14年前、世界に触れた日
「14年前、多分正樹くんに会ってるわ。」
双葉さんの一言に衝撃を受けた。
「な、なんで?」
俺が聞き返すと、双葉さんが少し不思議そうな表情を浮かべる。
「どうしたの?」
「き、記憶があるんですか?」
「あるわよ。と言っても、私はずっと村の家で暮らしていたから、自分が事件に巻き込まれていたなんて気付かなかったけどね。」
「そうなんですか?」
双葉さんは無表情のまま頷く。
「そうよ。」
双葉さんはそっと目を閉じた。
彼女は一体何を思い出しているのだろう。
────────
物心がついた時から、私は暗闇の中にいた。
お父さんとお母さんと呼ばれる大人はいたが、私のことなんて気にしたことはなかった。
お父さんは何かあるとすぐ私を叩いたり、殴ったりしていた。
お母さんはただそれを見ているだけ。時々、私に買ってきた物を片付けさせたり、ご飯を作らせたりしていた。
部屋の一室に閉じ込められながら過ごす日々は、今思えば、生きているのか、死んでいるのかも分からなかった。
ただ壁の模様を見つめ、痛みに耐える日々だった。
それが、ある日。
お母さんが夜になっても帰って来なかった。
その時も、お父さんと呼ばれた男は何かあったのか、いつも通り私を殴っていた。
でも、この日だけは違った。
男は火のついたタバコを私の目に押し付けようとした。
初めて、私は抵抗した。
恐怖のまま家を飛び出し、草むらに隠れた。
体を小さく縮こませ、見つからないように、見つからないようにと祈りながら息を潜める。
その時だった。
森から「パーン」と大きな音が響いた。
最初は何かが壊れた音だと思った。
でも、今思えば、あれは銃声だった。
しばらくすると、森のあちこちから同じ音が聞こえ始めた。
私はその時、近くの草むらから誰かが飛び出したのを見た。
その子は、
「お父さんー! お母さんー!」
と大きな声で叫びながら走っていく。
長い髪に綺麗なワンピース。
手には黒い箱を持っていた。
今思えば、あれはiPhoneだったと思う。
しばらくして、音は止んだ。
そろそろ帰らないと、また殴られる。
そう思って家へ戻ると、黒い服を着た人たちがいた。
その人たちはお父さんに手錠を掛けると、私の方へ向かって来る。
私は反射的に走り出そうとした。
すると、一人の男性が私を呼び止めた。
「待って! 傷つけたりしない! お願い、止まって!」
そう言われ、私はゆっくり振り返る。
「私たちは警察の特殊部隊です。あなたを助けに来ました。」
「け、警察?」
警察が何なのか、私は知らない。
でも、助けに来たと言っている……。
「お父さんたちは……どうするの?」
「彼らは、あなたのお父さんではありません。」
「え?」
「詳しいことは後で説明します。だから、とりあえず一緒に来てください。」
信じていいのかな。
でも、このままここにいても私は何も変われない。
そう思った私は、一歩ずつ足を前へ進め、彼らについて行くことにした。
大きな箱。
あれは……タイヤ?
「ここに乗ってください。」
そう言われても意味が分からず、
「乗る?」
と聞き返す。
「初めて見ましたか?」
私はこくりと頷いた。
すると、特殊部隊の人たちは驚いたような表情を見せる。
「……ここまでとは。」
そう小さく呟いた。
「これは車です。こうやって乗って座るんですよ。」
そう言って、私に乗り方を見せてくれた。
車の中を見ると、私にそっくりな女の子がいた。
「……私?」
そう声を漏らすと、彼女は顔を上げてこちらを見る。
涙で濡れた顔は、驚きに染まっていた。
「え?」
お互いに顔を見合わせる。
なんで?
そう思っていると、彼女は再び俯き、泣き始めた。
私は何をすればいいのか分からず、ただ座っていた。
特殊部隊の人たちは、
「まだ他にもいるはずだ。」
と言いながら、私たちの元を離れて行く。
何人かの大人は残ってくれたが、私たちに声を掛けることはなかった。
その時だった。
急に周りがぼやけ始め、強い眠気に襲われる。
閉じてはいけない。
そう思っていると、白衣を着た一人の男性が、一人の少年をお姫様抱っこしながら車へ入って来た。
誰?
そう思っても、言葉は出ない。
少年は目を開けることなく眠っていた。
タオルに包まれ、すやすやと寝息を立てている。
男性は少年を座席へ寝かせると、そっと額を撫でた。
「誕生日おめでとう、正樹。」
私には、その意味が分からなかった。
もうこれ以上、目を開けていることができない。
私はただ、彼らを見つめていた。
その時、男性は私が見ていたことに気付いたのか、口元に指を一本立てた。
「しー。」
そう言うと、私の瞼をそっと閉じた。
────────
「ここまでが私の知っていることよ。」
「え? 俺、覚えてないです。」
「だって寝ていたもの。」
「ずっと警察に見つけてもらって、保護されたと思っていました。」
「あなたは白衣の男性と一緒に来たのよ。」
「顔とか見なかったんですか?」
「……それが思い出せないの。長い間あそこにいたはずなのに、お父さんやお母さんだった人の顔も、村で会った人たちの顔も分からない。そして、白衣の男性の顔も。」
「……それって……。」
「不思議よね。警察に保護された後、私が実は双子だったことも知った。そして、私が持っていなかったはずの物が、目を覚ました時には首に掛かっていたの。」
「え? 何ですか? ネームタグとかですか?」
「分からないの。」
そう言って双葉さんは、首に掛けていた物を見せてくれた。
夜空の星を映し込むほど綺麗な銀色のネックレス。
その形は、なんとも不思議なものだった。




