佐伯 正樹
俺の14年間は、きっと誰が見ても幸せだったと言うと思う。黒羽児童養護施設で暮らしていた。
ご飯は美味しい。
周りには常にたくさんの人がいた。
年下の子の面倒もよく見ていたし、年上にも頼りにされていた。先生達の言うこともちゃんと聞いた。
勉強もよくできてたし、テストを受ければいつも一位。
困ったことがあれば、大体自分でなんとか出来た。
そんな俺を見て、みんなはこう言った。
「手の掛からない子」
褒め言葉なのは分かってる。
でも、俺はその言葉がひどく嫌いだった。
この言葉が俺とみんなの壁を作られているような気がした。それを実感したのは、俺が11歳の時。
「正樹くん、今日ね正樹のお父さんとお母さんになりたいと言ってる人達が来てるの。良かったら会ってくれる?」
下の子に絵本を読んでいると、女性職員に声を掛けられた。
「うん。分かった。」
「ちょっと行って来るね。」
そう下の子に言うと、職員について行った。
部屋に入ると、そこにいたのは少しダンディな男性と、ふくよかで優しそうな女性。
「正樹くん、はじめまして。近藤史人です。こっちが妻の涼子です。今日はたくさんお話しできたら嬉しいな。」
そう言うと優しく席に座ることを勧められた。
「ありがとう。」
そう返すと、嬉しそうに笑う顔は今でも忘れられない。
「まぁ、お利口ね!こんな可愛い子が息子になってくれるなんて嬉しいわあ。」
そんな涼子の言葉に女性職員は表情を一瞬歪めるが、
すぐ表情を整えた。
「あくまで、選ぶのは正樹くんなので。」
そう言うと、近藤夫妻はお互いの顔を見合わせる。
「いや、これは失礼。嬉しさのあまりに失礼な言い方をしてしまったようだ。」
その後も、30分程面談をする。
「正樹くん、次も会いに来ていいだろうか?」
「うん。」
そう言うと2人は手を握り合っていた。
あれから季節を跨り、気付けば、近藤さん夫妻と出会って、半年になろうとしていた。
今日は2人との面談日。小鳥遊さんが一緒に行ってくれるようだ。
「おっ!正樹くん。準備バッチリだね。決まってるよ〜。」
そう言って俺の頭をぐりぐりと撫でる。
そんな小鳥遊さんに「もうー」と言いながらも、その手の感触に嬉しさを感じた。
部屋に入ると、近藤夫妻がこっちを見て微笑む。
「正樹くん、今日はお土産を持って来たよー。」
「じゃーん!ラーメンのぬいぐるみ!」
初めて見るものに、俺が興味を持った姿を見て、近藤夫妻が声を掛ける。
「正樹くん、良かったら1ヶ月ぐらい私達のお家に来ない?」
涼子さんがそう言うと、俺は小鳥遊さんを見た。頷いている姿を見て、俺は「うん。」と答えた。
そして、秋の11月
俺は小鳥遊さんと一緒に近藤夫妻の家まで行った。
小鳥遊さんは近藤夫妻の所には週に一回訪問することになっていたが、俺はお泊まりで1ヶ月住むことになった。
最初の1週間は生活環境が変わった事もあり、間違えることもあったが、慣れるとすぐに失敗することはなくなった。
「正樹くん、朝ごはん何食べたい?」
そう聞く涼子さんに
「涼子さんが作ってくれたものならなんでも嬉しいです。」
と言った。最初は喜んでいたのに、1ヶ月に近くなると、質問が返って来た。
「正樹くん、食べたい物言っていいのよ?」
「はい。僕は涼子さんが作った物なら嬉しいですよ?」
と返した。その返答に近藤夫妻は困惑していた。
1ヶ月経った今日、小鳥遊さんが迎えに来る。
「おっ!正樹くん久しぶりに見たら、少し背が伸びているじゃない?」
と頭をグリグリと撫でる。俺は久しぶりのその手がすごく嬉しかった。
近藤夫妻とさよならした後、施設に戻って1ヶ月。
今日はクリスマス。
今まで月に一回は来てくれていた近藤夫妻は、今月は来ていない。
職員に話を聞こうと、事務所の前を通った時偶然聞いてしまう。
「正樹くんの話聞いた?」
「あー、近藤夫妻の話?」
「そうそう、近藤夫妻どうやら辞退したらしいわよ。でも、施設には正樹の為に寄付はしてくれるみたい。」
「え?寄付はしてくれるのに、辞退するの?」
「そうよ、なんでもお利口過ぎて、私達では自信がないと言って辞退したらしいわぁ。」
「お利口ならいいじゃないですか?」
「あなたはまだ来て少ししか経ってないから分からないかもしれないけど、あの子はお利口すぎるのよ。子どもらしいダダはこねないし、なんでも自分で解決するでしょ?」
「あー、確かにそうですね。手は掛からないですけど、存在感はバッチリですよね。」
「そうなのよ、時々大人と話してる気分になってしまうわぁ。私だって時々不安になるもの。あの子、本当に困った時、ちゃんと私達に助けてって言えるのかなって。」
そんな話が聞こえ、俺は子ども達が集まっている所に戻った。するといつも絵本を読んでと頼んで来る男の子が来た。
「お兄ちゃん、絵本読んで!」
「いいよ。」
俺が読むと嬉しそうな顔をする、その顔につられて俺も笑顔になった。
………今2月、絵本を読んであげていた子はもういない。あの子は、近藤夫妻の養子になって幸せに暮らしている。
俺は手に持った絵本をそっと本棚に戻した。
部屋に置いてあるラーメンのぬいぐるみを見て、ひどく心が痛む。
それから、18歳になるまで毎年里親候補とは会っていた。時には子どもがいる家庭に行ったり、ペットがいる家庭に行ったりした。でも、俺の家族はいない。
古びたラーメンのぬいぐるみを見て、俺はそっとゴミ箱に入れた。
来月は施設を出る日。
まぁ、いいかぁ〜
俺はまた1人になるだけだぁ。




