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人類の罪  作者: 華
幸せの形
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海の異物

時間を遡って、縛が正樹を迎えに行く途中。


海で人影を見つけたという正樹の話を聞いて、俺は船員達に回収するよう指示を出した。


いつもと変わらない景色。


海は穏やかだぁ。


操縦室に近付くにつれて、目の前に何名かの船員の姿が見えてくる。


「獅鳳様。先ほど指示をいただいた漂流物ですが、回収が完了しました。」


操縦室へ戻ろうとしていた俺に、船員が声を掛けてきた。


「ああ。それで、人は?」


先ほど、正樹が海を指差して騒いでいた。


海に人がいる。


最初は何を言っているのかと思ったが、正樹が指差す先には確かに人のようなものが浮かんでいた。


すぐに回収するよう指示を出したが――……


「それが……人ではありませんでした。」


「え? 人じゃない?」


「はい。こちらです。」


船員に案内され、回収されたものが置かれている場所へ向かう。


人じゃない。その言葉を聞いて、肩から力が抜けていく。


いつの間にか、力が入っていたらしい。


見間違いだったのなら、それが一番いい。


船員の後ろを歩いていると、濡れた床が目に入った。


海から引き上げた時にできたのだろう。水滴が点々と奥へ続いている。


その先に、数人の船員が立っていた。


「こちらです。」


船員たちが左右に退く。


「…………。」


床に、人が倒れていた。いや、そう見えた。


濡れた服が体に張り付き、足の先からは今も水が滴っている。


仰向けに倒れた体。片腕は――ない。


そして、顔には何の表情もなかった。


「……マネキン?」


「はい。」


俺は近づいて、その顔を覗き込む。


作り物の目。作り物の鼻。作り物の口。


間違いない。


人間じゃない。


「なんだ……。」


安堵からか、大きな息を吐く。


正樹くん、これを人と見間違えたのか……


まあ、海の上から見れば無理もないなぁ。俺でも多分間違える。


しかも、何故かこのマネキン、服まで着ているしなぁ。


「不法投棄でしょうか?」


「だろうな。」


「海にこんなものを捨てるなんて、迷惑な話ですね。」


船員の一人が呆れたように言う。


他の船員たちも、もう興味を失ったようだった。


人じゃなかった。


それが分かれば、それで終わり。


俺もそう思う。


「処分しておいてくれ。」


「かしこまりました。」


踵を返す。


一歩。

二歩。


「…………。」


足が止まった。


何かがおかしい。


振り返る。


マネキンはさっきと同じように床に転がっている。


片腕がない。海を漂っている間に外れたのか?


それに、海に浮かんでいた時、何かが光っていたような……


「…………。」


いや。きっと思い違いだなぁ。


俺はマネキンを上から下まで見る。


顔。


首。


胴体。


脚。


そして――腕時計。


光っていたのはこれか。


「これ、回収した時からこの状態だったのか?」


「はい?」


「腕時計。」


俺が指差すと、船員もマネキンを見る。


「ええ。つけていました。」


「…………。」


腕時計は、何事もなかったかのようにマネキンの腕に巻かれている。


「どうかされましたか?」


「……いや。」


別に、おかしくはない。


服屋で使われていたものなら、服を着たまま捨てられた可能性だってある。


時計だってそうだぁ。


そう考えれば、それで終わる。


「処分してくれ。」


「かしこまりました。」


今度こそ、その場を離れる。


けれど、なぜか。


最後に見たマネキンの姿が、頭から離れなかった。


操縦室横にある事務所に戻る。


船は予定通り航行を続けている。


天候にも問題はない。


航路にも異常なし。


いつもと変わらない。


「獅鳳様、こちらをお願いします。」


「ああ。」


渡された書類に目を通す。


確認。


署名。


次の書類。


部屋の隅に設置されたテレビから、ニュースキャスターの声が流れている。


『――続いてのニュースです。』


誰もテレビを見ていない。


けど、ニュースキャスターの声がやけに耳に留まる。


『先日発生した殺人事件について、新たな情報です。』


ペンを走らせる。


『警察から逃走していた容疑者は、昨夜、海沿いの崖付近で目撃されたのを最後に、現在も行方が分かっていません。』


「…………。」


『警察は、逃走中に崖から転落した可能性が高いとみて――』


ペン先が止まる。


『――周辺の海域を捜索しています。』


俺は顔を上げた。


テレビには、切り立った崖が映っている。


その下には海。


高い波が岩にぶつかり、白い飛沫を上げている。


『現在までに、容疑者は発見されていません。』


画面が切り替わる。


次のニュースが始まった。


「…………。」


俺は再び手元へ視線を落とす。


カチッ。


ペンの先を出す。


書類に署名し、次の一枚を手に取った。


「次は?」


「こちらです。」


「ああ。」


いつも通り仕事を続ける。


窓の向こうには、青い海が広がっていた。


何もない。


ただ、海だけが続いている。


その頃。


先ほど回収されたマネキンは、処分されるため船内の一角へ運ばれていた。


濡れた床の上を引きずられ、海水の跡が細く伸びていく。


誰も気に留めない。


ただのマネキン。


海を漂っていただけの、ゴミ。


船員がその足を持ち上げる。


ずるり、と。


濡れた服がずれた。


その時――


カラン。


何かが床に落ちる。


「……ん?」


船員の手が止まる。


足元を見る。


床に落ちていたのは、先ほど俺が気にしていた腕時計だった。


海水に濡れた文字盤が、船内の明かりを反射している。


けれど、すぐに別の船員から声が飛ぶ。


「おーい、そっち終わったか?」


「あ、はい! 今行きます!」


船員は腕時計を拾い上げる。


「これも一緒でいいか。」


深く考えることもなく、マネキンの上に腕時計を置く。


再びマネキンを持ち上げ、その場を離れていく。


床に残った水の跡も、やがて誰かに拭き取られる。


そして――


何も残らなかった。

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