導かれた先
ソラについて、俺達は再び尾野家の屋敷付近にやって来た。
相変わらず、警察の人達が屋敷の周囲を調査している。
黄色い規制線が張られた屋敷の前では、数人の警察官が行き来していた。
何かを記録している人もいれば、地面を調べている人もいる。
……これ、入れないじゃん。
そう思いながら、俺達の足取りが自然と遅くなる。
しかし、ソラは屋敷の横を通り過ぎ、そのまま森の奥へと進んでいった。
え?
屋敷に用事があったんじゃないの!?
「おい、あいつどこまで行くんだ?」
柊木さんが眉を寄せながら、遠ざかっていくソラを見上げた。
「分かりません。でも、追いかけましょう。」
縛がそう言うと、俺達は再び足を速めた。
森に入る前、俺は縛に下ろされ、自分の足で走ることになった。
……楽だったのに、残念。
そう思っていると、縛がじとっとした目で俺を見てきた。
……考えてること、バレた?
イケメンの顔が台無しだゾォー。
そんなことを考えながら、俺達はソラの後を追いかけた。
森の中へ入ると、周囲の空気が少しひんやりとした。
頭上には大きな木々が生い茂り、枝葉の隙間から差し込む日差しが、地面にまだら模様を作っている。
足元には湿った落ち葉が積もり、走るたびにカサカサと音を立てた。
「はぁ……はぁ……。」
……疲れた。
さっきまで縛に運んでもらってたから、余計に疲れる気がする。
前を飛んでいくソラは、そんな俺達の苦労なんて知らないように、悠々と木々の間を抜けていった。
……鳥っていいなぁ。
しばらく進むと、ソラは一本の木の枝に止まり、静かにこちらを見つめた。
「はぁ……はぁ……。やっと止まったか。」
そう言いながら、柊木さんは額の汗を拭う。
肩を上下させながら大きく息を吐き、近くの木に片手をついた。
俺も膝に手を置いて息を整える。
……もう走りたくない。
そう思いながら顔を上げると、周囲の景色が目に入った。
「……あれ?ここ、なんか見覚えがある。」
そう呟きながら、辺りをキョロキョロする。
高く伸びた木々。
生い茂った草。
そして、奥へと続く細い道。
……どこだったっけ?
ん〜。
…………。
まぁ、いいか。
とりあえず、ソラから時計を返してもらわないと。
そう思った瞬間、ソラは枝から飛び立ち、獅鳳くんのところへ向かった。
「うわっ!」
獅鳳くんが反射的に両手を差し出す。
すると、ソラはくちばしにくわえていた腕時計をその手に落とし、再び空へと飛び立っていった。
「……なんだ?屋敷の裏に案内されたかと思ったら、ただの気まぐれか?」
獅鳳くんが首を傾げると、道徳がその手元を覗き込んだ。
「とりあえず、時計が無事で良かったね。」
「ああ。」
獅鳳くんは腕時計を持ち上げ、表と裏を確認する。
傷がついていないことを確かめると、ほっとしたように息を吐いた。
そして、大事そうにポケットへしまった。
「良かった良かった〜。」
俺がそう言った瞬間、柊木さんと縛がゆっくり近づいてきた。
……ん?
なんか嫌な予感。
「佐伯。お前は反省しろ。」
「え?」
柊木さんは腕を組み、呆れたように俺を見下ろした。
その隣では、縛がにっこりと笑っている。
……あ。
これ、怒ってる時の顔だ。
「大事な手掛かりをソラに持っていかれるとは、どういうことですか?」
「え、でも、ソラって野生だし……。」
「そもそも、時計を持ち上げて見る必要があったんですか?」
「ほぃ。」
「……ん?」
縛の笑顔が少し深くなる。
……怖い。
「はい!社長の言う通り、考えが足りませんでした!」
俺が背筋を伸ばして答えると、柊木さんが横から口を挟んできた。
「東雲、もっと厳しくいかないと反省しないぞ。」
……余計なことを!!
後で真美ちゃんにチクってやる!!!
縛が一歩近づいてくる。
俺は一歩下がる。
また一歩。
俺も一歩。
さらに一歩。
俺も……。
バキッ。
「…………。」
……ん?
足元から、何かが折れるような音がした。
……今、何か踏んだ?
「カァー。」
いつの間にか戻って来たソラが、頭上で鳴いた。
その声に顔を上げると、ソラは枝の上からじっと俺を見下ろしている。
……なんだよぉ。
そう思っていると、麗子さんがつまらなさそうに口を開いた。
「足元に祠があるさぁ。」
「…………。」
……え?
