衆の生活も荒れに荒れて、内乱に繋がったというのが真相だな」
「そう、だったんだ……」
あの世界でも、女性に肩入れしすぎて国が傾いた例もある。それほど、性欲というのは凄まじいものでもあるのだ。
(けど、王子であるアイザックからしたら、その悪王って血も繋がってるんじゃ……)
そう思っても正面からは聞けない。祖父のことを聞こうととっさに判断する。意外と人間関係のリスク回避術は身についているのである。
「その人と、お祖父さんは関係あるの?」
「ああ。祖父はその悪王の息子だ。最終的には第二王子という立場だったところから、戦争に勝ち、民衆からの支持を得て王位に就いている」
「そうだったんだ。お祖父さん、すごい人だったんだね」
「……孫の俺から見ても、尊敬できる王だった」
そう言うアイザックの表情は、これまで見たことないほど穏やかだった。
(アイザックは、自分と同じ境遇なのを、お祖父さんに重ねてたりしたのかな……)
「お祖父さんの話、もっと聞かせてよ。お祖父さんとの思い出とか」
「思い出か……」
本を閉じ、アイザックの言葉に集中する。今日は歴史の勉強よりも、もっと身近でもっと大事な話が聞けるのかも知れない。
さっさと寝ろ、と打ち捨てられるかも知れないと一瞬思った夏美の不安をかき消すように、アイザックは自分も本を閉じて目を瞑った。
「俺は……よく祖父について他の国を巡った」
(あ……ソンジさんも言ってた話だ……)
「王様なのに、色んな国に行ったの? 王様って、ずっと国にいて、国を守ってるのかと思ってた」
「そういう王もいる。だが、祖父は外交が上手かった。いや、上手かったというよりは……心から、世界の平和を願っていた。お互い本当は戦争なんてしたくないんだと、俺にいつも言っていた。だから、自分に敵意がないことを相手に示さなければならないと。自分の素顔を、相手にためらいなく見せる人だった。だから関係の悪い国ほど足繁く通って、相手の話を聞いた」
「そっか……それで、今はアイザックが外交をしてるの?」
「ああ。だが……俺では足りないな。祖父のように上手くやれない」
自嘲めいた言葉に、夏美は一瞬ずきりと胸が痛む。
(そっか、今はかなり閉鎖的な国だって……ソンジさん、言ってたな)
「でも、あなたは今も議員なんだし、これからいくらでも改善しようと思えばできるんじゃない?」
「……そうだな。俺がここで折れていては祖父に申し開きできない」
「うん。お祖父さんも、きっと上手くいくように応援してくれてると思う。アイザックがそうやって頑張る姿を見せることで、気持ちが変わる人もきっといるんじゃないかな。私、この間議会のときにアイザックが発言したの見て、ちょっと……感動したし」
夏美の言葉に、アイザックの表情が少し明るくなる。
「……お前には励まされてばかりだな」
アイザックの支えに、少しでもなれているのだろうか。自ずとそう考えてしまう自分がいる。
「今日はもう寝るか。悪いな、こちらの話ばかり聞かせて」
「ううん、大丈夫。私が聞きたがったんだし」
「明かりを消してくるから、お前は先にベッドに入っていろ」
「あ……うん」
アイザックは立ち上がり、部屋に明かりをともしていた蝋燭の処理に向かう。
(なんだか、変な感じ。アイザックの態度が変わると、私のほうまで調子が狂うっていうか……)
その背中を見つめながら、そんなことを考えていたのだった。




