黒羽児童養護施設
あの話から、もう3日が過ぎた。
縛と一緒にネカフェに行っては、柊木さんと情報交換をしたりしていた。
でも、お互いに話の進展はない……。
分かった情報といえば、柊木さんが愛妻家なのと、娘Loveなことぐらい。
どのぐらい愛妻家なのかと言うと、1時間に1回は電話するぐらい……。結婚して20年目というから驚きの熱々さだぁ。
結愛ちゃんに関しては、この3日間、友達を連れて遊びに来ることがあったけど、その中に男友達も混ざっていたのが気に入らないらしく、大人気なかった。
何かとは言わないけど、大人気なかった。
そして、結愛ちゃんに怒られてた。
うん、自業自得よなぁ。
縛はここ3日間、ネカフェに来る以外はずっと忙しそうだった。
仕事をしている気配はないのに、なぜかお金に困っている気配もない。
むしろ、働いている俺より金銭的な余裕まである。
……なので、気付けば家に増えてきた高級家具に恐怖を感じている。
……うん。怖い。
俺はと言うと、有給中だから満喫することにした。
ネカフェで事件を調べることもあれば、猫カフェで猫と戯れて目が痒くなったり〜。
映画館で映画を見ていたら、目の前でカップルの接吻を1時間見ることになったり〜。……人って1時間も接吻できるんだなぁ。うん……リア充は滅べばいいと思う。
極め付けは、本屋に行こうと思ったら、行きつけの本屋が潰れていたり〜。
とまぁ、充実した休みだったよ。
……飽きない休みだったよ……。
今日は元々有給を取っていた日。
久しぶりに、育ててくれた人に会いに行く予定がある。
俺がいた児童養護施設では、なぜか18歳を過ぎると施設内への立ち入りは禁止なのだ。
外で会う分には全く問題ないという、なんともヘンテコなルール。
まぁ、決まったものは仕方ないし、今更変えられないしなぁ。
「縛、俺今日施設長に会いに行く予定だけど、一緒に来る?」
そう聞くと、縛はすごい速さで首を横に振った。
「大丈夫です。用事があるので、先に行きます」
そう言って、ワタワタと準備を始める。
……朝は「今日はゆっくりできます〜」って、ご飯作りながら言ってたのに。予定変わったのかなぁ?
まぁ、いいか。
俺は施設長に渡す手土産を持って、約束のカフェへ向かった。
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カフェに着くと、見慣れた姿がこちらに手を振っていた。
「おっ!正樹ー!こっち!」
嬉しそうに笑いながら手を振っていたのは、メガネをかけた、緩い天パの男。
……あっ、右側に寝癖がまだ付いてる。
「小鳥遊さん、久しぶりです」
そう軽く頭を下げると、小鳥遊さんは俺の頭を乱暴にぐりぐりと撫でた。
「半年見ない間に、また身長伸びたんじゃないか?……いや、もう大人だから伸びないのか?」
そういう所が昔のままで、俺はひどく安心した。
「そうですよ〜。もう大人だから伸びませんよ。まぁ、小鳥遊さんよりは背高いですけどね」
ニヤッと笑いながら頭を上げると、小鳥遊さんは少し拗ねた顔をした。
「こいつ〜。人が気にしてることを〜」
「まぁ、とりあえず座れ」
促されるまま席に座ると、小鳥遊さんは「何食べる?」とメニュー表を渡してくれた。
そのメニュー表を見て、俺は一言。
「……ラーメンはないですね」
そう言うと、目の前の小鳥遊さんは笑いながらため息をついた。
「どうせ昨日もラーメンとか食っただろ?栄養を考えて、ちゃんと摂らないとダメだからなぁ」
昔から、栄養と健康面の話になると口煩くなる。
健康に気を遣っているからなのか分からないけど、小鳥遊さんは40代後半なのに、30代前半ぐらいに見える。
しかも落ち着いた雰囲気と優しい見た目のせいか、昔から施設でも職員の女性とよくトラブルになっていた。
まぁ、いわゆるストーカー被害?