まさか。
俺、祠を踏んじゃった!?
恐る恐る足元を見ると、そこには苔に覆われた小さな祠があった。
木の根元にひっそりと置かれたそれは、周囲の草に半分ほど隠れている。
長い年月、誰にも手入れされていないのか、表面には厚い苔が張りついていた。
……あれ?
「…………あ!」
俺はパッと顔を上げる。
縛も何かに気づいたように、周囲を見渡した。
「これ、あの夜の場所!」
「そうみたいですね。」
縛は近くの木を見上げると、少しだけ眉を寄せた。
俺もその視線を追う。
木の幹。
枝の付け根。
そして、葉っぱの隙間。
……あ。
黒いものが見える。
「監視カメラは、まだ作動しているようですけどね。」
「……え?」
その一言に、俺達は一斉に周囲を警戒した。
柊木さんはすぐに背後を振り返り、道徳も表情を引き締める。
獅鳳くんはポケットに手を入れたまま、木々の間へ視線を向けた。
そうだった。
ここ、監視カメラだらけだったんだ。
さっきまで聞こえていた鳥の鳴き声が、急に遠く感じる。
「ここを離れよう。」
柊木さんが低い声で言った。
その時だった。
麗子さんが静かに狼の背中から降りた。
麗子さんの足が、落ち葉の上にそっと降りる。
そのまま祠へ近づくと、首元から何かを取り出した。
……ん?
麗子さんは祠の前にしゃがみ込み、手に持ったものと祠を何度も見比べていた。
長い髪が肩から滑り落ち、横顔を隠した。
……あれ?
あの銀色のものって……。
「そ、それ……。」
「ん?あー、これね?」
麗子さんが顔を上げ、手元のものを持ち上げた。
木漏れ日を受けて、小さな銀色のプレートがきらりと光る。
「うん、それ!そのネームタグ!」
「これは、生まれた時からずっと持ってるさぁ。」
「…………。」
……え?
生まれた時から?
俺は思わず麗子さんの方へ近づいた。
頭の中が一気に混乱していく。
え?
ちょっと待って。
もしかして……。
14年前の事件の被害者!?
いや、でも……。
そんな気配、まったくなかったけど!?
ええええええ!?
俺は麗子さんの隣に腰を下ろした。
すると、麗子さんが不思議そうにこちらを振り向く。
黒い瞳が、まっすぐ俺を見つめていた。
「…………。」
「なんね?」
「そ、そのネームタグ、見てもいい?」
「ネームタグ?これね?」
「うん!」
「いいさぁ。」
麗子さんは首からネームタグを外すと、俺に差し出した。
「ありがとう!」
俺は受け取ったネームタグをぎゅっと握りしめる。
手のひらに、ひんやりとした金属の感触が伝わってきた。
……もしかしたら。
新しい被害者を見つけたのかもしれない。
でも……。
俺は恐る恐る手のひらを開いた。
銀色の小さなプレート。
そこに刻まれていたのは――。
「……ん?」
文字じゃない。
名前も、数字もない。
ただ、一つのイラストが描かれているだけだった。
……あれ?
このイラスト……。
どこかで見たことがあるような……。
「……これと一緒じゃろ?」
麗子さんがネームタグと祠を交互に指差した。
俺はその指の先を追う。
苔に覆われた祠。
その表面には、古びた模様が刻まれていた。
俺は顔を近づける。
苔が邪魔で、よく見えない。
指先でそっと苔を払うと、その下から鳥のような模様が現れた。
……カラス?
いや、普通のカラスじゃない。
足が……三本?
「…………あ。」
俺はもう一度、ネームタグを見つめる。
三本の足を持つカラス。
……これ。
どこかで……。
…………。
ああああああ!!!!
鈴鳴りダムだ!!!
あそこで見た模様と一緒じゃん!!
「お、同じだね……。」
俺は驚きのあまり、口を閉じることができなかった。
……なんで、ここにもあるんだ?
