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人類の罪  作者: 華
幸せの形
132/144

欲望

「……正樹さん。」


んぁ?


「正樹さん、起きてください。」


……?縛?


「正樹さん!」


「う、へぃ!」


ガバッ!!


勢いよく身体を起こすと、目の前には縛がいた。


ちかっ!


「……んあ??」


「ようやく起きましたね。」


「……気持ち良く寝てたのに……。」


「いえ、気絶していましたよ。」


「…………。」


気絶?なんで?


俺は周囲を見回した。


道徳に、獅鳳くん、小鳥遊さん。


少し離れたところには柊木さんもいる。


隅っこには狼もいる。


「…………。」


おー、思い出した。


急に鳥肌が立つ。


「ゆ、幽霊!!!!」


「正樹さん、落ち着いてください!」


俺は慌てて縛にしがみついた。


「まだいる!?ねぇ、まだいる!?」


「……いるそうです。」


「ぎゃああああああ!!!!」


「正樹さん!首が締まっています!」


そんなこと言われても無理だよぉぉぉ!!


「お主、少し静かにせんか。」


麗子さんが呆れたように俺を見た。


「だ、だって!!」


「こやつ、お主に何か伝えたいようじゃぞ。」


「……え?俺?知り合いじゃないのに?」


「幽霊に好かれる体質の部類だろ。ん?どうやら、案内したい場所があるようじゃ。」


「…………。」


案内?誰が?俺に?


「……まさか……幽霊が?」


「そうじゃ。」


「…………。」


俺は恐る恐る足元を見た。


もちろん、何も見えない。


「……どこに?」


麗子さんは再び俺の足元に視線を落とした。


やっぱそこにいるんだ。


そして、何もない空間を目で追うように顔を動かす。


「……ほう。」


「……?」


「そちらか。」


麗子さんは誰かに返事をするように頷くと、突然歩き始めた。


スタスタスタスタスタ……。


「……え?」


スタスタスタスタスタ……。


「ちょ、麗子さん!?」


俺たちを置いて、麗子さんは部屋を出て行ってしまった。


「……どうします?」


道徳が首を傾げる。


「……追いかけるしかないでしょうね。」


縛がため息を吐いた。


「……俺、行かなきゃ駄目?」


「正樹さんが案内されているんですから。」


「……お、俺が……。」


うぅ……。


なんで俺なんだぁぁぁ。


俺たちは麗子さんの後を追って、クルーズの廊下を歩いて行った。


麗子さんは時々立ち止まり、誰もいない場所へ視線を向けては、小さく頷くと再び歩き始めた。


……誰と話してるんだろう。


いや。分かってる。


分かってるけど!!


考えたくない!!


想像もしたくない!!!


「……正樹さん。」


「……なに?」


「そろそろ降りませんか?周りの視線が痛いです。」


ん?縛に言われて見ると、俺はコアラのように縛にしがみついていた。


「……うぉ、ごめん。」


俺は縛から降りる。


…………。


一秒。


二秒。


三秒。


ガシッ!!!


「……やっぱり無理!!」


「……でしょうね。」


縛が諦めたようにため息を吐きながら、俺を抱え直す。


その後ろでは、道徳が笑いを堪えている。


……笑い事じゃないんだからなぁ!!


やがて、麗子さんは船員用の居住区へ入って行った。


それまでの豪華な客室とは違い、廊下は狭く、飾り気も少ない。


同じクルーズ船の中なのに、別の建物に来たみたいだ。


「……ここは。」


獅鳳くんが周囲を見回した。


「船員の部屋がある場所だな。」


「……船員?」


俺は思わず足を止めそうになった。


……そういえば。


さっき、麗子さんが幽霊は鈴木翔太だって言ってたような……。


「……ねぇ、縛。」


「はい。」


「……もしかして、幽霊って今も一緒に歩いてる?」


「……そうなんじゃないですか?」


「…………。」


聞かなきゃよかったぁぁぁ!!


