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人類の罪  作者: 華
幸せの形
128/144

双子の呪い

ピッ、ピッ、ピッ……。


凰真くんが目を覚ましたということで、道徳と獅鳳くんの後を追うように、俺たちも病院へやって来た。


程よい人混みの中を通り抜け、奥へ進むにつれて、周囲の人は少なくなっていく。


だが、ある一室に近づくにつれ、何やら物騒な雰囲気が漂い始めた。


「ここですね。」


縛の一言に、俺はその後ろから病室を覗き込もうとする。


しかし、病室の前には警察官が四、五人ほど立っていた。


「…………。」


なんか、入れないっぽい。


俺は警察官たちをじーっと見つめた。


…………。


うん。


無理そう。


そう思いながら、俺は縛たちと一緒に静かに病院を後にした。


------------------------------------------------


バン!!!!


「道徳ーー!!!」


「うわっ……びっくりしたぁ。獅鳳かよ〜。慌ててどうしたの?」


僕は勢いよく扉を開けて入ってきた獅鳳に声を掛けた。


獅鳳は肩で息をしながら、こちらを見つめている。


「はぁ……はぁ……。」


「獅鳳?」


すると、獅鳳は満面の笑みを浮かべた。


「凰真が!……凰真が起きた!!!」


「…………。」


え?


凰真が……?


