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人類の罪  作者: 華
幸せの形
136/144

カネモチの書庫

ザザーン……。

ザザーン……。


「……暗いねぇ。」


俺は目の前に広がる森を見つめた。


昼間はあんなに明るかったのに、今は木々の奥が真っ黒になっている。


空には星が輝いているけれど、森の中までは光が届いていない。


「正樹さん、足元に気をつけてくださいね。」


「はーい。」


縛が持っている懐中電灯が、地面を照らしている。


その隣では、道徳もスマホのライトをつけていた。


「……それにしても。」


道徳が口を開いた。


「本当に今夜行くんですね。」


「巻物あるかなぁ?」


「先輩、遠足じゃないんですからね。」


「へーい。」


俺は頬を膨らませた。


……まったく。


俺をなんだと思っているのやら。ちゃんと分かってるよ〜。


今回の目的は、尾野家に伝わる巻物を探すこと。


三本足のカラス。


双子の伝承。


そして、森の中にあった祠。


……何か見つかるといいなぁ。


「……ねぇねぇ。」


「はい?」


「巻物って、忍者が持ってるやつだよね?」


「……忍者だけではありませんよ。」


縛が答える。


「そうなんだけど、もう少しロマンを。」


「今はそれを求める時じゃないでしょ。」


「…………。」


正論だった。


……でも、俺はロマンを持っていたい。


「でも、忍者の巻物だったら大発見だね!」


「そうですね。」


縛は少し呆れたような声で答えた。


「……縛さん。」


道徳が呆れたように口を開く。


「はい?」


「いつも家ではこれなんですか?」


「出会ってからずっとこんな感じでしたよ。何か問題でも?」


「……いえ。」


道徳は小さくため息を吐いた。


……ん?


なんで?


俺は二人を交互に見つめた。


まぁ、いいか。


俺達は再び森の奥へ歩き始めた。


ザッ、ザッ、ザッ……。


足元の落ち葉が、靴の下で音を立てる。


昼間は鳥の声が聞こえていたのに、今は虫の鳴き声しか聞こえない。


時々、風が吹くたびに木々が揺れた。


ガサガサ……。


「…………。」


……ん?


俺は足を止めた。


「正樹さん?」


「……今、なんか動かなかった?」


縛が懐中電灯を向ける。


パッ。


光に照らされたのは、大きな木の幹と、揺れる葉っぱだった。


「……風でしょうか。」


「……そうだよね。うん!そうだよね。」


俺は頷いた。


……うん。


風だよね。


きっと。


「怖いですか?」


縛が尋ねてきた。


「怖くないよ!」


「そうですか。」


「うん!」


「では、手を繋ぎましょうか。」


「……え?」


俺が顔を上げると、縛は何事もなかったように手を差し出していた。


「足元が暗いですから。」


「…………。」


……なるほど。


暗いからね。


俺はその手を握った。


「ありがとう!」


「どういたしまして。」


その後ろから、道徳のため息が聞こえた。


「……本当に仲がいいですね。」


「でしょ!」


俺が振り返ると、道徳は苦笑いを浮かべていた。


……なんだ?


