番外編:雷雨
ゴロゴロ……
窓の外を見ると、今にも雨が降りそうな暗い空が広がっていた。
ペラッ。
僕は手元の本をめくりながら、机の上の紅茶を一口飲む。
そして再び外を見ると、遠くで紫色の稲妻が走った。
静かな室内が、やけに寂しく感じる。
僕は立ち上がると、棚に置かれた家族写真を手に取った。
今でも思い出す。
あの雷雨の中、母さんから聞かされた兄さんの死を。
僕と兄さんは双子だった。
小さい頃、体が弱かった僕は病院に預けられていた。一日に三回も血液検査をしたり、心音を調べたりする毎日だった。
兄さんは車椅子に乗って、いつも母さんと一緒に僕に会いに来てくれた。
顔がそっくりだったこともあり、よく二人で服を交換して大人たちをからかったなぁ。母さんには、すぐバレたけど。
兄さんは時折、苦しそうに胸を押さえることがあった。そのたびに先生が駆けつけ、母さんは僕を抱きしめながら兄さんの帰りを待っていた。
兄さんが胸を押さえることに違和感を覚えた僕は、兄さんに聞いたことがある。
「胸、痛いの?」
「痛いよ。道徳の代わりに痛くなってるから大丈夫だよ。」
「え!? どういうこと?」
「双子って不思議なことに、時々感覚が共有されることがあるんだよ。だから道徳が痛みを感じないなら、それでいいんだよ。」
「でも、兄ちゃんがそれで痛くなるのは嫌だ。」
「大丈夫だよ。道徳は心配しないで、生きて。」
「兄ちゃんより長生きするつもりだよ。」
「ふふ、それもいいけど、母さんよりもうーんと長生きしてね。」
「できるかなぁ?」
「できるよ。道徳は僕の代わりに母さんのそばにいてあげてね。」
「兄ちゃんの代わり?」
「そうだよ。僕の代わりに……」
兄さんは少しだけ言葉を止めた。
「……いや、道徳のままで、ずっと母さんのそばにいてね。」
「それってどういうこと?」
僕が聞くと、兄さんは優しく笑うだけだった。
その笑顔は、今でも忘れられない。
そんな病院生活も気付けば五年になり、僕はすっかり病院での暮らしに慣れていた、あの日。
ゴロゴロ……
「雨が降りそうだね。」
「本当だ。大きな雨が降ったら、今日の運動時間なくなるからラッキー」
「え? せっかくだから体動かしたいじゃん。」
「いやいや、見てよ。俺にとって運動時間は苦痛なんだよ。」
「あっ、そうか。今リハビリ中だもんね。」
俺は車椅子に座る天然パーマの友人を見る。
彼も双子の兄を持っていたが、家族仲はあまり良くないらしい。特に、彼より三歳ほど年上に見える双子の兄は、彼のことを敵視しているという。
ポツ、ポツ。
いつの間にか雨が降り始めた。
俺は自分の病室に戻り、窓の外を見る。
「今日、母さんたち来るの遅いなぁ。」
窓の外はますます大粒の雨になり、すぐに本降りとなった。
空を走る稲妻を眺めていると、病室の扉が開く。
振り向くと、母さんが全身びしょ濡れで立っていた。
「母さん?」
僕が呼ぶと、母さんはゆっくりと僕のもとへ歩いてきて、ぎゅっと僕を抱きしめた。
「母さん、どうしたの?」
僕も、濡れた母さんを抱きしめ返した。
……あれ。
兄さんは??
疑問に思い母さんを見ると、母さんは大粒の涙を流していた。
もう少し待ってから聞こうかなぁ?
僕の視線に気付いたのか、母さんはゆっくりと口を開いた。
「……道徳。」
震える声で、小さく息を吸う。
「兄ちゃんはね。……交通事故に遭ったの。」
「え?」
「……さっき、天国に行ったよ。」
「だからね、これから兄ちゃんにさよならを言いに行こう。そして、そのまま一緒に家へ帰ろう。」
母さんはそう言うと、僕を抱きしめる手にさらに力を込めた。
「なんで兄ちゃんが?」
「……神様は、いじわるよね。」
「兄ちゃん……兄ちゃん……。」
涙が止まらなかった。
母さんは僕に着替えを渡す。
「さぁ、兄ちゃんに会いに行こう。」
僕は泣きながら頷いた。
母さんは僕の頭を撫でると、
「外で待ってるわ。」
と言って先に病室を出た。
「ご愁傷様です。」
「いいのよ。覚悟していたから。それに今はこの子がいるわ。」
「えぇ、役に立てるといいですけど。」
「そんな言い方しないで。この子は私の息子よ。」
「ええ……そうですね。今日から桜庭道徳になりますもんね。」
「……そうするしか、この子を守る道はないわ。」
「ええ、分かっています。」
ガラガラ。
「母さん。用意できたよ。」
扉を開くと、驚いた表情の母さんが見えた。
「母さん?」
「本当に、そっくりね。」
母さんは僕を抱きしめる。
そして手を繋がれ、僕は親友に挨拶もできないまま病院を後にした。
二度と、この病院へ戻ることはなかった。
コンコン。
たそがれている間に、どうやら夜ご飯の時間になったらしい。
「道徳、ご飯の時間だから呼びに来たわ。」
「母さん。」
「どうしたの? 珍しく元気ないじゃない?」
「……兄さんのことを思い出してた。」
そう言うと、母さんは僕の肩をそっと抱きしめる。
「私は幸運ね。あなたたち二人に出会えたから。」
そう言って僕の肩をポンポンと叩くと、
「待ってるわよ。」
と言いながら、先に書斎を出て行った。
あともう少しで結婚式。
兄さんにも参加してほしかったなぁ。
ゴロゴロ……
空を見ながら、僕は手元の本をそっと閉じた。




