囚われた太陽
「ちがっ……っ……小鳥遊さん……ち。」
そう言って、正樹は意識を手放した。
「正樹!?正樹さん!!」
呼びかけても返事はない。
……また、置いていかれる。
そう思うと、僕は血の気が引いた。
「早くオペ室へ!!」
「出血量が多いです!」
その声の中、僕はさっきの正樹さんの言葉を必死に考えていた。
小鳥遊さん……ち?
うち?
違う。
あいつが、こんな時に家の話をする訳がない。
ち……
血。
「……っ!!」
僕は正樹さんのポケットからiPhoneを取り出した。
ロックを解いて、電話帳からあいつの名前を見つける。
プルルルル
早く出ろ!
ガチャ
『はいはい〜小鳥遊さんですよ〜。正樹くんどうしたの?』
「……メガネヤロー。」
『……あれ?ワンコじゃないか?どうした?』
「正樹さんが包丁で2回刺されて、出血した。」
『すぐ行く。それまで、絶対に他の血液入れるなよ。』
ガチャ
田中という医者が正樹さんをベッドに乗せて、手術室に運ぼうとする。
「おい。」
「なんですか!?急いでます。」
「今から、血液が届く。それまで他の血液を使うな。」
「そんな事を言っていたら助かりませんよ。待つとしても、10分が限界です。」
田中が正樹さんをオペ室の医者に引き渡す。
時間は刻々と過ぎていく。
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オペ室の中は、命を救う為の戦場だった。
「出血量が多すぎる!輸血準備!」
「血液型確認、まだ出ません!」
「待てない!緊急用O型を——」
バン
「入れるな!!」
突然開いた手術室のドア。
そこには防菌服を着た男性が立っていた。
小鳥遊は間に合った。
「佐伯正樹に、普通の血液は一滴も入れるな。」
「誰ですか?今はふざけている時じゃありませんよ!」
その時、後ろから院長の声が響いた。
「佐々木先生、彼と代わりなさい。」
「なぜです?納得できません!」
「佐伯正樹は、O型Rhマイナスである珍しい血液型で、さらに特殊抗原が欠けている。普通のO型じゃダメだ。用意したものを設置してください。」
そう言って、入って来た男は周囲に指示をしながら、オペを始める。
手元がブレる事なく、正確かつ素早い手捌き。
その姿に周囲の医師達は信じられず目を見開く。
難しい箇所でもまったく戸惑う事なく、処置を進めていく。
誰もが長期戦を覚悟していた手術は、想像よりも早く終わった。
「後は、麻酔が抜けるまで病室で安静に過ごすだけ。」
そう言って男は出て行った。
すると、隣に院長が来た。
「彼は、あの白羽総合病院の院長だよ。」
「え?あの執刀成功率95%のですか?」
「そうだよ。患者は知り合いだったみたいだ。」
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オペ室から小鳥遊が出て来た。
「…………。」
「おい、ワンコ説明しろ。」
「病院の行き違いで、希空・ローランの病室に入った正樹さんは、自称家族の男に刺された。」
「お前が付いていて、なぜこんな大怪我を。」
「今日仕事だったんだよ。終えて家に帰ったら、正樹さんがいなかった。GPS調べたら、一箇所で15分も止まっていたので、見に来たら………。」
「……あいつ勝手に家出たのなぁ。らしいわ。ワンコ、次はない。」
そう言って、小鳥遊は帰って行った。
「……………。」
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「患者の容態が落ち着くまで、こちらのICUで様子を見ていきます。」
そう説明しながら、私は眠る佐伯さんを見る。
まさか彼があの男と遭遇するなんて……。
これは完全に私達の失態。
希空の容態を気にして、いつも明るく笑っていた優しい青年。
そんな彼が、今はたくさんの機械に繋がれて眠っている。
ふと廊下の隅を見ると、希空が立っていた。
相変わらず綺麗な顔で、表情は変わらない。
ただ、ずっと一点を見つめている。
佐伯さんが運ばれて行った手術室。
何時間経っても、その場所から動こうとしなかった。
「希空?」
名前を呼んでも返事はない。
だけど、その手は強く握り締められ、爪が食い込んだ手のひらから血が滲んでいた。
彼女は一体何を感じているのか、まだ誰にも分からない。
「……小鳥遊先生。」
名前を呼ぶと、帰ろうとしていた彼の足が止まった。
「あなた、一体何者なんですか?」
しばらくの沈黙が流れる。
「ただの施設長ですよ〜。」
軽い声で、手を振りながら去っていく。
嘘だと分かっていたが、彼のおかげじゃなければ、きっと今日1人の青年は犠牲になっていた。
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「………。」
黒いワンコから来た電話に、俺は最悪の事態を想定した。
たくさんの管に繋がれた正樹を見て、俺は怒りが込み上げた。
せっかく、安全な世界で暮らす事ができたのに。
これも、正樹の運命なのかと、運命を恨んだ。
「………逃げられると思うなよ。」
俺の顔から、いつもの笑みは消えていた。