俺は縛に回している腕に力を込める。


「……正樹さん、そろそろ自分で歩きませんか?」


「心では歩いてるよ!!」


「……そうですか。」


縛は諦めたようにため息を吐き、俺を抱え直した。


麗子さんはそんな俺たちを気にすることなく、さらに奥へ進んでいく。


そして、一つの扉の前で足を止めた。


「…………。」


麗子さんは扉を見つめた後、少しだけ横へ顔を向けた。


まるで、隣に立つ誰かの話を聞いているようだった。


「……ここじゃな。」


「…………。」


ここ?


普通の部屋にしか見えないけど……。


その時だった。


「……うっ……ひっく……。」


「……ん?」


扉の向こうから、誰かの泣き声が聞こえてきた。


最初は小さかった。けれど、耳を澄ませると、時折鼻をすする音も混じっている。


「……誰か泣いてる?」


俺が呟くと、縛も耳を澄ませた。


「……そうですね。」


麗子さんが扉を軽く叩いた。


コンコン。


「……はい。」


少し間が空いた。


中から何かが動く音がする。


ガタッ。


そして、ゆっくりと扉が開いた。


顔を出したのは、若い船員だった。


目は真っ赤に腫れ、頬には涙の跡が残っている。


手には、くしゃくしゃになったティッシュが握られていた。


「……なんですか?」


船員は俺たちを見ると、困惑したように眉を寄せた。


「すみませんが、今は一人にしてもらえませんか。」


声がかすれている。


「……今日は、誰とも話したくないんです。」


そう言って扉を閉めようとした。


だが、その時。


「……え?」


船員の視線が、俺たちの後ろにいる獅鳳くんへ向いた。


「し、獅鳳様!?」


「悪いな、突然来て。」


獅鳳くんが一歩前に出た。


「少し話を聞かせてほしい。」


「……話、ですか?」


「ああ。お前と同じ部屋だった鈴木についてだ。」


「…………。」


船員の表情が曇った。


握っていたティッシュが、くしゃりと音を立てる。


「……鈴木のことなら、警察には全部話しました。」


「そうか。」


「……本当に、知っていることは全部です。」


船員は俯いた。


「いつもなら仕事が終われば部屋に戻ってきて……くだらない話をして……。また帰ってくるんじゃないかって、ずっと待ってるんです。」


声が震え始めた。


「……なのに、もう帰ってこないなんて。」


ぽたっ。


涙が床に落ちた。


「……すみません。」


船員は慌てて目元を拭った。


俺は何も言えなかった。


……そっか。


一緒に暮らしていた人が、突然いなくなったんだ。


それも、殺されて。


……つらいよね。


獅鳳くんも少しだけ表情を緩めた。


「……悪いな。」


そして、静かに尋ねた。


「少しだけ、部屋の中を見せてもらってもいいか?」


「……え?」


船員は一瞬ためらったが、その横を麗子さんが構わず通り抜けていった。


「……あっ!」


船員が慌てて振り返る。


「ちょっと、勝手に……!」


「……すまない。少しだけ頼む。」


獅鳳くんが頭を下げると、船員は諦めたように小さく息を吐いた。


「……いいですよ。」


俺たちは部屋の中へ入った。


そこにはベッドが二つ並び、それぞれの近くに机が置かれていた。


片方のベッドは綺麗に整えられている。


枕元には、小さな目覚まし時計。


机の上には、ペンやメモ帳がきちんと並べられていた。


