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人類の罪  作者:
動き出した繋がり
74/92

異変の始まり

宿に戻った俺はベッドに倒れ込む。


「はぁー、疲れた〜!」


そう言うと、縛は俺の前に薬と水を差し出した。


「俺、もう痛くないよ。」


「だめですよ。田中先生に、飲んでくださいと言われていますよね?」


「もう痛くないから大丈夫。」


縛が静かに薬を俺へ押し付けてくる。


……絶対に受け取らないから!!!


そんなやり取りをしていると、部屋の扉が開いた。


「おー、お邪魔するぞー。」


「おじゃまします〜。」


柊木さんと結愛ちゃんが入ってくる。


「ん? なんだ? 何してるんだ?」


「正樹さんが薬を嫌がって飲んでくれません。」


「あ! 縛!!」


「ふーん。」


柊木さんはニヤッと笑いながらiPhoneを取り出し、どこかへ連絡を入れた。


コンコン。


「おっ、来たかぁ。」


柊木さんが扉を開ける。


「真美ちゃん!?」


真美ちゃんは笑顔のまま部屋へ入ると、何も言わず縛から薬を受け取った。


……なに? なに?!


次の瞬間、ガシッと頬をつかまれ、強引に口を開けられる。


「あっ、ちょっ――」


薬が放り込まれ、そのまま水が流し込まれた。


「ごほっ、ごほっ!!」


「おー、さすが真美ちゃん。」


「はい、飲めました。」


……誰か、この人を止めてください。


俺は布団に潜って不貞腐れている。


その横では、柊木さん達が今日の収穫について話し合っていた。


ふっ、どうせ俺は何もないですよ。


痛み止めが効き始めたのか、俺はそのまま眠りへ落ちていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふぁ!」


目を覚ますと、日が昇り始めていた。今何時だぁ。


そう思い、慣れた動きで枕元を探す。


……ん?


ない。


あっ! 俺、充電してない。


そう思って机の上にある自分のiPhoneを取りに行こうとした、その時だった。


……ここ、部屋じゃない。


「あれ? ここどこ??」


俺はキョロキョロと辺りを見回す。


茶室……? え? どこの!? 本当にここどこ!!!!


「何してるんだ?」


突然声を掛けられ、振り返る。


そこに立っていたのは知らない男。


……いや、知ってる?


どことなく縛に似ている。


「縛?」


「?? ハクだけど?? 本当どうした? 昨日、頭打った所が悪かったのか?」


「あたま?」


「こりゃだめだぁ。顔洗って目覚まして来い。これから、お前、客に会うだろ?」


背中を押されながら茶室を出る。


周りを見渡しても、見覚えのない高級そうな屋敷。


うわぁ……あれ絶対高いやつ。


「ほい! トイレ着いたぞ。顔洗って来い。」


そう言われ、渋々トイレへ入る。


……あっ、人がいる。


「すみません。」


謝ると、目の前の人も同じように頭を下げた。


でも――声がしない。


そこでようやく気付く。


……鏡だ。


「…………誰?」


鏡の中の男は、ゆっくりと笑った。


その笑い方だけは、俺と同じだった。


「うぁーーーーーー!!!!!!」


俺は飛び起きた。


額から汗が流れ落ちる。


心臓が激しく脈打ち、自分の呼吸音だけがやけに大きく聞こえた。


窓の外は、すっかり暗くなっていた。


「……夢?」


「……あれ?」


鼻に違和感を覚え、そっと指で触れる。


赤い。


「え? 鼻血?」


ポタッ。


シーツに赤い雫が落ちた。


「正樹さん!?」


縛が慌てて駆け寄ってくる。


「大丈夫、大丈夫。乾燥しただけじゃない?」


そう言って笑おうとした瞬間、また一滴落ちる。


「そんな量ではありません。」


柊木さんが慌ててティッシュを差し出す。


「ほら、押さえろ。」


「ありがとうございます。」


しばらく押さえていると、不思議なほどあっさり鼻血は止まった。


「病院、行きますか?」


縛が心配そうに覗き込む。


「いや、大丈夫だよ。夢を見てびっくりしただけだと思う。」


そう答えたものの、あの夢はあまりにも現実だった。


鏡の中の男。


『ハク』と呼ばれた男。


そして――俺と同じ笑い方。


胸の奥に、言葉にできない気味の悪さだけが残っていた。


俺が考え込んでいると、ピロンとiPhoneが鳴った。


慣れた手付きで枕元のiPhoneを手に取る。


画面を見ると、小鳥遊さんからメッセージだった。


『正樹くん、いつも通りサプリ送ったけど、もしかして留守?』


あっ、そういえば入院中はサプリ禁止だったから、ずっと飲んでない。


『今、新潟にいます。入院中もサプリは飲んでませんでした。』


送信すると、すぐに電話が鳴った。


プルルル。


「はい、もしもし?」


『正樹くん! いつから飲んでないの!?』


「サプリですか?」


『そう!』


「たぶん、事件の日からだと思います。」


電話の向こうが静かになった。


小鳥遊さんが息を呑んだのが、受話器越しにも伝わってくる。


「どうかしました?」


『……ううん。宿、教えて。明日届けに行くから。』


「え? でも、大丈夫ですよ。」


『何が?』


「……施設じゃないですよね?」


『え?』


「今、外ですよね。」


電話の向こうがまた静かになる。


「車の音がするので。」


そう言うと、小鳥遊さんは少しだけ黙った。


『……うん。』


「だったら戻ってからで大丈夫ですよ。わざわざ新潟まで来るの、大変ですし。」


自分でそう言った瞬間、少し違和感を覚えた。


……あれ?


