月下の美人
「……じゃあ、あとはお願いします。」
由一さんが警察の人に頭を下げると、相手も軽く会釈をした。
「こちらで確認しますので、皆さんは一度お戻りください。」
「分かりました。」
隠し部屋の発見によって、書庫には数人の警察官が集まっていた。
本棚の奥を覗き込む人。
巻物の状態を確認する人。
写真を撮っている人。
……なんか、すごいことになっちゃったなぁ。
俺は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
「……正樹さん。」
「ん?」
「そろそろ戻りましょう。」
縛が俺の隣にやって来た。
「……もう?」
「はい。あとは警察の方に任せます。」
「……そっかぁ。」
俺はもう一度、開いた本棚を見る。
……秘密基地。
もう少し探検したかったなぁ。
「……正樹さん。」
「なに?」
「今、まさか残念だと思いました?」
「……え?」
「思ってたのですね。顔に書いてありますよ。」
「…………。」
……なんで分かるんだろう。
俺が不思議に思っていると、後ろから柊木さんの声が聞こえた。
「おい〜佐伯。帰るぞ〜」
「今行きますー。」
俺は縛と一緒に書庫を出た。
------------------------------------------------
ザザーン……。
ザザーン……。
クルーズに戻って来ると、海から吹いてくる風が頬を撫でた。
「……ふぅ。」
俺は大きく息を吐いた。
……疲れたぁ。
森に行って、屋敷に行って、秘密基地を見つけて……。
今日もいろいろあったなぁ。
「正樹さん、眠いですか?」
「……ちょっと。」
「部屋に戻ってから寝てくださいね。」
「へ〜い!」
そう返事をしたところで、道徳が口を開いた。
「先輩、先にみんなに報告してからですよ。」
「……え?」
「真美さんたち、待ってると思いますし。」
「……あ。」
そうだった!
俺はすっかり忘れていた。
「……じゃあ、早く行こう!」
「さっきまで眠いって言ってたのに……。」
道徳が呆れたように呟いた。
……だってぇ。
早く終わらせれば、その分たくさん寝られるじゃん!
------------------------------------------------
「おかえりなさーい!」
部屋に入ると、真美ちゃんが笑顔で迎えてくれた。
「ただいまぁ!」
俺が手を振ると、真美ちゃんは俺の顔をじっと見つめた。
「……あら?」
「ん?」
「正樹くん、また何かやった?」
「……え?」
……なんで?
「顔が楽しそうなんだもの。」
「……えへへ。」
「……やっぱり。」
真美ちゃんが笑った。
その横で、柊木さんが大きくため息を吐く。
「こいつ、屋敷で隠し部屋を見つけやがった。」
「……え?」
真美ちゃんが目を丸くした。
「隠し部屋?」
「そう!」
俺は胸を張った。
「秘密基地!」
「……秘密基地?」
「本棚が動いたんだよ!」
「……本棚が?」
「うん!」
俺は両手を広げた。
「こう、ゴゴゴゴゴゴ……って!」
「……正樹さん。」
縛が俺の肩に手を置いた。
「少し落ち着いて説明しましょう。」
「……いや、落ち着けないよ!男のロマンだよ!」
俺は鼻息を荒くして言った。
「それで、何が見つかったの?」
真美ちゃんが尋ねる。
「巻物と写真です。」
縛が答えた。
「巻物?」
「はい。以前、獅鳳さんが話していた三本足のカラスが描かれていました。」
「……ああ、あの話ね。」
真美ちゃんが頷いた。
「それと、写真も三枚見つかったのですよ。」
縛がスマホを取り出した。
「こちらです。」
画面に映し出されたのは、若い男女と一人の赤ちゃん。
「これは獅鳳さんのご両親だそうです。」
「……へぇ。」
真美ちゃんが画面を覗き込んだ。
「若いわねぇ。」
「美男、美女だよね〜。」
俺が言うと、真美ちゃんはじっと見た。
「本当ね。あら、赤ちゃん一人しかいないの?」
「……そうなんだよ。不思議だよね。」
真美ちゃんはもう一度、写真を見つめた。
「こちらは、獅鳳さんと凰真さんの幼い頃の写真です。」
縛が次の写真を見せる。
「あらぁ!可愛い!」
真美ちゃんが声を上げた。
「そっくりねぇ!」
「双子だからね!」
「そうだけど、可愛いものは可愛いのよ。」
「……確かに!」
俺は頷いた。
……二人とも可愛いよねぇ。あの二人の子どもなら、可愛いのも納得だ。
「それから、これが最後の一枚。」
縛が画面を切り替えた。
短い髪の、幼い男の子。
「……ん?」
真美ちゃんが画面を覗き込んだ。
「……よく見せて。」
真美が縛からiPhoneを取ると、じっと写真を見つめた。
「あれ?」
「どうしたの?」
俺が尋ねると、真美ちゃんはさらにiPhoneに顔を近づけた。
「……この子。」
「うん?」
「どこかで見たことがある気がするわ。」
「……え?」
俺は真美ちゃんを見つめた。
「知ってるの!?」
「ううん。そうじゃなくて……。」
真美ちゃんは少し考え込んだ。
「この子に似た人を見た気がするのよ。」
「……似た人?」
「そう。」
「どこで?」
真美ちゃんは口元に手を当てた。
「……あ!」
突然、声を上げる。
「このクルーズよ!」
「……え?」
「このクルーズで見かけたの!」
「…………。」
部屋の中が、ざわざわと騒がしくなった。
「……真美さん。」
縛が静かに口を開いた。
「それは、いつ頃のことですか?」
「えーっと……夜中ね。」
「……夜中?」
