まるでプロ
道徳達と離れて、俺達はクルーズ船に乗船した。
扉を潜ると、煌びやかな船内が現れた。
天井には大きなシャンデリア。床には紅い絨毯が敷かれている。よく見ると、あっちこっちに飾ってある置物も高額そうに見える。
俺が口をあんぐり開けて見ていると、縛が静かに俺の顎を閉じた。
「ようこそ、東雲様、佐伯様。良い旅をお過ごしいただけるよう、ご案内させていただきます。佐藤でございます」
声がする方を見ると、シルバーグレーの髪をしたおじさんが立っていた。
「お荷物、お預かりいたします」
佐藤さんは縛から荷物を預かると、ワゴンに乗せる。
……あれ?ここホテルだっけ?
と思うぐらい、見覚えのあるワゴンだった。
「佐伯様のお荷物もお持ちいたします」
そう言うと、俺に手を差し出す。
ん?俺、荷物どこだっけ?
キョロキョロしていると、縛が俺の後ろにあるキャリーケースを佐藤さんに渡す。
あった。いや〜、いつの間に後ろに置いたのか自分でも覚えてないや。
「それでは、お部屋までご案内いたします」
そう言うと、佐藤さんは近くにいた船員に声を掛け、ワゴンを渡す。
「お待たせいたしました。では、お部屋へ向かう前に、船内の設備などを簡単にご紹介いたしますね」
俺は佐藤さんの言葉にうんうんと頷きながら、目新しい船内を見てキョロキョロする。
「こちらが、船内で24時間お飲み物を提供しているバーとなります。隣にございますのはソフトクリームマシンです。ご自身でお作りいただくこともできますが、難しい場合はバーのスタッフにお声掛けください。こちらでお作りいたします」
へぇー。
24時間飲める上に、ソフトクリームまで食べ放題なのか。
「では、次に参りましょう」
佐藤さんはそう言うと、歩き出す。
俺もその後に続く。そのとき、佐藤さんがふと立ち止まり、にこやかに付け加えた。
「なお、1時間後に避難訓練がございますので、必ずご参加ください」
「えっ」
思わず間抜けな声が出た。
避難訓練って、こんな豪華な船でもやるのか。
へぇー、知らない世界だわぁ。
…………。
……縛さん?
何をしていますかね?
なかなか縛が来ないから後ろを振り向くと――
なんと早速、ソフトクリームを巻いていた。
しかも、めちゃくちゃ真剣な顔で。
縛は小さなソフトクリームを作り終えると、俺に差し出してくれた。
「ありがとうー!」
まさか俺にくれると思わなかった!!
俺が受け取ると、縛は頷き、そのまま新しいコーンを手に取る。
そして、再びソフトクリームマシンのレバーを下げた。
おーー。巻くの上手だなぁ。
綺麗にぐるぐると巻かれていく。
……ん?
まだ巻くの?
ぐるぐる。
ぐるぐる。
……どんどん高くなってきた。
俺は自分の手元にある小さなソフトクリームを見る。
そして、縛が作っているソフトクリームを見る。
もう一度、自分のを見る。
…………。まさか。
このソフトクリーム、マシーンを確かめるための練習用?
俺にくれたんじゃなくて、試しに巻いただけだったのか?
縛に聞こうと顔を上げる。しかし、あまりにも真剣な顔をしていたから、俺は言葉を飲み込んだ。
本当、甘いものに命かけてるなぁ。
…………あっ。
佐藤さん!俺はようやく佐藤さんの存在を思い出し、慌てて周りを見る。
佐藤さんは少し離れたところで、ニコニコしながらこっちを見ていた。
「すみません! 食べながら行きますので、もう少し待ってください」
「承知いたしました。よろしければ、お飲み物をご用意いたします。こちらに腰を掛けてお待ちください」
「えっ、いいんですか?」
「もちろんでございます」
なんて優しいんだ。
俺は勧められるがまま椅子に腰を下ろす。
その間にも縛は、黙々とソフトクリームを巻き続けていた。
どこまで高くする気なんだろう。
しばらくして、ようやく縛がレバーから手を離した。
「お待たせしました」
振り返ると、そこには見事なソフトクリームを持った縛が立っていた。
「…………でか」
俺の三倍ぐらいあるんだけど。
縛は満足そうに自分のソフトクリームを眺めている。
「……それ、食べきれるの?」
縛は何を当たり前のことを、とでも言いたげな顔で頷いた。
本当、甘いものに命かけてるなぁ。
「それでは、参りましょうか」
佐藤さんが何事もなかったように立ち上がる。
「はい!」
俺も立ち上がり、ソフトクリームを一口食べる。
うまっ。
濃厚なのに、後味がさっぱりしている。
さすが豪華客船。
ソフトクリームまで違うのか。
そんなことを考えながら歩き始めると、佐藤さんが船内を案内してくれる。
レストランに、カフェ。
大きな劇場。
プールに、ジム。
ゲームセンターまである。
船の中だよな、ここ?
もう一つの街じゃん。
そして、エレベーターに乗り、俺達の部屋がある階へと向かう。
「こちらでございます」
佐藤さんが一つの扉の前で立ち止まった。
縛がiPhoneをかざす。
ピッ。
扉が開いた瞬間――
俺は固まった。
「…………」
広い。
いや。
広すぎる。
大きなベッドに、ソファ。
テーブルまで置いてある。
奥には大きな窓があって、その向こうには海が広がっていた。
しかも――
「ベランダあるじゃん!」
思わず窓際まで走る。
扉を開けて外へ出ると、潮風が一気に吹き込んできた。
「うわぁ……」
目の前いっぱいに広がる海。下を見ると、港がかなり小さく見える。
すげぇ。
本当に海の上のホテルだ。
俺が景色に夢中になっていると、後ろから縛もベランダに出てきた。
もちろん、巨大なソフトクリームを持ったまま。
「……まだ食べてたの?」
縛が無言で頷く。
いや、溶ける前に食べきれるのか、それ。
「お荷物は後ほどお部屋までお届けいたします」
部屋の中から佐藤さんの声が聞こえる。
「何かございましたら、客室内の端末よりいつでもお申し付けください。それでは、お二人とも良い船旅をお楽しみくださいませ」
「ありがとうございます!」
佐藤さんを見送る。
扉が閉まると、俺はもう一度部屋を見渡した。
「…………」
そして縛を見る。
「これ、いくらの部屋?」
縛がソフトクリームを食べながら、iPhoneを取り出す。
画面に表示された金額を見て――
俺は静かに目を逸らした。
「……見なかったことにする」
知らない方が幸せなことって、世の中にはあるんだなぁ。
俺は残っていたソフトクリームを口に入れながら、もう一度窓の外を見る。
これから、この船で数日間過ごすのか。
なんか――
めちゃくちゃ楽しみになってきた。