まぁ、いいや。


しばらく歩くと、木々の隙間から大きな建物が見えてきた。


「……あ。」


俺は思わず声を上げた。


「あった!」


目の前には、尾野家の屋敷が建っていた。


昼間に見た時も大きかったけれど、夜になると、さらに不気味に見える。


窓のほとんどは暗く、建物全体が黒い影のようになっていた。


「……相変わらず、大きいですね。」


道徳が呟く。


「うん。」


俺は屋敷を見上げた。


……お化け屋敷みたい。


「正樹さん。」


「ん?」


「入る前に、一つ確認しておきましょう。」


縛が足を止めた。


「なに?」


「今回は巻物の確認が目的です。ほかの場所には勝手に入らないでくださいね。」


「はーい!」


「特に外の地下室には近づかないでください。」


「…………。」


……外の地下室。


俺は思わず足元を見た。


あそこには、血痕と腸があった。


……うん。


さすがに、もう行きたくない。


「分かってるよ。」


俺が頷くと、縛は安心したように微笑んだ。


屋敷は警察の捜査が続いているため、獅鳳くん達を通して、立ち入りが許可されている場所だけ確認することになっていた。


俺達は入口で待機していた警察官に事情を説明し、案内された通路を進んだ。


ギィィ……。


重たい扉が開く。


「……おお。」


俺は思わず声を漏らした。


広い廊下。


高い天井。


壁に並ぶ絵画。


そして、奥へと続く長い階段。


……やっぱり、すごい家だなぁ。


「書庫は二階でしたね。」


縛がスマホを確認する。


「はい。獅鳳くんから送られてきた場所だと、東側の廊下の奥みたいです。」


道徳が答えた。


「じゃあ、行こう!」


俺は階段へ向かって歩き始めた。


「正樹さん、走らないでくださいね。」


「走ってないよぉ!」


……まだ。


俺達は階段を上り、二階の廊下へ進んだ。


コツ、コツ、コツ……。


足音が、やけに大きく響く。


廊下には古い写真や絵画が並んでいた。


歴代の家主の似顔絵だろうか。


……なんか、こっちを見てる気がする。


どれも高そうな立派な額縁に収められている。


「……すごいねぇ。」


「そうですね。」


「尾野家って、やっぱりすごいお金持ちなんだね。」


「……今さらですか?」


道徳が俺のことをじっと見る。


「こんな家、見たことないよ!」


「普通の家ですよ。」


「……カネモチコワイ。」


そんな話をしながら歩いていると、道徳が一つの扉の前で足を止めた。


「……ここですね。」


扉の横には、小さな金属製のプレートがあった。


『書庫』


「おー!テレビに出そう!!」


俺は思わず身を乗り出した。


「はやくはやく!」


「正樹さん、声を抑えてください。」


「……はーい。」


俺は小声で返事をした。


縛が扉を開ける。


ギィ……。


中には、天井近くまで伸びる本棚が並んでいた。


古い本。


分厚い資料。


木製の箱。


そして、いくつもの引き出し。


高級感のある造りに、俺は口をあんぐりと開けた。


「……うわぁ。」


俺は目を丸くした。


「すごっ。え、すごっ。図書館みたい。」


「確かに、かなりの量ですね。」


縛が室内を見渡す。


「おじさんは本好きだったので、よく買っていたという話は聞きました。」


そう言って、道徳はキョロキョロと周囲を見渡した。


「巻物は、どこにあるんでしょう。」


道徳が尋ねる。


「獅鳳くんの話では、昔は奥の棚に保管されていたそうです。」


「じゃあ、奥だね!」


俺は本棚の間を進んだ。


歩いても、歩いても、本。


すごい本の数。


こんなの、全部読んでたら何年かかるんだろう?


一生?


いや、俺には二生くらい?


……二生ってなんだ?


「正樹さん?」


「……ん?」


「何を考えているんですか?」


「二生ってあるのかなぁって。」


「……二生?」


「一生で読み終わらなかったら、二生必要かなぁって。」


「なるほど。」


縛が頷いた。


「今世では読み終わらないということですか?」


「そうそう!」


「……先輩。そんな得意げに。」


道徳が頭を抱えた。


「なんで縛さんは理解できるんですか?」


「正樹さんの言いたいことは分かりますから。」


「……そうですか。」


……ん?


何かおかしい?


俺は首を傾げた。


そんなことを話していると、縛が奥の棚の前で足を止めた。


「……ここでしょうか。」


そこには、ほかの棚とは少し違う、古い木製の収納棚があった。


ガラス扉の向こうに、細長い箱がいくつか並んでいる。


「……巻物っぽい!」


俺が覗き込むと、縛が頷いた。


「確認してみましょう。」


縛は許可された棚の扉を開け、慎重に箱を取り出した。


机の上に置き、蓋を開く。


「…………。」


中には、古びた巻物が収められていた。


「……おおおお。」


俺は目を輝かせた。


「本物だぁ!」


「そうですね。」


縛が小さく微笑む。


「状態は悪くなさそうですが、慎重に扱いましょう。」


俺達は机の上に巻物を広げた。


サラサラ……。


古い紙が、ゆっくりと姿を現す。


そこには、筆で書かれた文字が並んでいた。


「…………。」


……読めない。


「縛。」


「はい?」


「これ、何語?」


「日本語ですよ。」


「……え?」


俺はもう一度、文字を見た。


……日本語?


本当に?


「昔の文字ですから、読みづらいですね。」


「……なるほど。」


俺は頷いた。


……いや。


全然分からん。


道徳も隣から覗き込んだ。


「……これ、解読するのに時間がかかりそうですね。」


「そうですね。写真を撮って、あとで確認しましょう。」


縛がスマホを取り出す。


その後も、俺達は棚に並んだ箱から巻物を一つずつ取り出して確認した。


……でも、一個も読めない。


しかも、俺が触ると壊しそうだからという理由で、途中から触らせてもらえなくなった。


……ひどい。


仕方がないので、俺は大人しく本棚を眺めることにした。


本当に色んな本があるなぁ。


一冊も知ってる本がない〜!!!


