にんじんとロバ
「うぅ……。」
頭がガンガンする。目を開こうとすると、光の眩しさに思わず目を細めてしまう。
「……。」
目の前に誰かいるのは分かるけど、はっきり見えない。
だれだぁ?
「まだ目を覚ますには早い。もう少し寝なぁ。」
その声は聞いたことがないはずなのに、不思議と懐かしさを感じた。
俺の目にそっと手が当てられ、そのまま頭を優しく撫でられる。
「あんまりハクを困らせるなよ。」
「……? 縛?」
「ふっふ。このまま俺の事は思い出さず、そのままの方がいい……きっと。」
小さく呟かれた声を最後に、俺の意識は少しずつ遠のいていく。
思い出さないといけないような、このままでもいいような。
そんな不思議な気持ちのまま、俺は意識を手放した。
◇ ◇ ◇
次に目を覚ますと、縛や小鳥遊さん、柊木さんの顔がはっきりと認識できた。
「んぅ?」
「お! 起きたか!?」
「正樹くん、どこか具合の悪いところはありませんか?」
「……。」
縛は何も言わず、ただ俺の手を握りしめた。
……痛いです。
これ、握ってるんじゃなくて、つねってるなぁ。
「いたい。」
俺がそう言うと、縛は何事もなかったかのように手を離した。
ん? 俺、何か悪いことしたよなぁ?
「痛覚戻ったね。今からちょっと診させて。」
そう言いながら、小鳥遊さんは俺の顔や体に触れて診察を始める。
この感じ、なんだか懐かしいなぁ。
そう思っていたが、縛は何か気に食わないのか、ずっと不機嫌だ。
……はい。ほっときます。
「どうだ?」
柊木さんが身を乗り出して聞く。
「とりあえず今のところは大丈夫そうですね。」
「そうか。そりゃよかった。」
「正樹くん、まだ頭は痛い?」
「少しだけです。でも、さっきよりはだいぶ楽になりました。」
「ならよかった。」
小鳥遊さんは安心したように頷く。
「なに? 俺、どうかしたんですか?」
柊木さんは少し驚いた顔をした後、何か思い出したように頷いた。
「正樹くん、退院した後、無理したでしょ。」
「してないですよ〜!」
「いやいや。鼻血出たり、頭痛くなったりしたでしょ。」
「……。」
「あ、したんだね。」
柊木さんは苦笑いを浮かべる。
「もう。少し目を離すとすぐ無理するんだから。今は体が回復している時なんだから、ゆっくり過ごすのが一番だよ。暇だからって、抜け出してどこか行かないように。」
……なんで抜け出したこと知ってるんだろう。
「正樹くん。聞いてないでしょ?」
「いえ! 聞いてました! 抜け出さないように静かにします!」
「よろしい〜。あと、いつものサプリはちゃんと飲むように。それと、しばらくはこれも飲んでね。」
俺は小鳥遊さんが差し出した物を見る。
……これ、まさか。
「おめでとう。薬が一つ増えたね。」
「いらない!!!!」
俺がそう叫ぶと、部屋のドアが開いた。
そこには真美ちゃんが立っていた。
「あら〜、起きたのね! よかったわぁ。それで、何がいらないって言ってたの?」
真美ちゃんが不思議そうに歩いてくる。
「いや〜、真美ちゃん。佐伯が薬いらないって怒ってたところ。」
「えー?」
「怒ってないです。」
俺がそう言うと、小鳥遊さんが俺の頭をぽんぽんする。
「三日分だけだから。鎮痛剤と一緒に飲むように。」
「いらない。」
「何のお薬なんですか?」
真美ちゃんが聞くと、小鳥遊さんが説明する。
「しばらく体の免疫を助けたり、血液が増えるのを補助したりする薬です。」
……よく分からない。
「あらっ。それは大事ですね。」
真美ちゃんが納得したように頷く。
「そうですよね。なのに薬を嫌がるんですよ。」
小鳥遊さんが静かに俺へ薬を押し付ける。
俺が力を込めて押し返す。
すると、その手を真美ちゃんがガシッと掴み、俺をじっと見つめながら言った。
「飲もうね。」
俺は首を横に振る。
すると真美ちゃんがポケットから何かを取り出した。
なんだぁ?
……ん!!!
あれは!!!!?
「豪快セット無料券!!!」
俺のお気に入りのラーメン屋さんのやつ!!!!
「ふふ。これ、あげようかなぁと思ってたんだけどね。」
「小鳥遊さんありがとうございます。クーポン……いや、薬ください!」
そう言って俺が薬を受け取ると、小鳥遊さんは真美ちゃんを見て感心したように笑う。
「おー。私も次から使おう。」
そうボソッと呟いた。
その隣で縛が小さく、
「塩分。」
とだけ呟く。
俺は知らないぞ。
もらったものは使うことこそが正義だぁ。




