泥棒はいけません。
「……凰真が事件に巻き込まれたのは、これが理由だったのか?」
獅鳳くんの言葉に、誰も答えなかった。
俺は縛に抱えられたまま、獅鳳くんの手にある手紙を見つめる。
……腕時計。
そういえば、凰真くんが持っていた腕時計も、事件の後に見つかってないんだよね。
でも、なんで腕時計なんだろう?
「……あの。」
静まり返った部屋に、小さな声が響いた。
「……ん?」
声のした方を見ると、さっきの船員が俯いていた。
「……実は、もう一つあるんです。」
「もう一つ?」
獅鳳くんが振り返る。
船員は何かを迷うように、何度も手を握ったり開いたりしていた。
「……さっき、全部話したって言いましたけど……。」
「…………。」
「……まだ、隠しているものがあって。」
……え?!まだあるの?
獅鳳くんの表情が険しくなる。
「……何を隠している?」
「……ちょっと待ってください。」
船員はそう言うと、自分の机へ向かった。
引き出しを開け、中をしばらく探している。
ガサガサ……。
「…………。」
俺たちは黙って、その様子を見守った。
やがて、船員は何かを握り締めたまま戻ってきた。
「……これです。」
そう言って、ゆっくりと手を開く。
「…………。」
その手のひらにあったのは――。
「……腕時計?」
思わず声が出た。
一見すると、どこにでもありそうな普通の時計だ。
「……それは?」
獅鳳くんが尋ねる。
「……翔太の机に、お金と一緒に置いてありました。」
「……お前。」
獅鳳くんが眉間にしわを寄せる。
「まだ隠していたのか?」
「す、すみません!!」
船員は慌てて頭を下げた。
「でも、それが何なのかは本当に知らないんです!!」
「…………。」
「……それで、一緒に盗んだんですね。」
縛が静かに言った。
「……はい。」
船員は小さく頷いた。
「……最初は、お金になるかもしれないと思って持ってきました。でも、あの手紙と一緒にあったものだから、何となく怖くなって……。」
船員は腕時計を見つめた。
「捨てることもできなくて、ずっと隠していました。」
……うーん。
この人、鈴木さんのものを結構持って行ったなぁ。
「……見せてもらってもいいか?」
獅鳳くんが手を差し出す。
船員は素直に腕時計を渡した。
「…………。」
獅鳳くんは腕時計を手のひらに載せ、表と裏を確認する。
その時だった。
「…………え?」
獅鳳くんの手が止まった。
「……どうかしましたか?」
縛が尋ねる。
だが、獅鳳くんは答えない。
腕時計を裏返し、側面を確認する。
そして、もう一度表に戻した。
「……いや、待てよ。」
獅鳳くんは眉を寄せ、腕時計を光にかざした。
「……これ、親父の時計だ。」
「え?」
縛が横から覗き込む。
「どうして分かったんですか?」
「……そりゃ、幼い頃からずっと見てたからな。自然と傷の場所とか覚えてるんだよ。」
獅鳳くんは腕時計の側面を指でなぞった。
「……ここの傷も、裏側の傷も……同じだ。」
「…………。」
「……でも、おかしいな。」
獅鳳くんは小さく呟いた。
「この時計は、千代子おばさんのところで行方が分からなくなったはずなんだ。」
「……そうなんですか?」
「ああ。だから、なんで鈴木が持っていたのか分からない。」
獅鳳くんは、もう一度腕時計を見つめた。
さっきまでとは違い、その表情は険しい。
「……警察に相談するか?」
「そうですね。ただ、腕時計は何か関係がありそうですし、凰真くんにも確認してもらいたいですね。」
「……ああ。そうだな。」
俺も縛の肩越しに腕時計を見つめた。
……んー。
でも、これって……。
「……ねぇ、獅鳳くん。」
「ん?」
「証拠品を勝手に持って行ったら、犯罪にならない?」
「…………。」
獅鳳くんが黙ってしまった。
「……あれ?」
なんか変なこと言った?
「……まぁ、勝手に持ち出すのはまずいだろうな。」
獅鳳くんが小さく呟く。
……だよね?