鈴鳴りダムと、この島。
全然違う場所なのに。
俺はネームタグと祠を交互に見比べた。
何度見ても、同じ模様だ。
「…………。」
いつの間にか、縛も後ろから覗き込んでいた。
縛はネームタグを見る。
そして、祠を見る。
さらに、麗子さんを見る。
もう一度、ネームタグ。
いつもなら何かしら言ってくるのに、今日は何も言わない。
……珍しく驚いてる。
表情、死んでるけど。
少し離れたところでは、小鳥遊さんが腕を組み、俺達の様子を眺めていた。
その視線は、俺の手元にあるネームタグへ向けられている。
「おい、そろそろ行くぞ。」
柊木さんが近づいてきて、俺達に声を掛けた。
その声には、さっきまでの呆れた様子がなかった。
時折、周囲の木々へ視線を向けている。
すると、麗子さんが俺に向かって手を差し出した。
「…………。」
「ん?」
俺はその手を見つめる。
……握手?
そう思って、俺も手を伸ばした。
「…………。」
「…………。」
……あれ?
なんで握り返してくれないの?
麗子さんは差し出した手を動かさず、じっと俺を見ている。
「先輩、多分その銀色のやつ、返してほしいんじゃないですか?」
いつの間にか近くに来ていた道徳が、呆れたように言った。
「……あ。」
そっち!?
「あ、はい!見せてくれてありがとう!」
俺は慌ててネームタグを返した。
「……いいさぁ。」
麗子さんはネームタグを受け取ると、再び首に掛けた。
そして、何事もなかったかのように立ち上がり、森の奥へと歩き始める。
白い服の裾が、草の上を静かに揺れた。
その後ろを狼がついていく。
「お、おい!」
柊木さんが声を掛けた。
その瞬間――。
ゴオオオオオッ!!
突然、強い風が吹き上がった。
「うわっ!」
俺は思わず目を閉じる。
木々が激しく揺れ、葉っぱが舞い上がる。
細かな砂が頬に当たり、俺は腕で顔を覆った。
「正樹さん!」
すぐ近くで縛の声が聞こえる。
肩に手が触れ、引き寄せられた。
そして、風が収まった頃。
ゆっくりと目を開けると――。
「…………。」
……いない。
麗子さんも。
狼も。
どこにもいなかった。
さっきまで二人が歩いていた場所には、落ち葉が静かに積もっているだけだった。
……え?
俺は左右を見渡す。
木の陰。
草むら。
奥へと続く道。
……いない。
「……幽霊じゃないよね?」
思わずそう呟いた瞬間。
ゴツンッ!
「いったぁ!!」
柊木さんに頭を叩かれた。
「失礼だぞ。」
「そんなつもりで言ったわけじゃ……。」
「今のは正樹くんが悪いですよ。」
獅鳳くんが笑いながら近づいてきた。
そして、俺達の足元にある祠を興味深そうに覗き込む。
「へぇー。こんなところに祠があったのか。知らなかった。」
「えー!自分の家なのに!?」
「ここ、造りが古いからさ。俺も四回ぐらいしか来たことないんだよ。」
「へぇ〜。」
獅鳳くんはしゃがみ込み、祠の表面を眺めた。
苔に覆われた木の板。
古びた装飾。
そして、その中央に刻まれた模様。
「…………。」
……ん?
獅鳳くん?
どうしたの?
獅鳳くんは突然、動きを止めた。
さっきまで浮かんでいた笑みが、ゆっくりと消えていく。
何かを確かめるように、少し顔を近づけた。
そして、三本足のカラスをじっと見つめる。
「…………。」
……どうしたんだろう?
「おい、そろそろ行かないとまずいぞ。」
柊木さんが俺の手を引っ張った。
「あ、はーい。」
俺は立ち上がり、そのまま柊木さんについていく。
縛達も後ろから歩き始めた。
しかし、獅鳳くんだけはまだ祠の前に立っていた。
「…………。」
そして、ポケットからiPhoneを取り出す。
カシャッ。
小さなシャッター音が、静かな森に響いた。
獅鳳くんは撮影した写真を一度確認すると、画面を消してポケットにしまう。
それから何事もなかったかのように、俺達の後を追いかけてきた。
最後までその場に残っていた小鳥遊さんは、祠をじっと見つめていた。
その目は、何かを観察するように細められている。
「……ほぉー。」
そう小さく呟くと、ゆっくりと歩き始めた。
やがて、俺達の足音が遠ざかっていく。
カサッ……。
カサッ……。
そして、誰もいなくなった森には、再び静けさが戻った。
木々の隙間から差し込む日差しが、苔に覆われた小さな祠を照らしている。
その表面には、三本足のカラスが静かに刻まれていた。
…………。
ウィーン……。
木々の間に設置された監視カメラが、ゆっくりと動いた。
まるで、誰かがその場に残された祠を見つめているかのように。