「そう。眠れない時にお散歩することがあるんだけど、その時に見かけたのよ。」
「……どんな人だったの?」
俺が尋ねると、真美ちゃんは少し嬉しそうに笑った。
「それがねぇ、すっごく綺麗な人だったの!」
「……綺麗?」
「そう!思わず見ちゃったくらい!」
「……美人さん?」
「うーん……。」
真美ちゃんが首を傾げた。
「それが、男の人なのか女の人なのか、分からなかったのよねぇ。」
「……え?」
「ズボンを履いていたんだけど、それだけじゃ分からないでしょう?」
「……確かに。」
俺は頷いた。
……ズボンなら俺も履いてるし。
「でも、顔立ちが本当に綺麗でねぇ。」
真美ちゃんは写真を指差した。
「この子の面影があったような気がするのよ。」
「…………。」
俺は写真を見つめた。
短い髪の男の子。
……この子に似た人。
「……まみちゃん。夜中一人で散歩してたのか?」
ショックを受けたみたいな顔をする柊木さん。
「えー、散歩したわよ。」
「俺を置いて?」
「爆睡してたじゃない。起こすわけないでしょ。」
「……そんなーー!!!!これからは俺も行くから絶対に起こして!!!」
相変わらず重い愛な柊木さんであった。
縛はそんなやり取りも気にせずに、写真を見つめる。
「……ちなみに。」
獅鳳くんが口を開いた。
「その人を見かけたのは、一回だけですか?」
「ううん。」
真美ちゃんは柊木さんを抑えながら、首を横に振った。
「三日連続よ。」
「……三日?」
「そう。三日続けて見かけたの。」
「……同じ場所で?」
縛が尋ねる。
「ええ。いつも同じ廊下だったわ。」
「……何時頃ですか?」
「夜中の……そうねぇ。日付が変わって、しばらくした頃かしら。」
「…………。」
縛が考え込んだ。
「3日間も俺を置いて!!!!」
「もう、いいでしょ。少しぐらい。」
「いや、ダメ!真美ちゃんの安全第一なのもあるけど、俺を置いていくのはダメだぁ。」
そう言って抗議する柊木さん。
その横で、獅鳳くんも写真を見つめている。
「今夜……似てる人、見て行くか。」
獅鳳くんが呟いた。
「……え?」
俺が顔を上げる。
「真美さん。その人を見かけた場所、教えてもらえますか?」
「もちろんよ。」
獅鳳くんは意を決したように口を開いた。
「……今夜、行ってみようと思う。」
「……おお!」
俺は思わず声を上げた。
面白そう!!!
「俺も行く!」
「正樹さん。」
縛がこちらを見た。
「もう眠いんじゃなかったんですか?」
「……眠いよ?」
「……でしたら。」
「好奇心は睡眠に勝つ!」
「…………。」
縛が小さく息を吐いた。
「……分かりました。」
「やったぁ!」
「見たらすぐ寝てください。」
「はーい!」
……おー!俺ワクワクして来た!!
⸻
コツ……。
コツ……。
夜中のクルーズは、昼間とは全く違う雰囲気だった。
明かりはついているものの、人の姿はほとんどない。
遠くから、船の機械音が微かに聞こえてくる。
俺は小さく欠伸をした。
こっくり、こっくり……。
そのまま柱に頭を軽くぶつけた。
「……痛っ。」
縛が俺の方を振り向き、頭を軽く確認する。
「大丈夫ですか?」
「……うん。」
「もう少し静かにしてください。」
「……はーい。」
……痛いのだけど、心配してくれたのは一瞬だった。
今ここにいるのは、俺と縛、それから獅鳳くんの三人。
真美ちゃんが教えてくれた廊下で、例の人物が現れるのを待っている。
「……本当に来るのかなぁ。」
俺が呟くと、獅鳳くんが時計を確認した。
「分からない。でも、三日連続で見かけたって言ってたから。」
俺は廊下の奥を見る。
……誰もいない。
「……ねぇ、縛。」
「はい?」
「こういうのって、張り込みって言うんだよね?」
「……そうなりますかね。」
「……おぉー。」
「……何ですか?」
「なんか、探偵みたい!」
「…………。」
縛が俺を見つめた。
「……正樹さん。」
「ん?」
「遊びではありませんよ。」
「分かってるよぉ!」
……ちょっと楽しいけど。
「……あ。」
獅鳳くんが小さく声を漏らした。
「……ん?」
俺が顔を上げる。
コツ。
……コツ。
廊下の向こうから、足音が聞こえてきた。
「……正樹さん。」
縛が静かに呼ぶ。
「……うん。」
俺は口を閉じた。
薄暗い廊下の奥。
一人の人物が、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。
長いズボン。
すらりとした体形。
そして――。
その人が照明の下に姿を現した瞬間。
「……綺麗。」
思わず、声が出た。
……すっごい綺麗な人。
整った顔立ち。
どこか儚げな雰囲気。
男の人なのか、女の人なのか。
……分からない。
でも、綺麗。
俺は思わず見入ってしまった。
「…………。」
隣から、何も聞こえない。
……ん?
俺は獅鳳くんの方を見た。
「……獅鳳くん?」
「…………。」
返事がない。
獅鳳くんは、その人物をじっと見つめていた。
目を大きく見開いたまま、動かない。
「……獅鳳くん?」
もう一度呼ぶ。
それでも、返事がない。
……どうしたんだろう?
俺が首を傾げた、その時。
「……いや、そんなまさか。嘘だろ。」
獅鳳くんの口から、小さな声が漏れた。
「……え?」
俺が振り向くと、獅鳳くんの顔色が変わっていた。
まるで、信じられないものを見たかのように。
その視線は、廊下の向こうにいる人物から離れない。
そして――。
「……おばちゃん?」




