脱出
さぁ、ここで困った事が発生です。
え?何かって?それはね。
今からどうやって、この施設を出るかという事よ。うん。
多分、柊木さんも同じ事を思っているのか、俺が端に寄せていた赤丸の付いたファイルと妹さんと縛のファイルを鞄にしまっている。
待って、その鞄どこから来たの!?
俺の視線を感じて、なんとなく言いたい事が分かっていたのか、柊木さんがニヤッと笑いながら自分のポケットを指した。
だから、どんだけポケットの容量2人とも大きいの!?
縛は立ち上がって、何やらモニター付近を探っていた。
ねぇ、2人とも切り替え早すぎない?
そんな事を考えていると
「やっぱりありました。」
縛が何かを見つけたらしい。
なんだぁ?と近付くと、縛が一つのボタンを指差す。
そのボタンには『緊急出口』と書かれていた。
俺は縛の顔を見る。
すると、縛がニヤッと笑った。
なんとなく嫌な予感がする。
「柊木さん、ビニール袋あります?」
「んぁ?あるぞ。」
「そのビニール袋の中に鞄を入れてください。」
「ん?分かった。何すんだ?」
「今からここを脱出します。」
「どうやって?」
俺が聞くと、縛はニヤッと笑ったまま、どこかへ行ってしまう。
なんだぁ?
戻って来た縛の手には、ライフジャケットが3枚があった。よく見るとヘルメットもある。
……なんか嫌な予感がする。
柊木さんもこっちに来る。
「忘れ物ないですね。」
そう縛が言うと、俺達は頷いた。
「では、今からこの施設を完全に閉めます。」
縛は静かにボタンを見る。
「……もう二度と、ここに入る事は出来ないでしょう。」
そう言った縛の表情は、ほんの少しだけ寂しそうに見えた。
何か言おうとした瞬間、縛は少しだけ目を伏せた。
14年間追い続けた場所。その全てに終止符を打つように、静かに息を吐く。
そして――
豪快にボタンを押した。
ガタンッ
急に襲ってくる浮遊感と水の感覚に、思わず叫び声が出る。
「「うわぁーーー!!」」
俺と柊木さんの叫び声とは反対に、縛は
「ハハハ!」
と爆笑である。
いや、笑う所じゃないから!
長いウォータースライダーみたいだぁ。
にしても長いなぁーーーーーー!!!
出口の明かりが少しずつ見え始めたと思った瞬間
ゴボボボッ
水の中に落ちた。
急いで上に上がろうと水を掻く。
でも……
上がらない!
後ろから誰かにぐいっと引っ張られて、俺はやっと水面から顔を出す事ができた。
「ぶぁっ!はぁ!はぁ!」
死ぬかと思った!!!!
周りをキョロキョロ見ると、長い水路の出口からうっすら光が差し込んでいた。
どうやら、日が昇って来たみたいだ。
「はぁ……はぁ……。」
やっと息が整うと、少し余裕が出てきた。
「ここどこ?」
俺が聞くと、俺の事を支えていた柊木さんが答える。
「分からん。」
分からんのかい!
近くを見ると、縛はもう出口付近にいた。
「こっちですよ。」
いやいや、こっちですよじゃないよ!
俺が少し怒っているのが分かったのか、柊木さんが「まぁまぁ」と言いながら俺を引っ張って行く。
俺は仰向けのまま顔を水面に出しながら、スイスイ泳ぐ柊木さんに運ばれていく。
ファイルも持ってるのに、すげぇなぁ。
出口に近付くと、水が上から流れ落ちていた。
滝?
3人が合流した所で、俺は姿勢を変えて自分で泳ぎ始める。
「……縛。次からは言って。」
そう言うと、縛はニヤッと笑った。
これは次も言わないなぁ……
「おふざけはこの辺でおしまいにしろ。」
柊木さんが言うと、縛が素直に頷く。
へへ、怒られてやんの〜。
ぺちん。
何もしてないのに、柊木さんに頭を叩かれた。
痛くないけど、心が痛い。
うん、ラーメンあとで奢ってもらおう。
心の声は出てないはずなのに、柊木さんに睨まれた。
怖い。
「で、状況は?」
柊木さんが縛に聞くと、縛が口を開く。
「この辺の地図は大体頭に入っているので、多分ですけど、今いるのはダムの近くにある川ですね。」
「川?」
「川ですね。多分、普通の川ですね。」
……普通の川ってなんだぁ?