その時だった。
小鳥遊さんが、獅鳳くんの手から腕時計をひょいっと取った。
そして――。
ポトッ。
船員のベッドの上に落とした。
「え!?小鳥遊さん!?」
「あれれ〜?こんなところに腕時計が落ちてるぞ〜。」
「…………。」
「持ち主が分からないから、とりあえず保管してあげないとね〜。」
……ん?
なんだか、ものすごく棒読みなんだけど。
すると、縛も口を開いた。
「これは大変ですね。しっかり保管しないといけませんね。」
そう言って、船員を見る。
船員は一瞬きょとんとした顔をした。
だが、何かを察したように、突然両手で目を覆った。
「あ、ああ〜!大変だぁ〜!目に埃が入って前が見えない〜!」
「…………。」
……え?
何?
何が起きてるの?
「……そうか。それは大変だな。」
獅鳳くんが真面目な顔で頷いた。
「落とし物なら、責任者の俺が預からないとなぁ。」
そう言って、ベッドの上にある腕時計を拾い上げる。
「……あ、そうだ。落とし物センターに持っていこう。」
さらに、近くに置かれていた手紙とお金にも手を伸ばした。
「……これは、まとめて確認してもらおう。」
「…………。」
俺は一連の流れを、ぽかーんと眺めていた。
……。
……いやいやいや。
ちょっと待って。
「……ねぇ、縛。」
「はい。」
「……これ、何の芝居?」
「……さぁ、何のことでしょう?」
縛はにっこり笑った。
……絶対分かってる顔だ。
「……行くぞ。」
獅鳳くんが手紙とお金、腕時計を持って部屋を出た。
俺たちもその後を追う。
船員は相変わらず目を覆ったままだった。
……大丈夫かな、あの人。
廊下に出ると、獅鳳くんが小さく息を吐いた。
「……さて、どうするか。」
「とりあえず、腕時計を詳しく確認したいですね。」
縛が答える。
「……うん。」
俺は獅鳳くんの手元をじっと見つめた。
……あれ?
そういえば、まだちゃんと見てないなぁ。
「……ねぇ、獅鳳くん。」
「ん?」
「その腕時計、ちょっと見てもいい?」
「……ああ。落とすなよ。」
「大丈夫だよ!」
獅鳳くんが俺に腕時計を渡した。
俺は片手で縛の肩にしがみつきながら、もう片方の手で腕時計を受け取る。
……おー。
意外と重い。
「……へぇ。」
表を見て。
裏を見て。
横からも見てみる。
「……普通だね。」
「そうですね。」
縛が頷いた。
「何か気になるところでもありますか?」
「ううん。全然!」
「……そうですか。」
……なんだ、その残念そうな顔は。
俺だって、何か見つけたかったよ!
そう思いながら腕時計をもう一度ひっくり返した時だった。
バサッ、バサッ……。
「……ん?」
羽ばたく音が聞こえた。
視線を向けると、ソラが俺たちの近くまで飛んできていた。
「……ソラ?」
ソラは廊下の手すりにとまると、じっと俺の手を見つめた。
……ん?腕時計?
「……これ?」
俺が腕時計を少し持ち上げると、ソラは首を傾げながらこちらを見た。
「……欲しいの?」
「正樹さん、おもちゃではありませんよ。」
「分かってるよ!」
俺は縛に返事をしながら、ソラを見つめた。
ソラも俺を見つめている。
「…………。」
「…………。」
……なんだろう。
めっちゃ見てくる。
ソラは羽ばたくこともなく、じっと腕時計を見つめている。
……あれ?
なんか、いつもと違う?
「……ソラ?」
俺が首を傾げた、その瞬間。
バサッ!!
「……え?」
ソラが勢いよく羽ばたき、俺の手から腕時計をくわえ取った。
「……あ。」
俺の手から、腕時計が消えた。
「…………。」
ソラは腕時計をくわえたまま、俺の頭上を飛んでいる。
「……ソラ?」
「…………。」
「……それ、返して?」
ソラはこっちをチラッと見た。
そして――。
バサバサバサッ!!
「……え?」
廊下の奥へ飛んでいった。
「……ええええええ!?」
……ちょっと待って。
今、飛んでいったよね!?
