謎は止まらない
「……もう一度、再生してください。」
警察官の一人が、低い声でそう告げた。
病室にいた全員がパソコンの画面に視線を向ける。
再生されたのは、結婚式の参列者が撮影したビデオだった。
華やかな会場。
笑顔で談笑する人々。
そして――。
「……止めてください!」
ピタッ。
映像が止まる。
画面の端。
ほんの一瞬だけ映り込んでいた、一人の女性。
「…………。」
誰も言葉を発しない。
「……おばちゃん。」
俺は小さく呟いた。
「……間違いないのか?」
道徳が尋ねる。
「……分からねぇ。」
俺は画面から目を離さずに答えた。
「でも……似てるんだよ。」
「…………。」
「顔も、この覗くような仕草も……雰囲気が。」
自分でも分かるくらい、声が小さくなっていく。
その横で、警察官たちが慌ただしく動き始めた。
「この映像の撮影者に確認を取ってください。」
「分かりました。」
「それから、尾野千代子さんの死亡記録も再確認を。」
「はい。」
警察官の一人が、再び画面を確認する。
「……しかし、本当に本人だとしたら……。」
その先の言葉は続かなかった。
当然だ。
だって、おばちゃんはもう亡くなっているはずなのだから。
「……一度、署の方で詳しく確認します。」
警察官がそう言うと、他の警察官たちも資料をまとめ始めた。
「何か分かりましたら、改めてご連絡いたします。」
そう告げて、警察官たちは次々と病室を出て行った。
ガラガラ……。
扉が閉まる。
「…………。」
静かになった病室。
……死んだ人が映ってた。
「幽霊?」
「……小鳥遊さん?」
「いや、そんなわけないよね〜。」
小鳥遊さんはそう言うと、凰真の診察を始めた。
確かに、なぜおばちゃんが映っていたのか、俺も気になる。
まさか本当に幽霊か?
いや、そんなことは絶対にない。
「…………。」
それにしても、どういうことなんだ?
その後、凰真が再び眠りについたのを確認したところで、小鳥遊さんに促され、俺たちはクルーズに戻ることになった。
小鳥遊さんも、凰真の詳しい病状を皆に説明するため、一緒に戻ることになった。
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クルーズ船に戻って来ると、待っていた皆が一斉にこちらを向いた。
「どうだった!?」
「凰真くんは!?」
次々と質問が飛んで来る。
「大丈夫。意識は戻ったよ。」
道徳の言葉に、皆がほっと息を吐いた。
「よかったぁ……。」
「本当によかった……。」
さっきまで緊張していた空気が、少しだけ和らいだ。
「まだ安静が必要だけどなぁ……。」
俺がそう言うと、皆が頷く。
「とりあえず、今は容態も落ち着いて、回復に向かってるよ〜。」
小鳥遊さんがそう言う。
その後も凰真の詳しい病状や、今後の経過について説明してくれた。
「じゃあ、ひとまず安心だね。」
正樹くんがそう言うと、皆は頷いた。
「……それで、もう一つ話がある。」
俺の言葉に、皆が顔を上げた。
「実は、病院で妙なものを見つけたんだ。」
「妙なもの?」
「……おばちゃん。千代子さんが映ってた。」
「…………。」
「……は?」
誰かが声を漏らした。
「結婚式のビデオに、千代子さんが映ってたんだよ。」
「ちょっと待ってください。千代子さんって……。」
「……ああ。死んだはずの千代子さんだ。」
その瞬間、周囲がざわつき始めた。
「どういうこと?」
「生きてたってこと?」
「いや、そんなはず……。」
皆が口々に話し始める。
俺も一緒になって考えてみる。
……死んだはずの人が、結婚式に参加してた。
現実にはありえない。
「幽霊?」
「……正樹さん。」
「なに?」
「お口チャックです。」
「えぇ!?」
正樹くんは慌てて自分の口元を触っていた。
……プッ。
「……本人かどうかは、まだ分かってねぇ。」
俺は話を続ける。
「ほんの一瞬だけだったからな。警察も確認するって言ってた。」
「……そうか。」
「ただ、似てたんだ。あまりにも。」
俺はそう言いながら、俯いた。
「…………。」
再び静かになる。
その時だった。
「……一度、現場を確認しませんか?」
縛さんが口を開いた。
「現場を?」
「はい。凰真くんが事件に遭った場所です。」
「……何かあると思いますか?」
道徳が尋ねる。
「分かりません。ただ、これだけ不可解なことが続いている以上、もう一度確認して損はないと思います。」
「……そうだな。」
俺が頷きながら言うと、道徳はすぐに言った。
「僕も行く。」
「じゃあ、俺も!」
正樹くんが手を上げると、縛さんがそちらを見た。
「……正樹さん。」
「何?」
「勝手にどこかへ行かないでくださいね。」
「行かないよ!」
「本当ですか?」
「本当!」
「…………。」
……プフッ。
信用されてない。
まぁ、やらかしてる歴しかないからなぁ。
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コツ……コツ……。
俺たちは、凰真が事件に遭った場所へ向かう。
さっきまで賑やかだった船内とは違い、この辺りは人通りが少ない。
「……ここだなぁ。」
俺は足を止めた。
目の前には階段がある。
「凰真は、ここでマネキンを見つけたんだ。」
俺が言うと、正樹くんが一歩前に出る。
「…………。」
そして、無言のまま階段を見上げた。
俺も顔を上げてみる。
特に変わったところはない。
普通の階段だ。
……うん。
「何かありますか?」
縛さんが周囲を確認しながら尋ねる。
「んー、何もないね。」
小鳥遊さんは階段の反対側を見ている。
「まだ調べ始めたばかりですよ。」
縛さんが顔を顰めて言う。
「そうだね!」
正樹くんは階段の横にある壁を見つめながら言った。
そして、突然固まった。
「……ん?」
正樹くんが声を出すと、縛さんが近づいて来る。
気づけば、肩がくっつくほどの距離になっていた。
……距離近いなぁ。
正樹くんが縛さんを押し退けると、そのまま奥を覗き込む。
「あれ?」
「どうしました?」
「なんか、奥にある。」
「奥?」
正樹くんは頭を下げながら進んでいくと、身を縮めた。
なんだ?
