My Beloved Marionette
ジリジリと照りつける太陽に、思わず目を細める。
アスファルトから立ち上る熱気が足元にまとわりつき、タクシーを出て数分もしないうちに額に汗が滲んだ。
「あつっー」
そう言って、俺は少し駆け足で三鈴病院へ入った。
カウンターに行き、俺は田中先生を呼ぼうかと悩んでいると、初めて見る看護師さんから声を掛けられた。
「ご用件はなんですか?」
「あ、田中……田中先生いますか?希空・ローランの見舞いに来ました。」
「残念ながら、今対応で席を外していまして、名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「佐伯です。」
そう言うと、看護師さんが何かを調べた。そして笑顔で顔を上げる。
「はい、佐伯様ですね。病室がある階のカウンターで名前を記入してください。」
「田中先生の付き添いなしで行けるのですか?」
「はい、佐伯さんなら大丈夫です。」
そう言われて、エレベーターを促される。
まぁ、大丈夫と言われたなら、行くしかないよなぁ。
ローランさん、少しは体調良くなったのかなぁ。
そう思って、俺は足取りを早めた。
なぜか、ローランさんがいる階のカウンターで少し驚かれたが、下のカウンターで案内された事を言うと、病室を教えてもらえた。
そして、俺は名前を記入し、すぐに移動したから知らなかった。
「ねぇ、案内して大丈夫だったの?」
「さっき、1階から案内されたと言われたから、きっと解決したのよ。」
「でも、田中先生がいないのは変じゃない?今日は特に……。」
「そう言っても、案内されたから……様子見ましょう。いつでも動けるように準備だけしましょ。」
今この階で大変な事が起きているのが……
俺はローランさんの病室に着くと、ベッドに座って前を見てぼっーとしている、相変わらず、人間だと思えないぐらい綺麗な彼女に声を掛けた。
「ローランさん、お久しぶりです!佐伯です。体調は少し良くなりましたか?」
「…………。」
「実は、先週北海道に行って調べ物をして来ました。皆初めての事でバタバタしたのですが、いい情報を見つける事ができましたよ。」
「……………。」
「そこで、これを見つけまし……。」
ガラガラガラ
ローランさんの病室のドアが開いた。ん?田中先生かなぁ?
そう思って振り返って見ると、ドアの所に男性が立っていた。
誰だろ?
そう思って、俺は男性を見る。
シルバーの髪に、少し皺が刻んである顔。若い頃はさぞモテていたのだろうと思うぐらい、高身長でダンディな男性。
男性が優しく微笑みながら、こっちに近付く。
「やぁ、いつもうちの希空がお世話になっているね。」
優しい声に俺は慌てて立ち上がる。ローランさんの家族かなぁ?
「あ!いや、こちらこそ急に訪問してすみません。」
そう言うと、俺は頭を下げる。
長い足が少しずつこっちに近付く。
「でも、もう希空には構わないでくれ。」
少し冷たくなる声。
「ご、ご迷惑でした?気付かずに申し訳ございません。」
俺が謝って、顔を上げると男性がすぐ目の前に来た。
なんだろう、笑っているはずなのに、目が笑ってない。
俺は思わずゾクッとした。
「佐伯さん!!!その人から離れて!!!!!」
扉から誰かが叫んでいる。
「え?」
俺の声と共に、腹部には強い痛みが襲った。
なに?
俺は前を見ると、男性が恐ろしく真顔でこっちを見つめる。
「大丈夫、謝らなくて。うちの嫁に近付く害虫は僕がやっつけるから。」
「希空は優しいからね。嫌だって言えないんだ。だから僕が守ってあげないと。」
男がそう言うと、俺の腹部にもう一回強い痛みが襲って来る。
いたい、いたい、いたいよ。縛。
そう思っているのも束の間、男は包丁を大きく持ち上げ、振り下ろそうとする。
俺は次に来る痛みに備え、そっと目を閉じる。
……………痛みがこない。
そう思って目を開けると、目の前には揺れるミルクティー色の髪。そして、動きを止める男性。
「希空?」
男性がそう聞くと何処からか、鈴のような声が聞こえる。
「………だめ。」
その声の持ち主に気付くのに、時間は掛からなかった。
「取り押さえろーーー!!!」
病室にたくさんの人が駆け込み、男性を取り押さえる。
「包丁を離せ!!」
「警察に連絡しろ!!!」
その様子に俺は安堵し、膝から崩れる。
いたい、いたい……
俺は自分のお腹を押さえる。
「佐伯さん!しっかり!寝てはダメよ!」
田中先生に支えられながら、額から嫌な汗が流れ落ちる。
「い、いたい。」
「痛くて当たり前よ!今助かるから、絶対に気を失ってはダメよ!」
「う、うん。」
俺はそう答えながら、目を閉じそうになる。
いたい、寝てはダメ。
目線にはこっちを覗き込む女性。
天使かなぁ?俺やっぱりダメ?
「天使じゃないわよ!希空よ!!しっかり!!怪我人は意識が錯乱しており、傷も深めです。出血も多く出ているので、血液型を調べる必要があります。」
血液?だめだぁ……小鳥遊さん。俺の血は特殊で、普通の病院にはないって言ってた。何かあった時に、施設の病院には常に用意されていた。
「……うっ。」
俺はその事を言おうとしたが、痛みで声が出ない。
「正樹ー!」
聞き慣れた声に俺は顔を向ける。
見慣れた黒いワンコ。
「縛……いたい。」
そう言うと、手を握られ、周りが動き始めた。
「誰がやった!?」
そう言う縛に俺は手を引っ張る。
「縛……小鳥遊さん。」
「今は、あのメガネヤローはどうでもいい!」
「ちがっ……っ……小鳥遊さん……ち。」
そう言って俺は意識を手放した。
ただ暗闇の中に意識を落とし、遠くに聞こえるのは電話をする縛の声だった。




