生き甲斐
薄暗い部屋。
空気は重く、時計の音だけがやけに大きく響いていた。男は椅子に縛られたまま、目の前に立つ人物を睨みつける。
しばらく、誰も口を開かなかった。
「……お前。」
乾いた声が、ようやく沈黙を破る。
「何者だ。」
「ん〜?」
小鳥遊は首を傾げる。
「ただの施設長さんですよ〜。」
小鳥遊を知っている人にとっては、いつもと変わらない、軽い声。けれど。その目だけは、少しも笑っていなかった。
男は息を呑む。
「……俺に何をするつもりだ。」
一瞬、静寂が落ちた。
「あー……」
小鳥遊はゆっくり瞬きをする。
「ふっ、そんな事も分からないなんて哀れだね。」
言葉の後には小さなため息。
その呼吸音すら、部屋の中では冷たく響いた。
小鳥遊は肩をすくめるように笑う。
「でも、教えない〜。」
その声には温度がなかった。
「ねぇ、君さぁ。」
小鳥遊は静かに男へ問いかける。
「人形って好き?」
「はぁ?」
男の表情が強張る。
ふっふと笑いながら、ゆっくりと、小鳥遊はポケットから注射器を取り出した。
「でもさぁ。」
透明な液体が、薄い光を反射する。
「それって……君が人形になったら好きな人形とずっと一緒でしょ?」
小鳥遊は近付く。
男は逃げようと椅子が軋む。
笑顔のまま、目の前で足を止めた。
「そんなに人形が好きなら――」
男の呼吸が乱れる。
「やめ……」
次の瞬間。針が腕に沈んだ。
「君が人形になりなぁ。」
「まっ……」
声にならない声。
そして。
男の言葉は、もう2度聞く事はない。
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ピッピッピッ
「なぁ、本当に言わないつもりなのか?」
もう目を開けることも俺には難しい。
暗闇の中で聞き慣れた声に俺は、口を開く。
ひゅー
もう言葉にするのも難しい。
「……ぁ、もう……つかれた。」
やっと出た俺の声に、彼は答える。
「分かった。最初で最後の願い叶えてやるよ。」
俺は、乾いた唇で少し口角が上がった。
俺はまだ笑えたのなぁ。
ピッ、ピッ、ピッ
俺はゆっくり目を覚ます。
どこだぁここ?
初めて見る場所に戸惑いを感じる。
目の前には知らない人達が声を掛けて来る。
「正樹さん大丈夫ですか?」
だれだぁ?
俺は、自分の手を見る。
そして、こっちを覗き込む彼女に驚いた。
あー、やっぱりそうだったのか。
俺は失敗なんてしてなかった。
これで、やっと…………
目を閉じれる。
ピッ……ピッ……ピッ……
「心拍低下しています。」
状態が安定しICUを出て2日目。
正樹さんが目を開けたが、またすぐ閉じてしまった。
閉じたとともに意識も弱まった。
いやだ。僕はまだ置いていかれたくない。
どうすれば!
「意識レベル低下しています!」
「佐伯さん!聞こえますか!」
周りの声が響く。
でも、正樹さんは目を開けない。
「味噌らーめん。」
そうポツリと話したのは結愛ちゃん。
今はふざける時じゃ……。
「……患者に反応あり。声掛けを続けてください。」
「…………塩ラーメン。」
そんなまさかとは思いながら、僕は最近正樹さんがハマってるラーメンを言う。
「心拍、安定に向かっています。そのまま続けてください。」
「塩レモンネギラーメン。」
そう言ったのは、結愛ちゃん。
最近行きたいと大騒ぎしていた店である。
こんな状況で。
命が消えかけた瞬間で。
戻ってくる理由がラーメンなんて。
本当に、この人は。
正樹は正樹だった。