……あっ、これは知ってるかも。


夏目漱石。


懐かしいなぁ。学生の時にレポートを書いたっけ。


俺は本を手に取ると、その隣にある本が気になった。


……ん?


この一冊だけ、やたらと綺麗だなぁ。


俺は手を伸ばして取ろうとする。


……ん?


取れない。


なんで?


もう一度引っ張ってみる。


……動かない。


じゃあ、押してみようかなぁ。


グッ。


……あ、動いた。


ガチャッ。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


「…………。」


……ん?


本棚が、ゆっくりと横に動き始めた。


……おお。


なんか開いた。


さっきまで聞こえていたカメラのシャッター音も止まり、俺は背後から視線を感じた。


「…………。」


……あれ?


俺、何かした?


ゆっくり振り返ると、縛と道徳がこちらを見ていた。


「……正樹さん。」


「……はい。」


「大人しくしているって、どういう意味か分かります?」


「……ちゃんと音も立てずに、静かに本を読もうとしてたよ。」


「…………。」


二人の気配が近づいてきた。


「……先輩は、ある意味強運ですね。」


……怒られるなら、こんな強運はいらない。


俺は内心で文句を言った。


本棚の奥には、一人が入れるくらいの小さな部屋があった。


「……秘密基地?」


俺が覗き込もうとすると、縛に襟の後ろをぐいっと引っ張られた。


「ぐぇ。」


「正樹さん、待ってください。」


縛は部屋の中を懐中電灯で照らし、何か小さなものを投げ入れた。


コトン。


「……安全そうですね。」


……なんか、当たり前のこと言ってる〜。


俺が縛をじっと見ていると、縛はそのまま部屋に足を踏み入れた。


「………え?」


縛は俺に構わず、部屋の中を調べ始めた。


……先に行くみたいだぁ。


俺が見つけたのに〜。


そう思いながら、俺も後に続いた。


部屋の中は狭く、三人が入ると身動きが取りづらい。


俺は壁に寄りかかった。


……ん?


壁にも巻物がある。


俺は顔を上げると、飾られている巻物の端から端まで目を動かした。


文字。


文字。


文字。


……ん?


「あ!」


俺は思わず指を差した。


「カラス!」


巻物の端に、一羽の鳥が描かれていた。


白い体。


赤い目。


今にも羽ばたきそうな翼。


そして――。


足が三本。


「……ありましたね。」


縛が目を細めた。


「どこですか?」


道徳がキョロキョロと辺りを見渡す。


「あそこ!」


俺が指を差すと、道徳も同じ巻物に目を留めた。


「本当に同じ模様です。」


「獅鳳くんの記憶は間違ってなかったんですね。」


「うん!」


俺は嬉しくなって、もう一度絵を見つめた。


……三本足のカラス。


森の祠にもあった模様。


やっぱり、尾野家と関係があるんだ。


「……それにしても。」


道徳が呟く。


「双子の伝承って、どんな内容なんでしょう。」


「気になりますね。」


縛は壁に飾られた巻物の文字を写真に収めていく。


「詳しく調べる必要がありそうです。」


「……そっかぁ。」


俺は頷いた。


……残念。


すぐに分かると思ったのになぁ。


そう思いながら、俺は巻物の周囲を見渡した。


……ん?


「見て見て!写真!」


壁に飾られた巻物の近くに、いくつかの写真が並んでいた。


俺は狭い部屋の中で、縛をぐいっと押しながら写真の前へ移動した。


「……正樹さん。」


縛の話を聞かずに、俺は写真をじっと見つめた。


「触らずに、まず確認しましょう。」


「はーい。」


軽い返事をする俺の隣で、縛も写真に目を向けた。


俺は顔を上げ、三枚の写真をじっくり見た。


一枚は、若い男女と赤ちゃんが写っている写真。


もう一枚は、幼い男の子の写真だった。


そして、最後の一枚には、患者服を着た二人のそっくりな男の子が写っていた。


「……おお。」


俺は最初の写真を覗き込んだ。


若い男性が、赤ちゃんを抱いている。


その隣では、女性が優しそうに微笑んでいた。


「……家族写真かな?」


「そう見えますね。」


「この赤ちゃん、誰だろう?」


「尾野家の方でしょうか。」


道徳が言った。


俺は写真をじっと見つめた。


……ん?