俺が状況を理解するまでに、少し時間がかかった。
「ソラーーーー!!!」
「……何!?」
獅鳳くんが振り返る。
「腕時計!!ソラが持ってった!!」
「はぁ!?」
「ソラーー!!待ってーー!!」
俺は慌ててソラを追いかけようとした。
……が。
動かない。
「……あれ?」
「正樹さん。」
縛の声が頭の上から聞こえる。
「……何?」
「僕が抱っこしていることを忘れていませんか?」
「……あ。」
そうだった。
俺、縛に抱っこされてたんだった。
「縛!!追いかけて!!」
「……はいはい。」
縛は俺を抱え直すと、ソラの後を追って走り始めた。
「ちょっと待て!!」
獅鳳くんも慌てて続く。
道徳と小鳥遊さん、柊木さんも後ろから追いかけてきた。
「……お主ら。」
麗子さんの呆れた声が聞こえた。
「うむ。面白そうだから手伝うぞ。」
そう言うと、麗子さんは後ろからついてきていた狼の背中にひらりと飛び乗った。
「え!?」
狼が勢いよく駆け出す。
麗子さんは愉快そうな表情を浮かべながら、俺たちの横を通り過ぎていった。
「……野生児ーー!!」
俺は麗子さんを指差す。
「正樹さん、しっかり掴んでください。落としますよ。あと、歯を食いしばって!」
そう言われて、俺は大人しく縛に掴まる。
廊下を曲がると、ソラの白い羽が見えた。
「いた!!」
「見えています!」
縛が少し息を弾ませながら答える。
「ソラーー!!待ってーー!!」
だが、ソラは止まらない。
それどころか、俺たちが追いつけそうになると、少しだけ速度を上げる。
……え?
これ、絶対わざとだよね!?
「……ソラ!!」
俺は思わず叫んだ。
「それ、アイスじゃないよーー!!」
「正樹さん、ソラも分かっていると思いますよ。」
「じゃあ、なんで持ってくの!?」
「僕に聞かないでください!」
ソラはそのまま廊下を飛んでいき、階段へ向かった。
「……速っ!!」
「……正樹さん、少し静かにしてもらえませんか?」
「なんで!?」
「走りながらあなたを抱えているんです!」
「……あ。」
そうだった。
「……頑張れ、縛!!」
「……ありがとうございます。」
……あれ?なんか声が怖い。
俺はとりあえず、縛の首にしっかり掴まった。
やがて、ソラは船の出口へ向かって飛んでいく。
「……え?」
外?
「ちょ、ちょっと待って!!」
俺が叫んでも、ソラは止まらない。
そのまま船の外へ飛び出し、桟橋の上空を進んでいった。
「……おいおい。」
後ろから追いついてきた獅鳳くんが、息を切らしながら呟く。
「どこまで行く気だよ……。」
「……分かりません。」
縛も呼吸を整えながら答えた。
俺はソラの姿をじっと見つめる。
……あれ?
ソラは桟橋の先で、一度だけ振り返った。
まるで、俺たちがついてきているか確認しているみたいだった。
そして、再び飛んでいく。
「……ねぇ。」
俺は小さく呟いた。
「……なんですか?」
「……ソラ、逃げてるんじゃなくて……。」
「…………。」
「……俺たちを、どこかに連れていこうとしてない?」
縛は少しだけ目を細めた。
「……その可能性はありますね。」
「……だよね。」
俺は前方へ視線を戻した。
ソラが向かっている先には、木々が生い茂る山がある。
そして、その山の上には――。
「…………。」
……あれ?
俺、あそこ知ってる。
前に縛と一緒に行った場所。
監視カメラがいっぱいあって。
次の日には、みんなで車に乗って行った。
それで、地下に繋がる扉を見つけたんだよね。
……。
「……縛。」
「はい。」
「……あそこって。」
「……ええ。」
縛も気づいたようだった。
その表情が、少しずつ真剣になっていく。
「……あの屋敷ですね。」
ソラは一度も迷うことなく、山へ続く道の上空を飛んでいった。
俺は遠ざかるソラの姿を見つめながら、縛の服をぎゅっと握った。
……あの屋敷。
鈴木さんの遺体が見つかった場所。
「…………。」
俺はもう一度、ソラを見つめた。
……ねぇ、ソラ。
なんで鈴木さんが持っていた腕時計を、あの屋敷に運ぼうとしているの?
俺はもう一度、山の上にある屋敷を見つめた。