もう片方のベッドは、布団が乱れている。


その近くには、使いかけのティッシュが何枚も落ちていた。


……ルームシェアかぁ。


「……こっちが鈴木のベッドです。」


船員が綺麗に整えられた方を指差した。


「……あいつ、几帳面だったんですよ。」


船員は寂しそうに笑った。


「俺が散らかすと、いつも文句を言ってきて……。」


「…………。」


「……もう、言ってくれないんですけどね。」


その言葉に、胸が少し痛くなった。


……。


もし縛が突然いなくなったら。


…………。


やめよう。


そんなこと、考えたくない。


俺は無意識に縛の服を強く握った。


「……正樹さん?」


「……なんでもない。」


縛は不思議そうに俺を見たが、それ以上は聞いてこなかった。


その時だった。


スタスタスタスタ。


「……ん?」


麗子さんが、突然歩き始めた。


部屋の中央で足を止めると、誰もいない場所をじっと見つめる。


「…………。」


そして、ゆっくりと視線を動かした。


その先にあるのは、船員が使っている方のベッド。


「……ほう。」


麗子さんが小さく呟いた。


「……そこか。」


「……?」


そこ?何が?


麗子さんは何も言わず、ベッドの前でしゃがみ込んだ。


そして、マットレスの下へ手を伸ばした。


「……っ!」


その瞬間、船員の表情が変わった。


「ちょ、ちょっと待ってください!!」


船員が慌てて駆け寄る。


「そこは俺のベッドです!!勝手に触らないでください!!」


麗子さんの肩を掴み、強引に引き離そうとした。


「……おい。」


獅鳳くんが低い声を出す。


だが、船員は聞いていなかった。


「やめてください!!そこには何もありません!!」


「……何もない?」


縛が静かに聞き返した。


「だったら、そこまで慌てる必要はないのでは?」


「……っ!」


船員の動きが止まる。


一瞬、誰も声を出さなかった。


「……離しておくれ。」


麗子さんが静かに告げた。


船員は唇を噛み、ゆっくりと手を離した。


麗子さんは何事もなかったように、マットレスを持ち上げる。


ガサッ。


「…………。」


その下から現れたものを見て、俺は思わず目を丸くした。


「……え?」


札束。


しかも、一つじゃない。


何束も重なっている。


その横には、折り畳まれた紙もあった。


「……お金?」


思わず声が出た。


……え?


なんでベッドの下にこんなにあるの?


俺が驚いていると、獅鳳くんが一歩前に出た。


「……これはなんだ?」


「…………。」


船員は答えなかった。


ただ、札束をじっと見つめている。


さっきまで涙で赤くなっていた顔が、今は真っ青だった。


「……答えてくれ。」


獅鳳くんがもう一度尋ねる。


「…………。」


船員の唇が、小さく震えた。


「……それ。」


「……?」


「……翔太の机に入っていたんです。」


「……鈴木の?」


「……はい。」


獅鳳くんの眉が寄る。


「なんでお前のベッドにある?」


「…………。」


船員は俯いた。


しばらく沈黙が続いた。


そして――。


「……取りました。」


「……何?」


「……翔太がいない間に、俺が取りました。」


「…………。」


……ん?


取った?


それって……。


盗み?


