双子の呪い
ピッ、ピッ、ピッ……。
凰真くんが目を覚ましたということで、道徳と獅鳳くんの後を追うように、俺たちも病院へやって来た。
程よい人混みの中を通り抜け、奥へ進むにつれて、周囲の人は少なくなっていく。
だが、ある一室に近づくにつれ、何やら物騒な雰囲気が漂い始めた。
「ここですね。」
縛の一言に、俺はその後ろから病室を覗き込もうとする。
しかし、病室の前には警察官が四、五人ほど立っていた。
「…………。」
なんか、入れないっぽい。
俺は警察官たちをじーっと見つめた。
…………。
うん。
無理そう。
そう思いながら、俺は縛たちと一緒に静かに病院を後にした。
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バン!!!!
「道徳ーー!!!」
「うわっ……びっくりしたぁ。獅鳳かよ〜。慌ててどうしたの?」
僕は勢いよく扉を開けて入ってきた獅鳳に声を掛けた。
獅鳳は肩で息をしながら、こちらを見つめている。
「はぁ……はぁ……。」
「獅鳳?」
すると、獅鳳は満面の笑みを浮かべた。
「凰真が!……凰真が起きた!!!」
「…………。」
え?
凰真が……?
「……本当に?」
「ああ!!」
その一言を聞いた瞬間、僕の目から涙が溢れ出した。
「……よかった。」
何度も何度も、同じ言葉が口からこぼれる。
「よかった……本当によかった……。」
獅鳳も目元を拭いながら、何度も頷いていた。
「すぐに病院へ行こう。」
「うん。」
僕は立ち上がると、部屋の奥へ視線を向けた。
穂乃果さんも凰真のことを心配していた。
一緒に行きたい気持ちはあるだろう。
けれど、凰真の怪我の状態を考えると、大勢で押しかけるのは避けた方がいい。
事情を説明すると、穂乃果さんは静かに頷いた。
「分かった。私は真美さんたちと待ってるね。」
「ごめんね。」
「ううん。凰真くんに、目を覚ましてくれてありがとうって伝えて。」
「……うん。」
僕と獅鳳は、急いで病院へ向かった。
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病院に到着すると、入口の前に警察官が立っていた。
「尾野です。凰真の面会に来ました。」
獅鳳が声を掛けると、警察官は僕たちを確認し、院内へ案内してくれた。
長い廊下を歩いていく。
奥へ進むにつれ、人の姿が少なくなっていった。
そして、一つの病室の前で足を止める。
「こちらです。」
警察官が扉を開けた。
ピッ、ピッ、ピッ……。
規則正しい機械音が聞こえる。
僕は獅鳳の後ろから、ゆっくりと病室へ入った。
「…………。」
ベッドの上には、凰真がいた。
「……凰真?」
僕は思わず足を止めた。
顔にはいくつもの痣があり、頬や額には痛々しい傷が残っている。
腕にも包帯が巻かれていた。
布団から覗く肌にも、赤黒い痣が見える。
「…………。」
生きている。
確かに、凰真は生きている。
けれど……。
僕の知っている凰真とは、あまりにも違っていた。
「……凰真。」
獅鳳が震える声で名前を呼ぶ。
凰真はゆっくりと僕たちに顔を向けた。
そして、小さく笑った。
「…………。」
何かを言おうとしたのか、口元がわずかに動く。
けれど、声は出なかった。
「……え?」
僕は凰真の口元を見つめた。
そこには、人工舌が装着されていた。
凰真は事件によって舌を失っていた。
人工舌を装着したばかりで、まだ慣れていないため、声を出すことができないらしい。
「…………。」
そんな……。
「……なんで。」
獅鳳の声が震える。
「なんで、凰真がこんな目に遭わなきゃいけねぇんだよ……。」
僕は何も答えられなかった。
ただ、涙が頬を伝っていく。
痛かっただろう。
怖かっただろう。
どれだけ苦しかったんだろう。
そう考えるだけで、胸が締め付けられた。
許せない。
絶対に許せない。
凰真をこんな目に遭わせた犯人を、絶対に……。
その時だった。
トントン。
「…………。」
凰真がベッドの上から手を伸ばし、僕の腕を軽く叩いた。
「……凰真?」
凰真は僕を見つめると、ゆっくりと首を横に振った。
そして、隣にいる獅鳳にも手を伸ばした。
まるで、泣かないでと言っているみたいだった。
「……お前なぁ。」
獅鳳が涙を拭う。
「なんで、お前が俺たちを慰めてんだよ……。」
凰真は困ったように笑った。
その姿を見て、僕はまた涙が溢れてきた。
「……ごめん。」
僕は凰真の手を握った。
