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第11話

 翌日。昨日のようにすべてをアイザックやソンジに聞くわけにもいかないので、参考となる資料をいくつか手元においておくべく、ソンジとともに書庫へとやって来ていた。


「どこにあったのでしたっけ……確か、いくつかかの王についての記述がある資料が……」


 書庫はどこかほこりっぽく、西日が本棚にもよくあたっていた。そのためにいくつかの本たちは、日焼けして変色してしまっている。


(カーテンでもつけたらいいのに……)


 ソンジから少し離れたところで、同じく資料の捜索を続ける。本棚を一列ずつ見ていくと、なんとなく昨日本で読んだような文字の羅列があることに気づき、夏美は歩みを進めた。


(近代、近代……あっ!)


 それらしい本を手にした瞬間。


「どうしてこんなところにいるの?」


「ひっ!」


  突然現れたヨハンに驚きの声を上げる。


「あんたに近づくなって、お兄ちゃんに言われたのにさ。そっちから来るなんて。ここはスナの居場所だよ?」


「ナツミ様!」


 夏美の声を聞いたソンジが駆けつけてくる。そしてすぐにヨハンとの間に立ちふさがった。


「そっちが僕らのテリトリーに入ってきたのに、そんな態度は不躾じゃないかな」


「……申し訳ございませんヨハン様。私の主人はアイザック様ですので」


 ソンジの態度を見て、ヨハンは大きくため息をついた。


「わかってるよ、そんなこと。それより、ここにはあんまり来ないでくれないかな。スナはここにしかいられないんだ」


「さっきからスナっていうのは……」


「末の第四王子。僕の弟だよ」


「えっ……あ、あのときの……?」


 王妃と会ったとき、後ろにいた無表情な男の子の姿が浮かぶ。


「でも、どこに……わっ!」


 周囲を見渡した瞬間、ぼうっとこちらを無表情で見つめている男の子がいた。


(さっきまで、いなかったよね……!? いたの!? 気づかなかっただけ?)


「ええっと……あなたがスナ君?」


「……」


 こくん、と小さくうなずく。


「書庫にいるのが好きなの?」


「……」


 再び小さくうなずいた。


「そっか、ごめんね、邪魔しちゃって。本、借りて行ってもいいかな?」


 ただ、頭を上下に揺らすだけ。


(なんか……この子、表情筋死んでない?)


 子どもらしい情緒が一切ない。というか、表情が1ミリも変わらない。ただ、こちらの言うことは理解しているようだから、本当に感情が動いていないのか、表情筋が機能していないのかはわからないが。


 ソンジが前に進み出る。


「ヨハン様、スナ様、申し訳ございませんでした。その点については、私の理解不足でした。ただ、少しだけ、資料を探していても良いでしょうか」


「……」


「いいってさ。好きにすれば──」


「ソンジ、いるのか」


 ソンジとヨハン、スナが和解しようとしたその瞬間、ドアがバン、と音を立てて開き、アイザックの声がする。


(まずい!)


 絶対にこの状況を見たら、アイザックはヨハンを牽制する。そう思ったが、時すでに遅し。


「なぜここにいる」


「アイザック様……!」


 やってきたアイザックはさらにソンジとヨハンの間に入り、ヨハンをきつく睨んだ。


「アイザック、ヨハンさんは私達を襲おうとはしてないの!」


「ではなぜここにいる?」


「それは、ここがスナ君の居場所で……」


「とにかく、今はソンジの手がほしい。お前も行くぞ」


 アイザックは冷たい表情でヨハンを一瞥し、先に行けと目で言ってくる。


「わかったけど……」


「早く行け」


 ヨハンは何も悪くない、と強くアイザックに言えなかった。それが心残りでアイザックに急かされながら振り向くと、悲しげな顔をして視線を地面に落としたヨハンが見えた。


「……悪い子でごめんね、お兄ちゃん……」


(『悪い子でごめんね』……?)


