気付かない振りをしていた
今日で北海道に来て3日目。
柊木さん一家は柊木さん以外旅行を楽しんでます。おれら男3人は何をしているかと言うと、専門の機器を使って、鈴鳴りダムを捜索している。
今の所怪しい所はなく、明日は実際に鈴鳴りダムに行くことになった。この3日間、パソコンやら資料やらと昼夜関係なく調べていた為か、目がシバシバする。
「おっ、東雲これ見てくれ。」
柊木さんが一枚の資料を縛に渡す。そこに書いてあったのは、鈴鳴りダム開発に関する新聞記事だった。
『鈴鳴りダム建設計画、住民との交渉難航』
古びた新聞には、そんな見出しが大きく書かれている。内容は、ダム建設予定地だった鈴鳴り村の住民達が、最後まで立ち退きを拒否していたというものだった。
理由は先祖代々受け継いできた土地を守りたいというもの。
……まぁ、よくある話だ。
だが、読み進めるうちに少し違和感を覚える。
『村長を含む一部住民、外部との接触を拒否』
『調査員の立ち入りを制限』
『村内に住民登録されていない子どもがいるとの噂も』
「……子ども?」
思わず、その一文に目が止まる。
「なぁ、柊木さん。これ……」
「俺もそこが気になった。」
柊木さんは真剣な表情で新聞を指差す。
「ただ、当時は田舎特有の閉鎖的な村ってことで片付けられてる。実際に調査も入ったらしいが、問題なしって報告されてるな。」
「問題なし……ねぇ。」
縛が小さく笑う。
でもその笑顔は、いつものものとは違った。
「問題がない場所ほど、隠すのにはちょうどいい。」
その言葉に、部屋の空気が少しだけ重くなった。
ぐぅー…………
ぐぅー…………相変わらず締まらない腹である。
そういえば昨日の昼から何も食べてなかったなぁ……なんて、自分のお腹を見ていると――
ピッピッ
部屋のロックが解除される音が響いた。
「ちょっと!!」
勢いよくドアが開き、入ってきたのは真美ちゃん達だった。
「さすがに三日間も部屋に篭りっぱなしは体に悪いわよ!」
真美ちゃんは腰に手を当てて、完全に怒っている。
……真美ちゃん、ぷんぷんまるだぁ。
「ほらっ!外行くよ。」
「おー。」
「…………。」
柊木さんと縛が適当に返事をする。
その瞬間、真美ちゃんが静かに荷物を置いた。
そして拳を握る。
……あっ。
これはまずいやつだぁ。結愛ちゃんが俺に向かって、小さく手招きする。俺は静かに移動した。
ゴンッ!
「いったー!!」
真美ちゃん、力技だぁ。……ん?縛、澄ました顔して俺の隣にいるけど。
俺は見たからな?真美ちゃんが柊木さんにゲンコツした瞬間、誰よりも早く立ち上がって避難したの。
まぁ、確かに三日間も篭ってるのは俺でもダメだと思う。柊木さんは現在、真美ちゃんから絶賛お説教中である。
ぐぅー……。……お腹空いたなぁ。
そう思った瞬間、真美ちゃんの視線がこっちに向いた。
「もう!ほら、佐伯くんお腹ぺこぺこじゃない。あなたがしっかりしないと、この子達ご飯もちゃんと食べないでしょ!?」
……なんかすまん。
でもご飯かぁ。
北海道だし、味噌ラーメン食べたいなぁ。
そんなことを考えて少しワクワクしていると、縛が静かに口を開いた。
「先に鈴鳴りダムへ行ってきます。皆さんは明日来てください。」
…………。このタイミングで言うかぁ?
思わず、少しイラッとした。
「あら。来る前に約束したでしょ?行くなら皆で行きましょうって言ったわよね?」
真美ちゃんがそう言うが、縛は静かに首を横に振った。
「そもそも、行動を制限される意味が分かりません。僕は自分のペースで行きます。」
そう言いながら、縛は左胸のポケットを押さえる。
その仕草を見て、少しだけ違和感を覚えた。
でも、その時の俺は気付かなかった。
「縛、その言い方はないだろ?真美ちゃんは俺達のことを思って言ってくれてるんだから。」
「そんなの僕には関係ありません。僕は早く行かないといけないんです。」
いつもの縛じゃないことには気付いていた。
気付いていたけど。
「今日と明日の差だろ?そんな変わらないじゃん。」
「変わります!」
珍しく縛が声を荒げた。
「やっと……やっと見つけた手掛かりなんです。」
「でも、たった十数時間だろ?早く行ったところで、この間に何か変わるのか?」
「…………。」
縛は答えない。
「とりあえず僕は行きます。」
「だから、皆一緒に明日行こうって話してるじゃん!」
「それじゃ遅いです!」
肩を震わせながら怒る縛。
初めて、子どもみたいに感情をぶつけて来る。
いつもは澄ました顔で、大人の対応をする事が多い縛。
だからなのか。
俺も、ずっと引っかかっていたことを口にしてしまった。
「……なんでそんなに焦ってるんだよ。」
「…………。」
「もう14年も探してきたんだろ?だったら、あと少しぐらい――」
言った瞬間。
縛の表情が変わった。
あっ、間違えた。
そう思った時には、もう遅かった。
「……もう14年なんですよ。」
縛は俺の服を掴んだ。
「14年も探したんです……」
怒っているはずなのに、縛の目から涙が落ちていた。
「毎日、毎日、探して……調べて……」
「何もなくて……」
「それでも諦められなくて……」
「やっと……やっと、ここまで来たんですよ……」
分からない。
俺には分からない。
縛が何を探しているのか。
何が、ここまで縛を動かしているのか。
「……おかしいよ、お前。」
口にした瞬間、自分でも最低だと思った。
縛の手から力が抜ける。
そして――
ドンッ
気付いた時には、俺は床に座り込んでいた。
縛は何も言わず、部屋を出て行く。
「東雲くん!」
真美ちゃんと結愛ちゃんが慌てて後を追いかけた。
残された部屋は、さっきまでの騒がしさが嘘みたいに静かだった。
柊木さんが、俺の前にしゃがむ。
「佐伯。」
「…………。」
「流石に、今のは言い過ぎだぁ。」
「……分かってますよ。」
分かってる。
言っちゃいけないことだった。
縛が14年間、どんな気持ちで探していたのかなんて俺には分からない。
でも――なんでだろう。
あいつが鈴鳴りダムに行くって言った瞬間。
胸の奥がモヤモヤした。
縛が何かを見つけたら。
全部終わったら。
もう俺の家に勝手に入ってくることも。
ご飯を作って待っていることも。
当たり前みたいに隣にいることも。
なくなる気がした。
「…………あぁ。」
やっと分かった。
俺、怖かったんだ。
縛が離れていくことが。
縛はこの先もずっと一緒にいると思っていた。