「目を覚ましてくれて、ありがとう。」
凰真は小さく頷いた。
その時、病室の扉がノックされた。
コンコン。
「失礼します。」
入ってきたのは、ノートパソコンを持った警察官だった。
「ご面会中のところ、申し訳ありません。」
警察官は僕たちに頭を下げた。
「本来であれば、もう少し休んでいただきたいのですが、記憶が新しいうちに確認しておきたいことがありまして……。」
警察官は凰真へ視線を向けた。
「お話しするのは難しいと伺っています。こちらのパソコンを使って、文字でお答えいただくことは可能でしょうか?」
凰真は少し考えると、頷いた。
「ありがとうございます。体調が悪くなった場合は、すぐに中断しますので。」
警察官はベッドの横にパソコンを置いた。
僕と獅鳳は少し離れた場所に座り、二人のやり取りを見守ることにした。
「では、事件当日のことを覚えている範囲で教えてください。」
凰真はキーボードに手を置いた。
カタカタカタ……。
画面に文字が並んでいく。
『ゲームが終わった後、アイスを取りに行こうと思って部屋を出ました。』
「お一人で、ですか?」
『はい。』
「どのような道を通りましたか?」
『見つかったら怒られると思ったので、時々裏口を使ったり、人が少ない通路を通ったりしました。』
「なるほど。その後は?」
凰真は少し手を止めた。
そして、再び文字を打ち始めた。
『階段の下に、服を着た人が倒れているのを見つけました。』
「人、ですか?」
『最初はそう思いました。でも、近づいて声を掛けたら、マネキンでした。』
「マネキン……。」
警察官の手が止まる。
僕も思わず獅鳳を見た。
マネキン?
どこかで聞いたような……。
『驚いたんですけど、そのマネキンの手首に腕時計が付いていたんです。』
「腕時計?」
『はい。どこかで見たことがある気がして。』
カタカタカタ……。
『それで、外してみようと思いました。』
「外せましたか?」
『はい。』
凰真の指が止まった。
しばらく画面を見つめた後、ゆっくりと文字を打ち始める。
『よく見ようと手のひらに腕時計を握った瞬間に、後ろから何かで頭を殴られました。』
「…………。」
獅鳳が拳を握り締める。
「その後のことは覚えていますか?」
『気を失いました。』
「次に目を覚ました場所は?」
『医務室です。』
「医務室?」
『はい。ベッドに一人で寝ていました。』
凰真は少しだけ俯いた。
『何が起きたのか分からなくて、とりあえず頭を起こしたんです。』
カタ……。
『そしたら、また殴られました。』
「…………。」
『顔とか体とか、いろんなところを拳で殴られて。』
僕は思わず口元を押さえた。
『その後、口に何かを当てられました。』
「何を当てられたか、覚えていますか?」
『分かりません。』
『そのまま意識がなくなりました。』
病室が静まり返った。
ピッ、ピッ、ピッ……。
機械音だけが響いている。
「……ありがとうございます。」
警察官は静かに頷いた。
「最後に、ご自身の怪我について確認させてください。舌を負傷した時の記憶はありますか?」
凰真は首を横に振った。
そして、キーボードに手を伸ばした。
『ありません。』
『目を覚ましてから、舌がないことを聞きました。』
カタカタ……。
『まだ、よく分かっていません。』
「…………。」
その文字を見た瞬間、僕は唇を噛み締めた。
凰真自身も、何が起きたのか理解できていない。
それなのに……。
それなのに、さっきは僕たちを慰めていたんだ。
「……凰真。」
僕が名前を呼ぶと、凰真は小さく首を傾げた。
そして、また笑った。
…………。
やめてよ。
そんな顔されたら、また泣いちゃうじゃないか。
⸻
それからしばらく、警察官とのやり取りが続いた。
「では、最後にこちらをご確認ください。」
警察官はパソコンの画面を切り替えた。
そこには、船内の監視カメラの映像が映し出されていた。
「事件当日の映像です。こちらに凰真さんが歩いている姿が確認されています。」
画面には、廊下を歩く凰真の姿があった。
「マネキンを見つけたのは、どの辺りでしょうか?」
凰真は画面をじっと見つめた。
そして、ある場所を指差した。
「……こちらですか?」
凰真が頷く。
警察官は資料を確認した。
「……おかしいですね。」
「どうかしましたか?」
獅鳳が尋ねる。
「この場所を通った記録がありません。」
「……え?」
「別の通路を通られた可能性はありませんか?」
凰真は首を横に振った。
カタカタカタカタ!!