(この二人、本当にこんな関係のままでいいのかな……? 少なくとも、ヨハンさんはアイザックのこと、好きみたいだし……)


 誤解があるのなら、それを解けば二人の関係は修復できるのかも知れない。


(今度ヨハンさんに会ったら、ヨハンさん側の意見も聞いてみよう)


 夏美は書庫から廊下に出て、アイザックの執務室の方へ歩きながら思う。


「ソンジ、悪いがこれから南方交易国との通商会議に出る。支度を頼む」


「承知しました。それにしても、急ですね。先方から打診があったのですか?」


「いや、実はこのところこちらから打診していた。それで、相手から急に応じるという回答があったから、すぐにでも向かおうと思ってな」


「そうなのですね。南方はまだ関係も築けておりませんし、かなり難航しそうですが」


「だからだ。もう少し周辺諸国との関係を見直し、交易ルートを作っておく必要がある。祖父と昔そう話したのを、思い出した」


(お祖父さんとの思い出……? 何の話をしたんだろう)


「では、私は準備に移りますので失礼。夏美さまはどうされますか?」


「あ、私は……アイザックといます。いいよね?」


「ああ。俺もしばらく書類仕事で執務室にこもるだけだが」


「うん、じゃあそれで」


 ソンジを二人で見送り、執務室の方へと再び歩き出す。


「ねぇ、さっきのお祖父さんの話、聞いてもいい? ちょうど昨日お祖父さんの話聞いたから、気になっちゃった」


「ああ。祖父はよく言っていた。国は壁で守るものではない、道で守るものだと」


「道?」


「交易路だ。人と物が行き来する道。互いの利益が通う道。困った時に使者を走らせられる道だ」


 真剣に語るアイザックの横顔を見る。


「ああ。壁ばかり高くしても、壁の内側で飢えれば国は死ぬ。逆に、信頼できる道があれば、剣を抜く前に話ができる」


「なるほど」


「祖父の時代は少し南方の交易路を模索したらしいが、その後は形跡がない。あちらは海沿いで文化も多少違うから、議員たちが敬遠したようだ」


「そうなんだ……文化が違うって、私とアイザックも別々なのにね?」


「ああ。だからこそ手を結ぶほうがいい」


「私もそう思う」


「まぁ、そういう綺麗事だけではないが。政治的に言えば最近、北西の情勢が不安定になっているという噂がある。ワイズドレア周辺で傭兵や軍需品の動きが増えているらしい」


「ワイズドレアって、西の隣国だよね?」


「ああ。この国の交易路は北西に偏っているが、そのほとんどがワイズドレアを通る。そこで万が一戦争でも起きたら、この国は物資調達に困るだろう」


 戦争、という言葉を聞いて、なんだか急に現実味がなくなってしまう。


「そうだね……でも、戦争なんて本当に起きるの?」


「いや、今の段階ではなんとも言えん。噂程度だ。だが、対策するに越したことはない。それに、祖父の尽力で東側や北西側の国は開拓できたが、南方はまだどこも開拓できていない。何度か顔を出したことはあるが、相手がそれを覚えているかどうかもわからん。祖父は、南方の開拓も悲願だと言っていた。だから、俺がやるしかない」


「そっか、お祖父さんの意思を継いだんだね。うん、アイザックならできると思う。でも、アイザック一人で行くの?」


「いや、多少部下を連れて行く。相手に敵意があると思われない程度にな。ああ、それでお前には俺の代わりに一人護衛を付ける」


「護衛……?」






 翌朝、アイザックが南方へ旅立つのを見送るため、ソンジと夏美は城の跳ね橋まで来ていた。


「じゃあ、あとはソンジ、頼むぞ」


「ええ。お任せください」


「アイザックなら、大丈夫だよね! 待ってるからね!」


「ああ」


 アイザックはそれだけ言うと、馬に乗った。夏美はそのアイザックを見上げる。アイザックは少し腰をかがめて、夏美にしか聞こえない声で言った。


「俺がいない間、他の男とはするなよ。捕まるからな」


「はっ!? そ、そんなことわかってるよ!」


 ふっとアイザックが笑う。それにときめいてしまったのは、もう自分でもわかった。隣にいたソンジが不思議そうに目を丸くしている。


「とにかく、行ってくる」


「うん、行ってらっしゃい」


「お気をつけて、行ってらっしゃいませ」


 それだけ聞き届けると、アイザックは手綱を引いて、待機させていた騎士たちを率いて城門を出て行ってしまった。


(本当に、行っちゃった……)


「あの、夏美様?」


「はい……?」


「ごっほん。えぇ……我が国の法律で、教えそこねたものがあったようですな」


「あ……聞こえちゃいました? はい。でも、アイザックから教えてもらいました。相手がアイザックであれば、大丈夫だって」


「では……その、やはりそういうことを……?」


「はい……でも、元々はソンジさんの言い方がそういうことをするように匂わせてたっていうか、その、そういうことの相手をするように言われたと勘違いして……!」


(いや、初日からヤッたけどさ!)