この男の人。


なんとなく、獅鳳くんに似てるような。


「……ねぇ。」


「はい?」


「これ、獅鳳くんのパパかな?」


縛が写真を覗き込んだ。


「……可能性はありますね。」


「だよね!」


俺はもう一度、赤ちゃんを見る。


ぷくぷくした頬。


小さな手。


そして、丸い目。


……可愛い。


「じゃあ、この赤ちゃんは獅鳳くん?」


「そうかもしれませんね。」


「おおお!」


俺は思わず笑った。


「獅鳳くんにも、こんな時があったんだぁ!」


「誰にでも赤ちゃんの頃はありますよ、先輩。」


道徳が笑う。


「そうだけどぉ!」


俺は言い返そうとした。


その時、ふと一つの疑問が頭をよぎった。


……ん?


もう一度、写真を見る。


赤ちゃんは、一人。


「……あれ?」


「どうしました?」


「獅鳳くんって、双子だよね?」


「はい。」


「……でも、赤ちゃん一人しかいないね。」


「…………。」


縛も写真に視線を落とした。


「……確かに。」


「もう一人は?」


「撮影した時に、たまたま一緒にいなかったのかもしれませんね。」


「……そっか。」


俺は頷いた。


……そうだよね。


写真って、全員が一緒に写るとは限らないもんね。


でも、なんとなく気になった。


「……あ。」


俺は隣の写真に目を向けた。


「こっちは男の子だ。」


そこには、幼い男の子が一人で写っていた。


短く整えられた髪。


きちんと着せられた服。


そして、どこか緊張したような表情。


「……誰だろう?」


道徳が首を傾げた。


「尾野家の親戚でしょうか。」


縛が写真を見つめる。


「……分かりませんね。」


「獅鳳くんの小さい頃とか?」


「それも考えられますが、確認しないと分かりません。」


「そっかぁ。」


「あ!こっちは獅鳳くんと凰真くんかなぁ!?面影ある!」


俺は三枚目の写真を指差した。


道徳はその写真を見ると、目を細めて笑った。


「二人ですよ。このくらいの時が一番遊びました。」


懐かしそうに写真を見つめる道徳。


俺は邪魔しちゃいけないと思い、少し隣に移動した。


そして、最初の二枚の写真を見比べた。


赤ちゃんが一人だけの家族写真。


そして、幼い男の子の写真。


……なんで、巻物の隣に置いてあるんだろう?


「ねぇ、縛。」


「はい?」


「この写真も、何か関係あるのかな?」


縛は少し考えてから答えた。


「……分かりません。」


「そっか。」


「ただ、巻物と一緒に保管されていた理由は気になりますね。」


「うん。」


俺は再び写真に目を向けた。


小さな赤ちゃん。


幼い男の子。


そして、隣にある巻物。


……なんだろう。


どれも、普通の写真に見えるのに。


なぜか、引っかかる。


「……縛。」


「はい?」


「これ、獅鳳くんに見せてみようよ。」


「そうですね。」


縛は頷くと、写真を一枚ずつ撮影した。


カシャッ。


カシャッ。


カシャッ。


「確認してもらいましょう。」


「うん!」


俺はもう一度、幼い男の子の写真を見つめた。


……誰なんだろう?


その子は、写真の中で静かにこちらを見つめていた。


まるで、何かを伝えようとしているみたいに。


「…………。」


……気のせいかな。


俺は小さく首を傾げた。


その時だった。


コツ……。


「…………。」


……ん?


廊下から、小さな音が聞こえた。


コツ……。


コツ……。


足音?


俺はゆっくりと扉の方を振り返った。


「……ねぇ、縛。」


「はい?」


「誰か来た?」


縛の手が止まった。


道徳も扉を見つめる。


コツ……。


コツ……。


足音が、少しずつ近づいてくる。


「…………。」


縛は静かにスマホを下ろした。


そして、俺達を見た。


「……二人とも、僕の後ろに。」


「…………。」


……え?


俺は思わず息を呑んだ。


コツ……。


コツ……。


足音は、書庫の前で止まった。


「…………。」


誰も動かない。


誰も話さない。


ただ、閉じられた扉を見つめていた。


そして――。


カチャ。


ゆっくりと、ドアノブが回った。

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