「ちょっと様子見て来ます。」
そう言って、縛は水の中に潜った。
……そして、しばらく経っても浮かんで来ない。
「帰って来ない!」
俺が心配して焦っていると、足元を何かが掴んだ感覚があった。
「うわっ!うぅー!」
思わずパニックになっていると、柊木さんが無言で水の中に手を入れる。そして、そのまま持ち上げると――そこには縛がいた。
「水の中ではふざけるな。」
そう冷静に言うと、柊木さんは縛を下ろした。
……そういえば、さっき掴まれた感覚もない。
まさか!
ギロッと縛を睨むと、少し申し訳なさそうな顔をしていた。
「で?どうだった?」
柊木さんが普通に話を戻すと、縛もそっちを見る。
「向こうの川は浅かったですね。潜って抜けたら、多分すぐ立てるぐらいです。」
「すぐって、どのぐらいだ?」
「25mぐらいですかね?」
プールぐらいか。なら安心だぁ。
そう思っていると、柊木さんは少し考えるような顔をした。
「滝はどのぐらい潜ってくぐった?」
「水量がそんなになくて、流れも強くないので、10〜15mぐらいですかね。」
そう言うと、柊木さんが頷く。
「東雲、ファイル持って行けるか?」
……なんでそんな事聞くんだろう。
「行けますね。なんなら、正樹さん連れて潜る事もできますよ。」
そう言うと、柊木さんが俺を見る。
……なんで俺を見るのだろう。
「じゃあ、連れて潜ってくれ。」
「はい。」
え?
俺の意見は?
「正樹さん、手を繋いで行きますよ。5数えるので、息吸ってください。」
「え?ちょっ――」
「5、4、3、2、1。」
待ってぇーー!!
ザブンッ
勢いよく水の中に潜る。
ゴォォ……
水の中から聞こえる滝の音。
縛に手を引っ張られながら進んでいく。
暗い。
冷たい。
息が――
そう思った瞬間、水面に顔が出た。
「ごほっ!」
「大丈夫ですか?滝の水に巻き込まれるので、あと25m泳いでください。」
そう言われて、俺は自分から泳ぎ始めた。
でも……なかなか着かないなぁ……
そう思っていると、先に進んでいた縛が戻って来た。そして俺に仰向けになるように合図する。
仰向けになると、脇に手を入れられ、そのまま引っ張られる。そして、やっと川岸に着いた。
なんか……やっと息が吸えた気がする。
「おっ、無事着いたかぁ。」
後から来たはずなのに、いつの間にか柊木さんが先に着いていた。
「着きましたね。」
そう言って、縛は俺を座らせると背中をゆっくり撫でる。
なんだ?
「……お前、気づいてないのか?震えてるぞ?」
柊木さんに言われて、俺はやっと気づいた。
自分の手が、小さく震えている事に。
そういえば、こんなに冷たい水に囲まれたの久しぶりな気がする。
「水、苦手でした?すみません。全然気付きませんでした。」
縛に謝られて、俺は慌てて首を振る。
「いや、苦手なはずじゃないと思うけど。」
「……思う?」
「あっ、いや……でも、そういえばこんなに冷たい水に浸かったのは初めてかもです。」
「え?プールとかは?」
「温水プールなら経験ありますけど……」
そう言うと、柊木さんが苦笑いした。
「これも時代かねぇ。」
そう言われて、俺も笑った。
ただ、冷たかっただけ。
急に水に入ったから驚いただけ。
そう思う事にした。
でも――
あの冷たい水に沈んだ瞬間。
なぜか、胸の奥がざわついた。
あの感覚。
俺は、本当に初めてだったんだろうか。