「……本当に?」


「ああ!!」


その一言を聞いた瞬間、僕の目から涙が溢れ出した。


「……よかった。」


何度も何度も、同じ言葉が口からこぼれる。


「よかった……本当によかった……。」


獅鳳も目元を拭いながら、何度も頷いていた。


「すぐに病院へ行こう。」


「うん。」


僕は立ち上がると、部屋の奥へ視線を向けた。


穂乃果さんも凰真のことを心配していた。


一緒に行きたい気持ちはあるだろう。


けれど、凰真の怪我の状態を考えると、大勢で押しかけるのは避けた方がいい。


事情を説明すると、穂乃果さんは静かに頷いた。


「分かった。私は真美さんたちと待ってるね。」


「ごめんね。」


「ううん。凰真くんに、目を覚ましてくれてありがとうって伝えて。」


「……うん。」


僕と獅鳳は、急いで病院へ向かった。


------------------------------------------------


病院に到着すると、入口の前に警察官が立っていた。


「尾野です。凰真の面会に来ました。」


獅鳳が声を掛けると、警察官は僕たちを確認し、院内へ案内してくれた。


長い廊下を歩いていく。


奥へ進むにつれ、人の姿が少なくなっていった。


そして、一つの病室の前で足を止める。


「こちらです。」


警察官が扉を開けた。


ピッ、ピッ、ピッ……。


規則正しい機械音が聞こえる。


僕は獅鳳の後ろから、ゆっくりと病室へ入った。


「…………。」


ベッドの上には、凰真がいた。


「……凰真?」


僕は思わず足を止めた。


顔にはいくつもの痣があり、頬や額には痛々しい傷が残っている。


腕にも包帯が巻かれていた。


布団から覗く肌にも、赤黒い痣が見える。


「…………。」


生きている。


確かに、凰真は生きている。


けれど……。


僕の知っている凰真とは、あまりにも違っていた。


「……凰真。」


獅鳳が震える声で名前を呼ぶ。


凰真はゆっくりと僕たちに顔を向けた。


そして、小さく笑った。


「…………。」


何かを言おうとしたのか、口元がわずかに動く。


けれど、声は出なかった。


「……え?」


僕は凰真の口元を見つめた。


そこには、人工舌が装着されていた。


凰真は事件によって舌を失っていた。


人工舌を装着したばかりで、まだ慣れていないため、声を出すことができないらしい。


「…………。」


そんな……。


「……なんで。」


獅鳳の声が震える。


「なんで、凰真がこんな目に遭わなきゃいけねぇんだよ……。」


僕は何も答えられなかった。


ただ、涙が頬を伝っていく。


痛かっただろう。


怖かっただろう。


どれだけ苦しかったんだろう。


そう考えるだけで、胸が締め付けられた。


許せない。


絶対に許せない。


凰真をこんな目に遭わせた犯人を、絶対に……。


その時だった。


トントン。


「…………。」


凰真がベッドの上から手を伸ばし、僕の腕を軽く叩いた。


「……凰真?」


凰真は僕を見つめると、ゆっくりと首を横に振った。


そして、隣にいる獅鳳にも手を伸ばした。


まるで、泣かないでと言っているみたいだった。


「……お前なぁ。」


獅鳳が涙を拭う。


「なんで、お前が俺たちを慰めてんだよ……。」


凰真は困ったように笑った。


その姿を見て、僕はまた涙が溢れてきた。


「……ごめん。」


僕は凰真の手を握った。


「目を覚ましてくれて、ありがとう。」


凰真は小さく頷いた。


その時、病室の扉がノックされた。


コンコン。


「失礼します。」


入ってきたのは、ノートパソコンを持った警察官だった。


「ご面会中のところ、申し訳ありません。」


警察官は僕たちに頭を下げた。


「本来であれば、もう少し休んでいただきたいのですが、記憶が新しいうちに確認しておきたいことがありまして……。」


警察官は凰真へ視線を向けた。


「お話しするのは難しいと伺っています。こちらのパソコンを使って、文字でお答えいただくことは可能でしょうか?」


凰真は少し考えると、頷いた。


「ありがとうございます。体調が悪くなった場合は、すぐに中断しますので。」


警察官はベッドの横にパソコンを置いた。


僕と獅鳳は少し離れた場所に座り、二人のやり取りを見守ることにした。


「では、事件当日のことを覚えている範囲で教えてください。」


凰真はキーボードに手を置いた。


カタカタカタ……。


画面に文字が並んでいく。


『ゲームが終わった後、アイスを取りに行こうと思って部屋を出ました。』


「お一人で、ですか?」


『はい。』


「どのような道を通りましたか?」


『見つかったら怒られると思ったので、時々裏口を使ったり、人が少ない通路を通ったりしました。』


「なるほど。その後は?」


凰真は少し手を止めた。


そして、再び文字を打ち始めた。


『階段の下に、服を着た人が倒れているのを見つけました。』


「人、ですか?」


『最初はそう思いました。でも、近づいて声を掛けたら、マネキンでした。』


「マネキン……。」


警察官の手が止まる。


僕も思わず獅鳳を見た。


マネキン?