でも不思議と、警察沙汰になる前にいつもその職員が辞めていく。
「聞いてる?正樹」
小鳥遊さんが、俺の前で手を振っていた。
「聞いてる〜聞いてる〜。それよりさぁ、小鳥遊さん最近少し太ったんじゃない?お酒の飲み過ぎでしょ〜」
俺がそう言い返すと、小鳥遊さんはメニュー表を指差した。
「おっ?これとか美味そうじゃないか?」
……話逸らした。
あっ、気にしてたんだ。
思わずクスッと笑ってしまう。
ご飯を注文した後は、最近どうかと近況報告をしたり、雑談をしたりした。
「あっ、そういえば最近知ったんですけど、14年前の事件?人身売買に関わったやつ。俺、その被害者だったみたいです」
「へぇー…………ん?小説の話か?」
一瞬だけ、小鳥遊さんの動きが止まった。
「違いますよ。本当の話ですよ。なんか警察の保護リストに入ってたのを、同居人が見つけたらしくて」
「ん?待って待って。同居人?いつの間に同居人なんて出来た?」
不思議そうな顔をする小鳥遊さん。
「え?んーと、一週間前?いや、もう二週間ぐらいになるのか?」
俺自身も、いつからなのかはっきり覚えていない。
「そ、そうか。最近の若者はシェアハウスとかするのがブームらしいなぁ……」
そう言う小鳥遊さんの顔は、少し引きつっていた。
「東雲っていう人なんですけど、ちょっと変わっているんですよね〜。」
「……東雲?」
小鳥遊さんが小さく呟いた気がした。
「はい。やたらとお世話したがったり、この前なんてネカフェに行った時、検査キットとか出し始めた時はどうしようかと思いましたよ」
俺の話を聞いた小鳥遊さんは、あんぐりと口を開けた。
「……大丈夫かぁー?なんか変なことになってないか?」
心配そうな顔をする小鳥遊さん。
「大丈夫ですよ。危害はないです」
「それは心配してない。……そうか、知ってしまったのかぁ」
そう言うと、小鳥遊さんはポケットから小さな箱を取り出した。
なんだろうと見ていると、机の上でその箱を開ける。
「なんですか?これ?」
見た感じ、銀色のタグみたいだけど。
「これ、ネームタグ。正樹が施設に預けられた時、首に付けていたやつ」
「記憶にないですけど?」
「そりゃそうだよ。正樹、施設に来る前に思い切り頭打ったって聞いてるし。施設に来た後もしばらく昏睡状態だったからなぁ。起きた時には何も憶えてなかったし、無理に掘り起こすのもね?」
ケロッと、俺が記憶喪失だったことを話す小鳥遊さん。
「え?俺、頭打ってるの?」
小鳥遊さんは、ん?とキョトンとした顔をした。
「あれ?話したことなかったっけ?詳しい話は俺も知らないけど、なんか滑って頭打ったって聞いたぞ」
……滑って頭打つって。
…………俺らしいわぁ。
「まぁ、これいつか渡さないとなぁと思ってたから。持っておきな」
箱を受け取り、ネームプタグを手に取る。
表には――佐伯 正樹。
そして裏には、
654321124513333351924173
数字だけが刻まれていた。
……なんだこれ?
「なんですか?これ?」
そう小鳥遊さんに聞くと、小鳥遊さんはいつものように笑った。
「なんだろうね〜」
そして、何事もなかったように立ち上がる。
「じゃ、小鳥遊さんは仕事に戻らないと、また怒られちゃうからそろそろ帰るね〜。また何かあったら、小鳥遊さん呼んで〜」
そう言って、小鳥遊さんは手土産を持って店を出て行った。
俺は、小鳥遊さんから渡されたネームタグに夢中で――
店を出た小鳥遊さんをじっと見つめる、黒い影には気付かなかった。
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「あの子は本当に、変な人に好かれやすいなぁ〜」
小鳥遊は独り言を呟きながら、ゆっくり歩いていく。
「相変わらず、黒いワンちゃんの嗅覚が鋭いことで〜」
車に乗り込み、バックミラーを見る。
そこに映る黒い影に、懐かしさを感じた。
「まぁ……これも彼の計画なのかな?」
小鳥遊は小さく笑い、車を走らせた。