なんで分かったんだぁ?


確かに車の音は聞こえた。


でも、それだけで俺は施設にいないって判断した……?


そう思い返した、その瞬間だった。


ズキッ。


「っ……。」


頭の奥に鋭い痛みが走る。


思わず額を押さえる。


「正樹さん?」


縛が心配そうに俺を見る。


「だ、大丈夫。」


「頭痛ですか?」


「うん……いや、なんでもない。」


思い出そうとすると、頭が痛い。


……なんなんだ?


「正樹くん。」


小鳥遊さんの声色が少し変わる。


さっきまでの穏やかな声とは違い、どこか張りつめていた。


『宿、教えて。』


「……はい。」


俺は素直に宿の名前を伝えた。


『ありがとう。明日行くから。』


電話はそこで切れた。


「なんだったんだろう。」


ポケットにiPhoneをしまおうとした、その瞬間だった。


グラッ。


「……あれ?」


視界が一瞬だけ白く点滅した。


耳の奥でキーンという音が鳴る。


「正樹さん?」


縛がすぐ隣まで来ていた。


「大丈夫ですか?」


「あー、大丈夫、大丈夫。」


俺は軽く笑ってみせる。


「ちょっと立ちくらみしただけ。」


「本当にですか?」


「うん。寝起きだからかな。」


そう言うと、縛は安心したように頷いた。


それでも、その表情にはまだ心配の色が残っていた。


俺自身は、特に気にも留めなかった。


鼻血も、頭痛も、立ちくらみも、疲れが溜まっているだけ。


そう思っていたから。


だけど、小鳥遊さんだけは違った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


電話を切ったスマートフォンを見つめたまま、小さく息を吐く。


「……早すぎる。」


誰にも聞こえないその呟きは、静かな車内へ溶けていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「縛。」


「はい。」


「夜ご飯まだ?」


俺がそう聞くと、縛は少し安心したように笑った。


「あと十五分で会場が閉まります。」


「えっ!?」


俺が慌てて時計を見ると、本当だった。


「危なっ!」


「ですから急ぎましょう。」


俺は慌てて立ち上がる。


食べ放題を逃してはいけない!!!


玄関先でふと鏡が目に入った。


「……。」


さっきまで見ていた夢を思い出す。


鏡の中で笑っていた男。


俺と同じ笑い方をしていた男。


「気のせい、気のせい。」


そう呟きながら頬を軽く叩く。


夢だしね。


そう自分に言い聞かせた。


「正樹さん。」


「ん?」


「鼻血、本当に大丈夫ですか?」


「もう止まったし、大丈夫だよ。」


「そうですか……。」


縛はまだ納得していないようだったが、それ以上は何も言わなかった。


皆で部屋を出る。


旅館の廊下を歩いていると、不思議と初めて来た感じがしない。


「……あれ?」


「どうしました?」


「いや。」


気のせいかな。


そう思って歩き続ける。


角を曲がり、階段を下りる。


「あれ?」


「どうかしました?」


「なんか、ここ知ってる気がする。」


「昨日通りましたからね。」


「あっ、そっか。」


俺は納得して笑う。


でも……そんな感覚じゃない。


もっと前から知っているような――


そんな不思議な感覚だった。


食事会場へ着くと、真美ちゃん達はすでに席へ座っていた。


「もう、遅かったじゃない?」


「正樹くん、鼻血大丈夫?」


結愛ちゃんが心配そうに聞く。


「もう止まったから平気!」


そう言って席へ座る。


食べ放題ーーーー!!!!


ラーメン……は縛に怒られるから、海鮮丼にしようかなぁ〜。


海鮮丼。


味噌汁。


納豆。


そして、唐揚げ!!


「いただきます。」


箸を持った、その時だった。


ガンッ。


頭の奥に鋭い痛みが走る。


「っ……!」


思わず額を押さえる。


「正樹さん?」


「え?」


痛みは一瞬だった。


「いや、なんでもない。」


頭痛……かな。


さっきも痛かったよね?


……まあ、疲れてるだけか。


そう思い直して味噌汁を口へ運ぶ。


その向かいで、縛だけは心配そうな表情を浮かべたまま、静かに俺を見つめていた。


一方その頃。


車を走らせる小鳥遊は、信号待ちで助手席に置いていた鞄を開く。


中から取り出したのは、一冊の古びたファイル。


表紙には小さく印字されている。


『NS-01 神経活動安定化プログラム』


その下には、手書きで一人の名前。


――佐伯 正樹。


小鳥遊はファイルを見つめたまま、小さく息を吐く。


「頼む……。」


「間に合ってくれ。」


青信号に変わる。


車は夜の高速道路を、新潟へ向けて走り出した。

読んでくださり、ありがとうございます!


次回更新はお休みをいただき、明後日を予定しています。


果たして正樹の身に、一体何が起きているのか。続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。


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