俺もその後ろについていく。
階段の裏側。
薄暗くて、少し見えにくい場所。
そこに、何か白いものが見えた。
「……なんだろう?」
正樹くんがさらに覗き込もうとすると、後ろから縛さんに肩を掴まれた。
「正樹さん、待ってください。」
「え?」
「不用意に触らないでください。」
「触ってないよ!」
「今から触ろうとしていたでしょう。」
「……ちょっとだけ。」
「駄目です。」
そう言うと、縛さんは正樹くんを下がらせ、その横から奥を覗き込んだ。
「…………。」
そのまま動かなくなる。
「……縛?」
「……皆さん、こちらへ。」
縛さんの声に、道徳たちが近づいて来た。
「どうしたんです?」
「……あそこです。」
縛さんが指差した先。
階段の奥。
そこには――。
「…………。」
人の形をした、白いものが横たわっていた。
「……え?」
俺は思わず目を丸くした。
「あれは、マネキンじゃないか?」
道徳がそう言うと、俺も確信した。
そこにあったのは、一体のマネキンだった。
服も着ていない。
何も身につけていない、ただのマネキン。
「……やっぱりここにあったんだ?」
道徳が眉を寄せる。
「……まさか。」
俺は一歩前へ出た。
「前に消えたやつか?」
「……可能性はありますね。」
縛さんが答える。
「ただ、同じものかどうかは確認が必要です。」
「…………。」
俺は、階段の奥にあるマネキンをじっと見つめた。
……マネキン。
海から流れて来て、正樹くんが見つけたものだ。
でも、あれって服を着てたはず。
「……ねぇ。」
「はい?」
「服は?」
正樹くんの言葉に、縛さんがそちらを向いた。
「服、着てたよね?」
「……そうなんですか?」
「うん。着てたよ。片腕もなかったし。」
「…………。僕は見ていないので分からないのですが……どうなんですか?」
縛さんが俺の方を向く。
「確かに着てたはずだ。」
「じゃあ、どこ行ったの?」
「…………。」
縛さんも俺も、何も答えられなかった。
その代わり、俺たちは再びマネキンへ視線を向ける。
「……触らずに、警察へ連絡しましょう。」
道徳がそう言って、携帯を取り出した。
「また警察かぁ……。」
正樹くんが呟くと、縛さんが小さく息を吐いた。
「仕方ありません。」
「そうだけどさぁ……。」
正樹くんは、もう一度マネキンを見つめた。
その表情は、不可解なものを見ているかのようだった。
それにしても、おかしなことばかりだ。
父さんが亡くなった時と同じように、不可解なことばかり起きている。
腕時計も、確か変なところで見つかった。
引き上げた時、俺がもっと確認して警察に伝えていれば、凰真は無事だったんじゃないか……。
おばちゃんも。
死んだはずなのに、結婚式のビデオに映っていた。
「…………。」
俺は頭の中で、一つずつ並べてみた。
マネキン。
腕時計。
服。
おばちゃん。
…………。
どうするか。
俺が悩んでいると、正樹くんが縛さんに声をかけた。
「……縛。」
「はい。」
「なんか、謎が増えてない?」
「……そうですね。」
「最初より増えてるよね?」
「ええ。」
「…………。」
正樹くんが階段を見上げていた。
今、一体何を思っているんだろう。
俺には何も変わらない、普通の階段にしか見えない。
でも、その奥には誰かが隠したようなマネキンがあった。
正樹くんが、次々と不可解なものを見つけている。
あの結婚式の映像だって、正樹くんの一言がなければ、警察も気にかけていなかったのかもしれない。
いや、そんなわけはないかぁ。
「……一体、何が起きてるんだろうね。」
正樹くんの言葉に、誰も答えなかった。
いや、答えられなかったのが正解なのかもなぁ。
ただ、縛さんだけが黙ったまま、階段の奥を見つめていた。