「……どういうことだ?」


獅鳳くんが尋ねる。


船員は両手を強く握り締めた。


「……凰真様が事件に遭われた日の夜、翔太が何かコソコソしていたんです。」


「……コソコソ?」


「はい。普段はそんなことしない奴なのに、その日は妙に落ち着きがなくて……。」


「…………。」


「気になって、こっそり様子を覗いたんです。」


船員は一度言葉を切った。


「……そしたら、大量のお金があって。」


「…………。」


「最初は、何かの間違いだと思いました。」


「……それで?」


「……それで、翔太が亡くなったと聞いて……。」


船員の声が震える。


「……もう使う人はいないんだから、少しくらい……って。」


「…………。」


「気づいたら、机から全部取っていました。」


部屋が静まり返った。


「……警察には?」


獅鳳くんが尋ねる。


「……言えてません。」


「……そうか。」


獅鳳くんは小さく息を吐いた。


「とりあえず、このことは警察に話そう。」


「……はい。」


船員は力なく頷いた。


その姿を見ていると、なんとも言えない気持ちになった。


……悲しかったのは、本当なんだと思う。


でも、お金も欲しかった。


人間って、難しいなぁ。


「……それと、もう一つ聞きたい。」


獅鳳くんの声が少し低くなった。


「……鈴木が殺されたことには、関わっていないんだな?」


「ち、違います!!」


船員は勢いよく顔を上げた。


「そんなわけないです!!」


「…………。」


「確かにお金には目がくらみました!!でも、俺は持ち場を離れていません!!」


「……持ち場?」


「はい!!その時間は勤務中でした!!他の船員も一緒にいました!!」


「…………。」


「翔太を殺す理由なんてありません!!」


船員の目から、再び涙が溢れた。


「……本当です。」


獅鳳くんはしばらく船員を見つめていた。


やがて、小さく頷く。


「……分かった。そこは警察に確認してもらおう。」


「……はい。」


獅鳳くんは札束の横に置かれた紙へ視線を落とした。


「……じゃあ、この手紙は?」


「…………。」


「なんでこれまで持っていった?」


船員は唇を噛んだ。


「……その手紙に、お金の取引みたいなことが書かれていて……。」


「取引?」


「……もし見つかったら、お金も取り上げられると思って……。」


「……ほう。」


獅鳳くんは折り畳まれた紙を開いた。


カサッ。


「…………。」


獅鳳くんの目が、文字を追っていく。


最初は何気なく読んでいたようだった。


だが、途中でその表情が変わった。


「……なんだ、これ。」


「……獅鳳くん?」


俺が声を掛けると、獅鳳くんは返事をせず、もう一度最初から読み直した。


「……腕時計?」


「え?」


思わず声が出た。


腕時計?


なんで、ここでその言葉が出てくるんだ?


「……誰にも知られずに、腕時計を届けろと書かれている。」


獅鳳くんが低い声で言った。


「……届ける?」


縛が反応した。


「誰に届けるんですか?」


「……そこまでは書かれていない。」


獅鳳くんは手紙を見つめたまま答えた。


「ただ、詳しいことはいつも通りの場所で話す、と。」


「……いつも通りの場所?」


道徳が眉を寄せる。


「それって、鈴木さんと手紙の送り主が、前から会っていたってことですかね?」


「……その可能性はありますね。」


縛が頷いた。


「それに、誰にも知られずに届ける必要があるということは、何か隠したい事情があったのでしょう。」


「…………。」


俺は二人の会話を聞きながら、首を傾げた。


……腕時計。


誰にも知られずに届ける。


……あれ?


腕時計って……。


「……ねぇ。」


「なんですか、正樹さん?」


「……凰真くんが持ってた腕時計?」


「…………。」


縛が俺を見た。


獅鳳くんも顔を上げる。


「……そうだ。」


獅鳳くんが静かに答えた。


「凰真が事件に巻き込まれた時、関係していた腕時計だ。」


「……そっか。」


「…………。」


……なんだろう。


なんか、嫌な感じがする。


凰真くんがあんな目に遭ったのも。


もしかして、この腕時計が関係してるのかな。


「……最後には、こう書かれている。」


獅鳳くんが再び手紙へ視線を落とした。


「『金は必要だろう。余計なことは考えるな。』」


「…………。」


誰も何も言わなかった。


……お金。


腕時計。


それに、凰真くん。


今までバラバラだったものが、少しずつ繋がっていく。


けれど――。


俺には、まだ何が起きているのか分からなかった。


「……まさか。」


獅鳳くんが小さく呟いた。


その手には、強く握り締められた手紙がある。


「……凰真が事件に巻き込まれたのは、これが理由だったのか?」

本日も読んでいただきありがとうございます!

正樹の説得に時間がかかっているため、明日の更新はお休みです。

何の説得かというと、幽霊とセットになっているのが嫌だそうです。

説得は縛に任せています(笑)

いざとなったら真美ちゃんを呼びます。

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