急にキーボードを打つ音が大きくなる。
『そんなはずありません!』
「…………。」
『僕は監視カメラに映る場所しか通らないようにしています!』
「それは、なぜですか?」
『尾野家の人間だからです。』
カタカタカタ!!
『何かあった時に、自分がどこにいたのか分かるように、いつも気を付けています。』
「…………。」
警察官はもう一度、映像を確認した。
「……なるほど。」
僕も獅鳳も、画面を覗き込む。
けれど、凰真が指差した場所に、その姿はなかった。
「……どういうことだ?」
獅鳳が呟く。
「分かりません。ただ、映像の確認はもう一度行う必要がありそうです。」
警察官がそう答えた時だった。
「はい、そこまで。」
聞き慣れた声が病室に響いた。
振り向くと、小鳥遊さんが立っていた。
「小鳥遊さん?」
「そろそろ終わりにしてもらえるかなぁ。」
小鳥遊さんは凰真の顔色を確認すると、警察官に視線を向けた。
「目を覚ましたばかりなんだから。これ以上の尋問は、身体に負担が掛かるよ。」
「……申し訳ありません。」
「続きは、もう少し回復してからにしてね。」
「分かりました。」
警察官はパソコンを閉じようとした。
「では、本日はここまでにさせていただきます。ご協力ありがとうございました。」
凰真は小さく頷いた。
警察官がパソコンを持ち上げようとした、その時だった。
カチッ。
「あっ。」
画面が突然切り替わり、映像が流れ始めた。
「あ、すみません。少々お待ちください。」
警察官が慌てて操作する。
画面には、華やかな結婚式の会場が映っていた。
カメラが揺れ、参列者たちの笑い声が聞こえてくる。
そして――。
「あ……。」
凰真が画面を見つめた。
「……凰真?」
凰真の表情が、みるみる変わっていく。
「うー、あー!」
「どうした!?」
獅鳳が駆け寄る。
凰真は必死に何かを伝えようとしていた。
「うー!あー!」
そして、画面の一角を指差した。
「……そこ?」
僕が尋ねると、凰真は何度も頷いた。
警察官が映像を一時停止する。
「こちらでしょうか?」
凰真は勢いよく頷いた。
「…………。」
警察官の動きが止まった。
「……え?」
獅鳳が画面を覗き込む。
僕も隣から画面を見つめた。
そこには、警察官たちに発見された凰真の姿が映っていた。
そして、その画面の端。
一人の女性が映り込んでいた。
「…………。」
僕は息を呑んだ。
……え?
見間違い?
いや……。
そんなはずは……。
「……なんで。」
隣で獅鳳が呟いた。
「なんで、あの人が……。」
画面の端に映っている女性。
その顔には、見覚えがあった。
忘れるはずがない。
だって、その人は……。
もう、この世にはいないはずなのだから。
「……千代子さん?」
僕の声が震えた。
警察官も、獅鳳も、誰も答えない。
ただ、画面に映る女性を見つめていた。
…………。
そんな……。
まさか……。
僕の頭に、一つの言葉が浮かんだ。
――双子の呪い。
いつもお読みいただきありがとうございます!
明日の更新はお休みさせていただきます。
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