どこかで聞いたような……。


『驚いたんですけど、そのマネキンの手首に腕時計が付いていたんです。』


「腕時計?」


『はい。どこかで見たことがある気がして。』


カタカタカタ……。


『それで、外してみようと思いました。』


「外せましたか?」


『はい。』


凰真の指が止まった。


しばらく画面を見つめた後、ゆっくりと文字を打ち始める。


『よく見ようと手のひらに腕時計を握った瞬間に、後ろから何かで頭を殴られました。』


「…………。」


獅鳳が拳を握り締める。


「その後のことは覚えていますか?」


『気を失いました。』


「次に目を覚ました場所は?」


『医務室です。』


「医務室?」


『はい。ベッドに一人で寝ていました。』


凰真は少しだけ俯いた。


『何が起きたのか分からなくて、とりあえず頭を起こしたんです。』


カタ……。


『そしたら、また殴られました。』


「…………。」


『顔とか体とか、いろんなところを拳で殴られて。』


僕は思わず口元を押さえた。


『その後、口に何かを当てられました。』


「何を当てられたか、覚えていますか?」


『分かりません。』


『そのまま意識がなくなりました。』


病室が静まり返った。


ピッ、ピッ、ピッ……。


機械音だけが響いている。


「……ありがとうございます。」


警察官は静かに頷いた。


「最後に、ご自身の怪我について確認させてください。舌を負傷した時の記憶はありますか?」


凰真は首を横に振った。


そして、キーボードに手を伸ばした。


『ありません。』


『目を覚ましてから、舌がないことを聞きました。』


カタカタ……。


『まだ、よく分かっていません。』


「…………。」


その文字を見た瞬間、僕は唇を噛み締めた。


凰真自身も、何が起きたのか理解できていない。


それなのに……。


それなのに、さっきは僕たちを慰めていたんだ。


「……凰真。」


僕が名前を呼ぶと、凰真は小さく首を傾げた。


そして、また笑った。


…………。


やめてよ。


そんな顔されたら、また泣いちゃうじゃないか。


⸻


それからしばらく、警察官とのやり取りが続いた。


「では、最後にこちらをご確認ください。」


警察官はパソコンの画面を切り替えた。


そこには、船内の監視カメラの映像が映し出されていた。


「事件当日の映像です。こちらに凰真さんが歩いている姿が確認されています。」


画面には、廊下を歩く凰真の姿があった。


「マネキンを見つけたのは、どの辺りでしょうか?」


凰真は画面をじっと見つめた。


そして、ある場所を指差した。


「……こちらですか?」


凰真が頷く。


警察官は資料を確認した。


「……おかしいですね。」


「どうかしましたか?」


獅鳳が尋ねる。


「この場所を通った記録がありません。」


「……え?」


「別の通路を通られた可能性はありませんか?」


凰真は首を横に振った。


カタカタカタカタ!!


急にキーボードを打つ音が大きくなる。


『そんなはずありません!』


「…………。」


『僕は監視カメラに映る場所しか通らないようにしています!』


「それは、なぜですか?」


『尾野家の人間だからです。』


カタカタカタ!!


『何かあった時に、自分がどこにいたのか分かるように、いつも気を付けています。』


「…………。」


警察官はもう一度、映像を確認した。


「……なるほど。」


僕も獅鳳も、画面を覗き込む。


けれど、凰真が指差した場所に、その姿はなかった。


「……どういうことだ?」


獅鳳が呟く。


「分かりません。ただ、映像の確認はもう一度行う必要がありそうです。」


警察官がそう答えた時だった。


「はい、そこまで。」


聞き慣れた声が病室に響いた。


振り向くと、小鳥遊さんが立っていた。


「小鳥遊さん?」


「そろそろ終わりにしてもらえるかなぁ。」


小鳥遊さんは凰真の顔色を確認すると、警察官に視線を向けた。


「目を覚ましたばかりなんだから。これ以上の尋問は、身体に負担が掛かるよ。」


「……申し訳ありません。」


「続きは、もう少し回復してからにしてね。」


「分かりました。」


警察官はパソコンを閉じようとした。


「では、本日はここまでにさせていただきます。ご協力ありがとうございました。」


凰真は小さく頷いた。


警察官がパソコンを持ち上げようとした、その時だった。


カチッ。


「あっ。」


画面が突然切り替わり、映像が流れ始めた。


「あ、すみません。少々お待ちください。」


警察官が慌てて操作する。


画面には、華やかな結婚式の会場が映っていた。


カメラが揺れ、参列者たちの笑い声が聞こえてくる。


そして――。


「あ……。」


凰真が画面を見つめた。


「……凰真?」


凰真の表情が、みるみる変わっていく。


「うー、あー!」


「どうした!?」


獅鳳が駆け寄る。


凰真は必死に何かを伝えようとしていた。


「うー!あー!」


そして、画面の一角を指差した。


「……そこ?」


僕が尋ねると、凰真は何度も頷いた。


警察官が映像を一時停止する。


「こちらでしょうか?」


凰真は勢いよく頷いた。


「…………。」


警察官の動きが止まった。


「……え?」


獅鳳が画面を覗き込む。


僕も隣から画面を見つめた。


そこには、警察官たちに発見された凰真の姿が映っていた。


そして、その画面の端。


一人の女性が映り込んでいた。


「…………。」


僕は息を呑んだ。


……え?


見間違い?


いや……。


そんなはずは……。


「……なんで。」


隣で獅鳳が呟いた。


「なんで、あの人が……。」


画面の端に映っている女性。


その顔には、見覚えがあった。


忘れるはずがない。


だって、その人は……。


もう、この世にはいないはずなのだから。


「……千代子さん?」


僕の声が震えた。


警察官も、獅鳳も、誰も答えない。


ただ、画面に映る女性を見つめていた。


…………。


そんな……。


まさか……。


僕の頭に、一つの言葉が浮かんだ。


――双子の呪い。

いつもお読みいただきありがとうございます!

明日の更新はお休みさせていただきます。

次回の更新も楽しみにお待ちいただけると嬉しいです!

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