 そのことも、もう行為への補助線になっていたかもしれない。


「なんと……それはもう、アイザック様と将来のお約束をされたと……!?」


「いや、そこまでは……」


「もしお子様がおできになったらどうするのですか!」


(あ、そうだ。その説明からソンジさんにはしないと……)


「ちょっとその、色々ありまして……お話します、全部」


「ええ、もちろんですよ。ここは冷えますから、中に戻りましょう」


「はい」


 二人はアイザックの部屋に戻ることにしたのだった。






「なるほど、これが妊娠を避けるものですか」


「はい、コンドームって言います」


 正直内心、自分は(闊達とはいえ)老人相手に何を教えているのかと思うふしもなくはないが、夏美はコンドームを見せた。


 ソンジは不思議そうにマジマジとゴムのパッケージを見つめている。


「こうして、男性のアレにつけて、妊娠を防ぎます」


「ほう……なるほど……」


 パッケージの裏を見せて、そこに書いてある図を見せる。


 ソンジは最初、華やかなパッケージにやや顔をしかめたが、図については興味深く見ているようだ。


「それで、妊娠しないことや、アイザック様が王族であることを理由に、お二人は交わっているという……」


「そういうことになりますね……まぁ、回数制限があるんですけどね。あと6つしかないですし」


「では、あと6回も交わるという?」


「まぁ、その予定では……ありますね」


 夏美は途中で自我を取り戻しそうになった。誰を相手にこんな交わるだのあと何回だのと話しているのか。しかし、もうここまできてしまえばヤケクソである。どのみち、この先もずっとソンジ相手に隠せるものではない。ほとんどソンジの監視下なのである。唯一一人になるのは、午前の議会のタイミングだけだ。ソンジが睡眠をとるからである。


 本当であれば稽古も一緒にしているし、風呂や食事もすべて同席している。特に風呂は、夏美が引くほどで、アイザックの背中を流したり、浴槽に水を足したりしているのだ。


「あまり看過できるものではありませんが……ひとまず、アイザック様が逃げ出さないようにしてくださっているというのは事実ですし、礼を言います」


「別にお礼を言われるようなことは何もしてないんですけどね……」


(私も性欲解消と引き換えだし……)


「ともかく、その6回ぶんはお願いします。それからは、ちょっと対策を考えねばなりませんな。しかし、アイザック様が逃げ出したら夏美様を守る人間も私一人になりますから、そのあたりはアイザック様も考えてくれそうではありますが……」


 そこまで思われてはいない、と思う。ただ自国に来た他国からの自分の来客だから、自分の管轄で死なれては嫌だという義務感で世話を見てくれているだけのような気もする。


(それはそれでちょっと悲しいけど……)


 最近、少しずつではあるが距離が縮まってきているとは思っている。しかし、アイザックが義務感以外で自分を守ろうとする動機はない気がした。


(でも、今はそれどころじゃない)


「あのソンジさん、そのことなんですけど……私からちょっと提案がありまして。この国で、コンドームを作りたいんです」


「こんどーむを作る……?」


「はい。そしたら、私もアイザックもそういうこと回数無制限でできるし、この国で好きな人と性交渉をするのをスタンダードにしたいんです。セックスは、好きな人とやると、とっても幸せなんです」


「ですが……こんなもの、どのように作ればいいのか皆目見当がつきませんが……」


「私もそれは同じなんですけど、この世界で、ゴムってありますか? 薄く伸びるタイプの! 確か、もともとは木から出る樹液……だったような」


「ゴム? それは存じませんが……そのような植物は確かに存在します。確か……今回アイザックさまが向かった南方の国にあると聞きました」


「えっ、そうなんですね!?」


「ええ。……ということは、実現可能性はなくないということでございますね」


「そうみたいです!」


「では、それも極秘で進めましょう」


「やった……! 極秘プロジェクトですね!」


「プロジェクト……?」


「はい、なんかこういうのを私の国ではプロジェクトって言います!」


「では、極秘プロジェクト、で。進めましょう」


 ソンジが笑って快諾してくれる。


(ソンジさんが優しくて理解ある人で、本当に良かった……!)


「であれば、もう少し協力者が必要ですね。フィルさまなんかどうでしょう? あの方は各国とのパイプがありますし、南方の国々も巡ったことがあると聞きます」


「そうなんですか? 確かに、色んな国のこと知ってそう……」


「あの方はうちとの付き合いも長いですし、信頼できる方です。かなりナツミ様の前衛的なファッションに感銘を受けておられましたし、こういうことも興味を持ってやってくれるかもしれません。今度うちに来たときに打診してみましょう」


「はい!」


(すごい、なんか本当に実現できそう……!)


 夏美は胸を躍らせながら、自室へ戻りこの極秘プロジェクトの計画を立てるのだった。



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