誰?
現れた穴を覗くと、中には階段が続いていた。
蛍光灯に照らされた階段の明るさが、やけに異様に映った。
「この中が本番という事か……。」
そう言ったのは、いつの間にか後ろに来ていた柊木さんだった。
縛は何も言わずに歩き出す。
その足取りは恐れもなく、ただ平然と降りて行く。
まるで、この先に何があるのか知っているかのように。
その背中を見て、なぜか俺はゾクッとした。
「おい!」
そう呼ぶ柊木さんの声も届かず、歩みを進めて行く。
置いて行く事も出来ず、俺はその後を付いて行く。
「あー、もう!」
柊木さんが苛立ちながらも、俺らの後に続いて来る。
3人で階段を降りて行くと――
ゴゴゴー
音を立てながら、扉は閉まって行く。
これでもう後戻りする事はできない。
そう覚悟を決めて、俺も歩き出す。
階段の出口に近付くにつれて、道が広がって行く。
そして、俺らの目の前に現れたのは鉄格子だった。
「今度は鉄格子かよ。」
「何でこんなにセキュリティーを強くするんですかね?」
そう俺が言うと、縛が口を開く。
「……逃さない為ですよ。」
その声はいつもの縛なのに、どこか違って聞こえた。
「何でわかるの?」
俺が聞くと、縛が鉄格子の向こう側を指差す。
真っ白な廊下。
ただ、その隅に見えるのは赤茶色の模様だった。
「「「…………。」」」
俺らは息を呑む。
……あれは、血の跡?
俺と柊木さんが思考停止している間に、縛は鉄格子の鍵穴を何かでカチャカチャしている。
迷いがない。
まるで、開け方を知っているみたいに。
「開きました。」
縛はまたもや平然とした表情で言う。
俺と柊木さんは顔を見合わせ、頷く。
柊木さんを先頭に再度列を組んで進んで行く。
真っ白な廊下には何もなかった。
新しい蛍光灯。
綺麗な道。
本当にここは14年間も使われなかった空間なのか?
廊下を突き進んで行くと、目の前から人が歩いて来る。
隠れる場所なんてない!
そう思った瞬間、柊木さんが走り出し、その人物目掛けて足技を仕掛ける。
そして――
その人物が倒れた瞬間、柊木さんも固まった。
やばい、柊木さん!!
そう思った俺は慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
そう声を掛けると、柊木さんがゆっくり立ち上がり、床に倒れた人……
いや、人型ロボットを指差す。
「……ロボット?」
「掃除ロボットですね。」
縛が当たり前のように言う。
……人型の掃除ロボットなんてあるの?
「問題ないです。先に進みましょう。」
そう言うと、縛はまたもや歩みを続ける。
……なんだ?
何かおかしい。
そう、階段を降りてから縛がおかしい。
まるで、ここを知っているかのように歩みを進めている。
でも、さっきまでは驚いたり、考え込んだりしていた。
あれは演技じゃない。
縛は本当に知らなかったはずだ。
なら――
どうして?
どうして、そんなに迷わず歩けるんだ?
「……縛?」
名前を呼んだ。
でも返事はない。
聞こえていない訳じゃない。
ただ、今の縛には俺達の声よりも、この先にある“何か”の方が大切に見えた。
柊木さんが俺の肩を押しながら歩みを進める。
その表情は険しく、縛を見ていた。
あー……
やっぱり柊木さんも気付いている。
縛の足は止まらない。
白い道をただ進んでいくと、両側に扉が現れ始めた。
縛は扉に目もくれず、ただ前を目指す。
声を掛けたい。
でも、声を掛けたら――
今の縛が壊れてしまう気がした。
道の終わりが見え始めた。
今までのものとは異なる、とても大きな扉だった。
扉の前にも電子キーが付いている。
縛は立ち止まった。
でも、それは考える為じゃなかった。
番号を探すことも。
解除方法を考えることもしない。
ただ当たり前のように、自分の手をかざした。
「……縛?」
嫌な予感がした。
ピッピ
『認証 東雲 縛』
「…………。」
ドアが開く。
その瞬間――
縛の肩が小さく揺れた。
「……あれ?」
小さく呟いた声は、いつもの縛だった。
縛は開いた扉と、自分の手を交互に見る。
その表情を見て、俺は理解した。
縛自身も知らなかったんだ。
なのに――
どうして迷わずここまで来れたんだ?
「お前は何者だ?」
柊木さんが俺を引っ張りながら、少しずつ縛から距離を取る。
それでも縛は怒らなかった。
悲しそうな顔もしなかった。
ただ、開いた扉と自分の手を見つめた後、困ったように笑った。
「俺も、自分が何者なのか知りたいですね。」
そう言うと、縛はいつものように綺麗なお辞儀をした。




